第3章: 第2部
イルサの執務室には、彼女とルチアーノだけがいた。
では、ミカはどうしたのか?
少し前に、ギルド長が何かを取りに行かせたのだ。
ルチアーノは二人の会話をよく聞き取れなかった。ただ、ミカが何かを取りに行かなければならない、ということだけはわかっていた。
「それじゃあ……異邦人が果たさなければならない目的がないのなら、俺たちは好きなように生きていいってことですか?」
そう尋ねたものの、決まった目的がないのなら、自分が何をすればいいのか、実のところまったくわからなかった。
何か具体的な目標を追いかけることができない。それは気が滅入ることだった。
「そういうことね。何をしても自由よ。でも、ムエルガルでは、どれだけ優秀な人間でも、みんながようやく穏やかな生活を送れる程度なの」
イルサの口調はあまりにも真剣で、聞いているだけで気圧されそうだった。
「だから、あなたたちのように記憶のない人間には、あまり選択肢がないのよ」
彼女は少し間を置いた。
「ムエルガルでは、生きていられること自体が祝福なの。その時間がいつまで続くのか、誰にもわからないけれどね」
そう口にするあいだ、イルサはルチアーノの目を見ようともしなかった。
彼女は何かを考え込んでいるようだった。
どこか、うつむいているようにも見えた。
「それは、どういう意味ですか?」
ルチアーノは少し心配になり、尋ねた。
ようやく、イルサが彼に目を向けた。
「異邦人にとって……いえ、人間全般にとっての話よ」
彼女の表情が、さらに真剣なものになった。
「この世界に適応するか、もっと強くならなければ、長く生きられない可能性が高いわ」
彼女は再び間を置いた。
「ムエルガルで過ごしていれば、いつかそのことがわかるわ、ルチアーノ」
イルサの話し方は……。
どう言えばいいのだろう?
経験に裏打ちされたもの、とでも言えばいいのか。
そう。
まるで、誰にも味わってほしくないような経験をしてきた人間が話している。そんな印象を受けた。
まあ、ある程度は覚悟していた。
異邦人が死なずに済むよう支援するギルドが存在している。それだけでも、この世界がどんな場所なのか、十分に物語っていた。
でも……。
この世界で生き延びるのは、そこまで難しいことなのか?
どうして?
その考えに恐怖を覚えるどころか、ルチアーノは興味をかき立てられていた。
頭の中で組み立てているパズルには、まだ欠けているピースがあった。
すると突然、イルサが再びまっすぐ彼を見つめた。
「ルチアーノ、一つ質問してもいいかしら?」
彼は興味を引かれ、素直にうなずいた。ただ、イルサの声には、どこか不安を覚えさせるものもあった。
「人間が死ぬ一番の原因は、何だと思う?」
その質問に、ルチアーノは戸惑った。
馬鹿げた質問だとは思わなかった。
ただ、何を尋ねられているのか、いまひとつ理解できなかった。
そんなの、決まっているんじゃないのか?
彼は数秒ほど考えた。
「老衰か、病気じゃないですか?」
イルサは首を横に振った。
「ムエルガルで人間が死ぬ一番の原因は、常に私たちの命を脅かしているモンスターよ」
ルチアーノは、思わず叫びそうになった。
えっ? この人、頭がおかしいのか?
しかし、すぐに思いとどまった。
何かを言う前に、彼はあることを思い出した。
この世界に来てからというもの、驚くことばかりだった。
ならば、これも本当なのかもしれない。
モンスター?
魔獣?
そんな言葉を思い浮かべること自体、現実離れしているように感じられた。
「本当にいるんですか?」
ルチアーノは両手を強く握りしめた。
一瞬、これもイルサの冗談なのではないかと思った。
だが、彼女はただ、真剣な表情でうなずいただけだった。
本当のことらしい。
これで納得がいった。
この世界で生き延びるのが難しいらしい理由も、少なくとも一部は説明がついた。
続いてイルサは、異邦人がムエルガルで生き延びられるよう支援し、同時にウルブス辺境の町に暮らす人々を守るため、ギルドが両者の仲介役を担っているのだと説明した。
異邦人は魔獣を狩り、素材を集めることで町を守る。
その後、ギルドが商人との仲介を行い、集めた素材を売却するのだという。
簡単に言えば、それこそがウルブス辺境の町を何年にもわたって存続させてきた仕組みだった。
説明をわかりやすくするため、イルサは「ゴブリン」というモンスターを例に挙げた。
その名前には、驚くほど聞き覚えがあった。
先ほどこの部屋に入る前に思い出そうとしていた、テレビゲームに関する何かを連想させた。
だが、いつものように、それ以上のことは何も思い出せなかった。
またこれか……。
この調子では、いざ必要になったとき、自分の記憶は何の役にも立たないのではないか。ルチアーノはそう考え始めていた。
彼はため息をついた。
それなのに、まだ記憶を頼ろうとしている。
そのことはいったん脇に置いておくとして、イルサの説明のおかげで、大まかな状況は理解できた。
異邦人とギルド、そして町の住民が、どのような関係にあるのか。少なくとも、概要はつかめた。
しかし……。
ようやく説明を理解し終えたとき、ルチアーノは、それまで意識していなかったある事実に気づいた。
生き延びるためには、モンスターを狩らなければならない。
つまり……。
戦わなければならないのだ。
武器を手にし、自分の命を懸けて戦う姿を想像しただけで、彼は圧倒されそうになった。
ルチアーノは困惑していた。
戦う以外に方法はないのか?
本当に、どうしても戦わなければならないのか?
ただここで暮らしていくだけじゃダメなのか?
イルサの言ったとおりだった。
彼には記憶がない。
そして、記憶がない以上、自分にできることはあまりないようだった。
つまり、自分のような人間でも受け入れてもらえる仕事は、これしかないということなのだろう。
あのクモを倒して生き延びたんだから、これからは少し落ち着いた生活ができると思っていたのに、どうしてそんなふうに考えてしまったんだ?
もう最悪の事態は乗り越えたと思っていた……でも、考えが甘すぎたらしい。
これからは普通に暮らしながら、自分の生きる目的を見つければいい。そんなふうに考えていた。
だが、現実はもっと複雑らしい。
ルチアーノは自分の手に目を落とした。
震えていた。
武器を扱える気がしない。
俺って、情けないよな?
彼は自分の思考に圧倒されながら、そう自問した。
正確には、戦うことそのものが怖いわけではなかった。
いや……。
多少は怖いのかもしれない。
だが、それ以上に不安だったのは、いざというとき、自分が何の役にも立たないのではないかということだった。
しかも、実際に挑戦した覚えすらないのに、すでにそんなふうに感じているのだ。
このまま考え続けていたら、ますます自分が情けなくなりそうだ。
彼は両手の指を組み、強く握りしめた。
これ以上考えても意味がない。
どうせ、ほかに選択肢はないんだから。
ルチアーノはゆっくりと息を吸い、吐いた。
受け入れて、生き延びるしかない。
そうだろう?




