はじまり
遅くなりました。
「空、仕事だ。依頼が来たぞ」
数日後、自室で外の風景を眺めていた空に、声がかかった。
ノックもせずに部屋に入ってきた朝木に、空は抗議するでもなく淡々と膝を着いた。
「そんなに急ぎの仕事なのですか」
膝を着き、うつむいたまま、空が問いかける。
「そうだ。しかも……かなりまずいやつだ」
「まずいやつ……とは?」
空の仕事に、これまでまずくないものがあっただろうか。
空はそう思い、わずかに首をかしげた。
「久し振りな暗殺の依頼だ。しかも、北之辺だ」
「遠い、ですね……」
最近の“依頼”で空は有名になってきているが、まだその名前は西之辺をでない。
「“的”は、丹国の長の息子、水谷 昇成だ」
丹国とは、北之辺の西側の国だ。
「長の子供ですか。それに、たしか昇成殿は一人息子だったかと」
長の息子というだけで難易度が上がるのに、さらに一人息子となるとさらに、だ。
「なぜ、私に?」
名前の知れていない場所から依頼が来るときはわけありが多い。その理由も知っていないと、危うく命を落としかねない。
「情報屋が偶然西之辺に来たとき、空の話しを耳にしたらしい。
その情報屋が……朱国の所属だ」
朱国とは、北之辺の東側の国。丹国と朱国は今、国交としては悪くない関係だが、水面下では常に敵対する二国だ。
「また、ややこしい関係ですね」
「朱国の姫、泉 美乃里の婚約者だそうだ。それが、どうも良くない男で破棄したいらしい。それで関係をさらに悪くするわけにもいかず、消してしまいたいらしい」
淡々と国と国のドロドロとした関係を話す朝木は無表情だ。
「なるほど、わかりました」
若干苦笑い気味で答える空の目にも、何も感情は浮かんでいない。
二人にとってこのようなことは日常茶飯事で、大したことではないのだ。
「期限は」
「今日は上弦。次の上弦までだ」
「わかりました。では、すぐに支度し、向かいます」
ちょうど一月。その間に、高い山脈を超えその先の国の中央に入り、依頼を決行出来るだけの情報集めなど、やらねばならないことは多くある。
「まだだ。その朱国の情報屋が、案内と補佐をするそうだ」
ずっと表情を崩さずに聞いていた空の顔に、初めて怪訝そうな表情が浮かんだ。
「朱国の姫が、なんとしてでも結婚を防ぎたいらしく、最大限の協力をするようにと言っているらしい。それを断りでもしたら、ここの場所は彼らに割れている、すぐに……」
言葉を濁した朝木に、空は面倒そうに息を吐く。
「それで、彼の名と人柄はどうなのですか?」
「美暁だ。人柄は問題ない。だからここに入れたのだ」
ふてくされたような空の声音に同意するように事実だけを述べる朝木。
「居間にいる。来い」
朝木は空を連れて部屋を出て、居間に向かう。
「あなたが空人さんでございますか。これはこれは……」
空が居間に入るなり話し始める男。彼が美暁だろう。
「……」
物でも見るかのような視線で彼を見つめる空に、朝木が声をかける。
「いささか長いが彼のただの挨拶らしい。これが終われば、あとはただの頭の切れる男だ」
いくらか疑いが晴れない空を欺くかのように“挨拶”の終わった美暁は不意に真面目な表情になり、言う。
「すでに丹国の城に、ここから出稼ぎの者が入ると許可を取っておりまして、ここに旅券を偽装してあります。出稼ぎの職業は城の下仕え。出稼ぎの者は初めに城中を説明されます。
そして、給料をもらった日の夜に行い、翌朝帰れば城のものは誰も怪しみません。そして、国境は休みが出たと言って通れば問題ありません」
「そこまでお膳立てされると腹が立つな」
小さく呟く空に、美暁は苦笑い、言う。
「姫が納得しませんから」
それから空は、旅券を使わずに丹国へ入り、その日の夜に昇成に手をかけ、すぐにやはり隠れて国を出て屋敷に戻った。空が丹国にいた一晩は美暁は山の中で待機、行き帰りの案内だけ任された。
一週間と三日のあと、美暁を後ろに従えて帰ってきた空を見て朝木は笑い、美暁に無駄になった手回しにかかった金額を払った。
「私はどこにも足跡は残しません」
そう言う空のいない場所で、朝木が笑いながら、
「手回しが気に入らなかったのだろう。あれでも子供だから」
と美暁に謝っていた。
彼らにとって当たり前のことを当たり前にこなしただけだが、美暁の報告を聞いた美乃里はそうは思わなかった。
「彼らにはどんなに感謝をしてもし尽くせないわ」
その彼女の言葉が、全ての始まりとなるのだった。
途中でテンポが変わりましたがどうか着いて来てください。
何の変哲もない仕事の遂行を何度も書かれてもつまらないので、それを消したが故ですのでお許し下さい。




