第3章: 第1部: 異邦人ギルドとルチアーノの不運
イルサとミカと長くも大切な話をしたあと、ルチアーノは二人と一緒に歩いていた。
いや、正確に言えば、建物の二階を進んでいく二人の後ろを歩いていた。
なぜそんなことがわかるのか?
彼のいる場所からは、大勢の人々で埋め尽くされた、広大な一階の様子が見えたからだ。
誰もが楽しそうに過ごしている。笑いながら大声を上げる者もいれば、何かの液体が入った杯を掲げている者もいた。おそらくビールか、それとも別の種類の酒だろうとルチアーノは推測した。
少なくとも、雰囲気はよさそうだった。
今いる場所から見れば、の話だが。
「ここって、酒場なのか?」
下の階で起きていることから目を離さず、ルチアーノは尋ねた。
二人が足を止めた。
それから、ゆっくりと顔を彼のほうへ向けた。
その眼差しは恐ろしかった。
ルチアーノの全身に悪寒が走った。
明らかに怒っている。
どうしてあんな顔をしているんだ?
何か言ってはいけないことでも言ったのか?
二人から殺気のこもった視線を向けられているにもかかわらず、ルチアーノには自分が何を間違えたのか、まるでわかっていなかった。
「ここは宿屋じゃない。ギルドよ……ギルド」
イルサは明らかに不機嫌そうな声で、最後の言葉を強調した。
彼女はルチアーノに近づくと、その胸に指を一本突きつけた。
「あなたが新人だから今回は見逃してあげる。でも、二度とそんなふうに呼んだらダメよ」
怒ったイルサの表情は怖かった。
「覚えておきます」
ルチアーノは唾を飲み込んだ。
「よろしい!」
イルサは笑顔を浮かべたまま、ルチアーノの肩を一度、二度、さらには三度も叩いた。その笑顔の奥には、どう見ても怒りが隠れていた。
どれだけいい人だったとしても、イルサが恐ろしい人だということに疑いの余地はない。
そのあと、ルチアーノは再び二人の後ろを歩き始めた。
「ギルド……」
「ギルド……」
「ギルド……」
意味を探ろうとしながら、彼は無意識のうちにその言葉をつぶやいていた。
重要な言葉だった。何しろ、イルサは自分をそのギルドの長だと名乗っていたのだから。
なぜか、その言葉には聞き覚えがあった。
何かを思い出しかけている。そんな感覚があった。
だが、思い出せない。
そのとき、突然、頭の中で何かがひらめいた。
「そうだ! ギルドって、あのテレビゲームに出てくるやつだ!」
そう宣言すると、彼は自分の手のひらを拳で叩いた。
驚いたことに、彼はその言葉が持つ意味の一部を知っていた。
しかし、すぐに別の疑問が浮かんだ。
どうして、そんなことを覚えているんだ?
数秒ほど考えた末、彼は結論にたどり着いた。
「……さっぱりわからない」
答えを探すために費やした時間は、結局それだけの成果しかもたらさなかった。
彼が知っていたのは、ギルドとはテレビゲームの中にある場所で、プレイヤーと呼ばれる人々が集まるところだということだけだった。
しかし、「テレビゲーム」という言葉自体も、彼の頭の中でははっきりしていなかった。
何か特定のゲームの名前なのか、それとも娯楽の一種を指す言葉なのかさえ、わからなかった。
確かなのは、記憶を探ろうとすればするほど、それらがますますぼやけていくように感じられることだった。
そして、もっと重要なことに、彼が思い出したギルドというものが、目の前にあるこのギルドと本当に同じものなのかどうかも、確信が持てなかった。
単に、何の関係もない記憶や概念、イメージが頭の中で混ざり合っているだけなのかもしれない。
もしかすると、本来は何の関係もないことまで思い出しているのかもしれない。
ふと気づくと、イルサとミカが足を止めていた。
ルチアーノが顔を上げたときには、目の前にいた傷跡のある女性の背中が、すぐそこまで迫っていた。
「あっ……」
彼は軽くぶつかった。
しかし、イルサは怒るどころか、ただ微笑みかけてきた。
それから扉を開け、中に入るよう手で合図した。
部屋はかなり広かった。
机に、いくつもの絵画。テーブルを挟んで向かい合う二脚の椅子。そして、ルチアーノには見覚えのない物がいくつも置かれていた。
イルサはその部屋を「執務室」と呼んだ。
ルチアーノとイルサは向かい合って座り、ミカはイルサの隣に立っていた。
「普段は、大勢の異邦人を前にしてこの話をするんだけどね。まあ……今日は少し違うわ」
イルサは少し間を置いた。
「さっき、自分がギルド長だって話をしたでしょう? でも、ギルドに関する疑問は、まだまだたくさんあるはずよ」
彼女は椅子に座り直した。
「だから、ギルドについて少し説明してあげる」
イルサは、真剣さと親しみやすさが入り混じった口調で話し始めた。
彼女によれば、これはすべての異邦人に対して行っている説明なのだという。そのためか、話を聞いているうちに、ルチアーノは彼女の言葉のいくつかが、あまりにもすらすらと口から出てくることに気づいた。
まるで、すでに何百回も繰り返してきたかのようだった。
イルサとギルドの役目は、異邦人がムエルガルで生活を始めたばかりの時期を支えることだった。
そして、彼らは何十年ものあいだ、それを続けてきた。
ギルドが存在しなかった頃、異邦人がこの世界で一日も生き延びられないことは珍しくなかったらしい。
ルチアーノにとって、それは驚くべき話ではなかった。
記憶を失い、見知らぬ場所に放り出された人間が、自力で何かを成し遂げられる可能性は極めて低い。
ましてや、古代都市を出たあとに彼が迷い込んだような森で生き延びられる可能性など、ほとんどゼロに等しいだろう。
つまり、ギルドが設立された理由は至って単純だった。
異邦人は、生まれたばかりの赤ん坊のようなものなのだ。
自分が誰なのか、どこにいるのか、そして、この世界がどのように成り立っているのかさえ知らない。
そんな彼らを助けてくれる人がいなければ、生き延びることはほとんど不可能だった。
「じゃあ、ここに来る途中で下の階にいた人たちは、みんな異邦人なんですか?」
興味を引かれたルチアーノは尋ねた。
「そのとおり!」
イルサは笑顔で親指を立てた。
「私と、ほかに何人かのギルド職員を除けば、ほとんどが異邦人よ」
彼女は少し間を置いた。
「それに、時々私を困らせてくる、この仏頂面の女の子も、あなたと同じ異邦人なのよ、ルチアーノ」
そう言って、イルサはミカを指さした。
ミカはイルサの後頭部を叩いて応じた。
「ちょっと!」
二人が言い争いを始めるなか、ルチアーノは驚きを隠せなかった。
ずっと目の前に、自分と同じ異邦人がいたのか……。
数秒後、彼はこの機会に別の質問をしてみることにした。
「ところで、俺たち異邦人が記憶を失っているのには、何か理由があるんですか? それとも、何か果たさなければならない目的があるんでしょうか?」
彼が聞いた話によれば、異邦人は何年も前から古代都市に現れていたらしい。
だからこそ、ルチアーノは一つの結論にたどり着いていた。
何か理由があるはずだ。
彼らが記憶を失った状態でこの世界にやって来るのには、何かしらの理由があるはずだった。
そうでなければ、何もかも意味が通らない。
ミカはため息をつき、一歩前に出た。
「そういうふうに考えたことはなかったわね」
彼女はしばらく考え込んだ。
「あなたの言うとおりなのかもしれない。私たちが記憶を失った状態でここに来るのには、何か理由があるのかもしれないわ」
彼女の表情が、わずかに真剣なものへと変わった。
「でも、あなたの質問については……もう気づいていると思うけど、私にも何もわからない」
ルチアーノは黙り込んだ。
ミカは続けた。
「私はずっと前に、記憶をすべて取り戻すことも、元いた場所に戻ることも諦めたの」
彼女の声色が変わっていた。
先ほどまでの声とは、もう違っていた。
「だから、この場所で自分の人生を生きることにしたのよ」
ルチアーノは、その言葉にわずかな物悲しさを感じ取った。
答えは得られなかった。
それどころか、疑問がさらに増えてしまったようだった。
それでも、なぜかミカの言葉は彼の心に何かを残していた。
おそらく、自分が納得できる答えを得られる可能性は低いのだろう。
それでも、試してみて損はない。
もし本当に異邦人がこの世界にやって来る目的があるのなら、それを果たすために人生を捧げることもできる。
目的があれば、人生はもっと生きやすくなるはずだ。
ルチアーノはそう信じていた。




