第3章: 第3部
何度も考えを巡らせた末、ルチアーノは自分の置かれた現実を受け入れた。
残念ながら、ほかに選択肢はなかった。
だが、一つだけはっきりしていることがあった。
生き延びなければならない。
どうすればいいのかは分からない。
いつまで生き続けなければならないのかも分からない。
それでも、何としてでも生き延びなければならなかった。
それから間もなく、ミカが戻ってきた。
両手には、奇妙な物体を抱えている。
彼女は何も言わず、座席の間に置かれた小さな木製のテーブルにそれを置いた。
ルチアーノは興味深そうにその物体を観察した。
鉱石だろうか?
一見するとそう見えたが、本当に鉱石なのかどうか、彼には判断できなかった。
何しろ、鉱石を見た記憶すらなかったのだ。
その物体は透明感のあるプラチナ色をしており、あちこちにいくつもの鋭い突起が伸びていた。
「綺麗でしょう?」
イルサの問いかけに、ルチアーノは不意を突かれた。
「えっと……そうだと思います」
「そうだと思うって、どういうこと?」
「いや、分からないので。色は綺麗ですけど、何に使うのかも分からないものを、綺麗だと表現していいのかどうか……」
ルチアーノの言い分にも一理あった。
イルサは小さく頬を膨らませた。
「本当に変わってるわね、ルチアーノ。表情がなさすぎるわ」
俺が変わってる?
どうしてだ?
表情が乏しいからか?
そんなの、俺のせいなのか?
生まれつきこういう顔だったとしても、俺が悪いのか?
言い返す前に、ルチアーノは黙っておくことにした。
何しろ、イルサとミカの口論が最終的にどうなるのかは、もう十分すぎるほど目にしてきた。
それに、会話を長引かせるのは、彼の得意分野ではなかった。
「この美しくて素晴らしい鉱石は、人の魔法適性や能力を調べるためのものなのよ」
イルサは嬉しそうに、その物体を指さした。
「異邦人がここに来たときは、いつもこれを使うの。分析結果をもとに、その人に合ったクラスを選べるようにね」
やはり、鉱石だったらしい。
だが、それ以上に気になることがあった。
ある言葉。
いや、正確には二つの言葉だった。
魔法適性。
ルチアーノは、今聞いた言葉の意味に気づくまで、ほんの一瞬しかかからなかった。
彼は勢いよく席から立ち上がった。
イルサとミカは、まるで「いったい何事?」とでも言いたげな表情で彼を見つめた。
だが、ルチアーノの反応は至極当然だった。
魔法などというものの存在を耳にすれば、誰だって驚くだろう。
何しろ、魔法は魔法なのだから。
だが……。
魔法とは何だ?
彼の身体は、興奮のあまりわずかに震えていた。
その言葉が何を意味するのかは分からない。それなのに、妙な感覚が胸の奥から湧き上がってくる。
ただ一つ分かるのは、魔法というものが、とんでもなくすごいものに違いないということだった。
それに、古代都市にいたときも、この言葉を何度か口にした記憶があった。
しかし、それ以上のことは何も分からなかった。
「大丈夫、ルチアーノ?」
イルサが心配そうに彼を見ていた。
ルチアーノは、自分の反応を振り返った。
少しはしゃぎすぎたかもしれない。
彼はすぐに席へ座り直した。
「魔法って何ですか?」
もう待ってはいられなかった。
どうしても知りたかったのだ。
その質問を聞いたイルサは、満面の笑みを浮かべた。
「魔法というのはね……」
ところが、突然その笑みが消えた。
ルチアーノは困惑しながら彼女を見つめた。
まさか、彼女も魔法が何なのか知らないのだろうか?
「えっと……魔法は魔法、でしょう?」
イルサは、どこか間の抜けた笑顔を浮かべながら、そう答えた。
ルチアーノは黙り込んだ。
間違いなく、今まで聞いた中で最悪の説明だった。
いや……。
そもそも、あれを説明と呼んでいいのだろうか?
まったく意味が分からない。
もしかして、魔法とは何なのか忘れてしまったのか?
ミカはため息をつき、片手で額を押さえた。
その表情を見れば、彼女が何を思っているのかは明らかだった。
「魔法とは、体内に蓄積された魔粒子が生み出す現象よ。一定の過程を経ることで、それをさまざまな形で発現させられるの」
ようやく、ミカが説明を引き継いだ。
とはいえ……。
少し専門的すぎないか?
それでも、どういうわけかルチアーノには理解できた。
なぜ理解できたのかは分からない。
だが、理解できたのだ。
「そうそう。私が言いたかったのも、まさにそれよ」
イルサは何事もなかったかのように、自然な笑顔を浮かべた。
ルチアーノは数秒間、彼女を見つめた。
いやあ、本当に図太いな。
その後もミカは、イルサがあまり得意ではなさそうな説明を続けた。
二人の様子を見ているうちに、ルチアーノは思わず、いいコンビだなと感じた。
片方がうまくできないことを、もう片方が代わりにこなしている。
ミカの説明によれば、異邦人の大半は魔法を使うことができ、しかも魔法適性が高い傾向にあるらしい。
異邦人ではない人間と比べると、なぜか異邦人のほうが魔法に対する適性に恵まれているようだった。
ミカはさらに、ちょっとした実演までしてくれた。
彼女が何かを口にした。
ルチアーノには聞き覚えのない言葉だった。
すると、彼女の手のひらの上に、小さな炎が現れた。
ルチアーノは完全に度肝を抜かれた。
目を大きく見開く。
「ま、魔法!?」
声に込められた興奮を聞き逃すはずもなく、イルサはここぞとばかりにからかった。
「あはは! 今の自分の顔、見せてあげたかったわ!」
ルチアーノは、彼女の言葉など耳に入っていなかった。
ただ、その小さな炎を見つめていた。
本当に存在するんだ……。
さらに、異邦人には「固有能力」と呼ばれるものが備わっていることも分かった。
ただし、それを持っているのは異邦人の中でもほんの一握りらしい。
ルチアーノには、その固有能力が魔法以上に驚くべきものに思えた。
もちろん、自分も持っていたらどれほど嬉しいだろうと思った。
だが……。
俺の運の悪さを考えれば、きっと無理だろうな。
自分に自信がないわけではなかった。
いや……。
少しくらいはあるかもしれない。
だが、あまり期待しすぎないように、最初から無理だと思っておくことにした。
イルサに促され、ルチアーノは鉱石の鋭く尖った部分の一つに指先を押し当てた。
先端が、指をちくりと刺した。
少量の血が、プラチナ色の表面を伝って広がる。
すると、ほんの数秒で鉱石は完全な闇色へと変わった。
ルチアーノは注意深くそれを見つめた。
「それで、何か分かりましたか?」
自分に魔法が使えるのか。そして、固有能力を持っているのか。
その答えを知りたいという焦りが、少しずつ彼の胸を満たしていった。
自分には何の可能性もないのだと、必死に言い聞かせていた。
それでも、心の奥底には、まだわずかな希望が残っていた。
しかし……。
イルサとミカの表情は、あまり期待できるものではなかった。
「えっと……」
イルサは考え込んだ。
まるで、どこを探しても見つかるはずのない答えを探しているかのようだった。
やがて、彼女はゆっくりとミカへ顔を向けた。
ミカも同じように、イルサへと顔を向ける。
ルチアーノは、そのやり取りを黙って見ていた。
何かがおかしい。
彼は馬鹿ではない。
それくらいのことは分かった。
「何かあったんですか?」
数秒前までの興奮は、もう声から消えていた。
「えっと……その……」
イルサは、どう答えればいいのか分からない様子だった。
一方、ミカはためらうことなく告げた。
「あなたには何もないわ」
ルチアーノは動きを止めた。
「固有能力もなければ、魔法適性もない」
部屋を沈黙が支配した。
ルチアーノはゆっくりと背もたれに身体を預けた。
そして、二人の女性を見つめた。
参ったな……。
そのとき、彼の頭に浮かんだのは、それだけだった。
もう、どうしようもない。
泣けばいいのか?
文句を言えばいいのか?
そんなことをしたところで、何も変わらない。
起きてしまったことは、もう変えられないのだから。




