Flag3―試験と試練―(11)
炎が演習場の入り口を焦がす。
「やった……」
後ろから人質になっていた人達の歓声が聞こえた。安心から思わず脱力し地しまい、地面にたり込む。
初めて魔法を使って誰かと戦った。怖くなかったと言ったら嘘になってしまうけど、何処かこんな世界に憧れていたのは本当なんだ。
こんな風に戦って、誰かを守って、そんな所に憧れていたんだ。
「残念だな」
けれど、そんな余韻も叩き落とされて、急に現実に引き戻されてしまった。
「どうして……」
「驚いた……まさか手枷を壊す所か、不意打ちまで貰ってしまうとは……」
「どうして無事なんだよ……!?」
煙の中に立つ人影。落ち着いた口調で言葉を発するその人影は、ゆっくりと此方へと歩き、その姿を表した。
鎧は少し焦げていたものの、無傷。何事も無かったかのように、青い短髪の男は俺に問い掛けてくる。
「……魔力付加や属性強化も知らないのか?」
「あれだけの炎を浴びせたんだ……火傷の一つも負わない方がおかしいだろ」
「残念ながら俺は水属性が強化されやすい体質でな。属性強化も主に水を使っている」
青い短髪の男が何を言っているのかはわからないが、焦りを見せては駄目な気がする。
「ふむ、仕方ない。教えてやろう」
しかし肩を竦める青い短髪の男。どうやら誤魔化しても駄目だったようだ。
「随分親切だな」
「いや、そうでもない。まず魔力付加というのは――」
言葉と同時に、青い短髪の男は凄い速さで俺へと近づき、拳を突き出す。急だった事もあり、全く反応出来なかった俺は、それをまともに腹部に受けてしまった。
「うっ……!? あっ……?」
腹を通して痛みと気持ち悪さが込み上げてくる。
何なんだよ今のは!? 普通の人間の速さじゃなかった……いや、ここは魔法の世界。今までの常識とは違う、これが当たり前なのか……?
「次は属性強化だ……」
男の手足に薄い水のような膜が現れる。そして徐に近くにあった岩に拳を降り下ろすと、簡単に岩は砕けてしまった。
「理解出来たか?」
男は薄ら笑いを浮かべ、見せつけるかの様に傷一つ見当たらない拳を前に突き出す。
「お陰様でな……」
何となくは理解は出来た。恐らく魔力付加と言うのは身体能力を上げ、属性強化は魔法にある属性の鎧の様なものを纏うものなのだろう。
「次は両方同時だ」
俺が居た地面に拳が突き刺さり、周りの地面が盛り上がる。……今回は警戒していたお陰で、早めに横に跳ぶことで避けることが出来た。
「避けたか……〝水鎧〟」
男は意外そうに眉を上げると、手足だけだった属性強化を全身へと広げた。
「真っ直ぐ突っ込んで来たら誰だって避けれる」
「強がりか?」
「さあ?」
落ち着け、焦るな。自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。何か方法はある筈だ。
「それがいつまで持つか、見物だな」
青い短髪の男は先程よりも速いスピードで迫って来る。しかし真っ直ぐ突っ込んで来るなら、対処はしやすい。
「〝ランド〟!」
目の前に土の壁を造り出して、数歩後ろへ下がる。勿論、込める魔力を増やして、硬度は上げる事も忘れない。
これなら破壊されず、あわ良くばナイトさんがウィーク・ウルフと闘った時の様にぶつかって自滅してくれるだろう。
しかし期待とは裏腹に、土の壁は煙を上げながら吹き飛び、崩れ去ってしまった。
「この程度で止められると思うなよ」
男の攻撃は高速で近づいて殴りに来る単調な攻撃だが水の属性強化のせいで炎属性の魔法と〝ランド〟が効かない。
それなら……。
「〝ビロウ・ウォート〟!」
向かってくる男に向けて、勢い良く水を放つ。
「ふんっ……〝ビロウ・ウォート〟」
しかし俺の魔法に反応した男は足を止め、距離を取ると、俺と同じ魔法を行使した。そして俺の魔法に自身の魔法をぶつけ、消し去ってしまった。
「俺に水属性の魔法で仕掛けてくるか」
「チィッ……! ビロウ・ウィンダ〟!」
間髪入れずに風の中級魔法を……しかし青い短髪の男は微動だにしない。そればかりか、近付くのを許してしまった。
「……ッ! 〝ランド〟!」
咄嗟に足下に土の壁を出現させて後ろへ下がる。
土の壁は青い短髪の男が軽く殴っただけで無惨にも崩れ落ちてしまったが、距離を取る事が出来た。青い短髪の男を視界から外さないように、演習場全体を確認する。
「中々にしつこいな」
「そりゃお互い様だろ?」
怒って攻撃が単調になる様に挑発をしてみるも青い短髪の男の表情は変わらず、落ち着いている。
「では……終わらそうか?」
嫌な汗が吹き出した。
今、一瞬俺に向けられたもの……殺気というものなのかもしれない。今の青い短髪の男の目は、寒気がする程冷たい目をしていた。
「そりゃ殺生な」
動揺を悟られるな。渇いた口内は言葉を紡ぎ難くしてくるが、まだ正常に動いてくれる。
「落ち着いているとは……面白いお嬢さんだ」
今回は気付かれてはいない。こうして余裕を持っている様に見せ掛ければ、警戒して直ぐに殺されることは無いだろう。
「御生憎様、俺は男だし、そんなに柔じゃない」
「そうか……」
ここに来て青い短髪の男は少し目を開いて驚くも直ぐに薄い笑みに戻った。はっきりと相手の表情を変えたのがこんなことなのは悔しいけれど、怒ってどうにか出来る状況じゃない。
「男と女の違いがわからないなんてアンタの目は節穴みたいだな」
「どうやらそうらしい……」
青い短髪の男はそう言い、両の拳を前に出して構え直す。その表情からは微塵の怒りも感じない。あれ? これ俺が挑発されてる?
「〝ビロウ・ウォート〟! ……くそっ!」
当たらない。何をやっているんだ俺は。頭を冷やせ。
「どうした? さっきよりも反応が鈍いぞ?」
鳩尾へと拳が向かってくるも、俺はなんとか身を捩り右側へと跳ぶ事で回避した。
「痛っ……」
少々無理矢理に跳んだせいで、右足首を軽く痛めてしまったらしい。
……けど、算段は整った。
「いつまでそうしているつもりだ?」
「もうすぐ終わるよ」
「ほぅ……どう終わるのか、見せてもらおうか」
これまで以上の速度で距離を縮めてくる。けど、好都合。
何もせず、立ち止まっていた俺の目の前で、青い短髪の男の体が拳を振り翳すために少し揺れる。
その瞬間、俺は先程青い短髪剣男の拳を避けた際に密かに回収していた、渇いた血の付着している剣の切っ先を男に向けて、力任せに突き出した。
「こうするんだよ……!」
耳に響く金属音。完全に腕を振り切る事は無く、手には痺れが広がる。
「悪いが俺の〝水鎧〟はそんなに柔じゃない」
「なっ……!?」
左腕一本に止められた。水の鎧に突き刺さる事は無かった刃は、青い短髪の男が右腕を添え握り締めると意図も簡単に音を立てて砕破してしまった。
「考えは悪くはないが、そんなものが通るとでも思っていたのか?」
そう言い、突き出された拳と鳩尾の間に剣を滑り込ませて、体を守る。お陰で直撃する事は防げたものの、剣に残っていた刃は打ち砕かれ、俺は吹き飛ばされ背中を地面にぶつけてしまった。




