第2章: 第1部:ムエルガルへようこそ
正体のはっきりしない、奇妙な光景が次々と脳裏をよぎっていた。
完全な暗闇に包まれ、カビに覆われた石造りの部屋。
その次に浮かんだのは、扉の形をしたあの奇妙な光。
そして、見覚えのない建造物に囲まれた場所。なぜか彼は、そこを「神殿」と呼ぶようになっていた。
そこまでは、すべて順調だった。
その後に見えたのは……。
森。
ルチアーノは、一本の木の幹に背中を預け、そこにいたことを覚えていた。
何かを感じたのだ。
何かに腕を刺された。
そちらに目を向けた瞬間、手のひらほどの大きさをした奇妙な蜘蛛が目に入った。
「死ぬ!」
彼は恐怖に駆られ、そう叫んだ。
そして、慌てて自分の腕を確認した。
だが、蜘蛛はすでに姿を消していた。
「……悪夢?」
森にいたはずの自分が、いつの間にかそこにいなくなっていると気づいたとき、真っ先にそう思った。
あまりにも生々しい夢だったせいで、驚きのあまり上半身を勢いよく起こしてしまったほどだ。
しかし……。
何かがおかしい。
これは何だ?
ベッド……?
体の下にあるものは、温かく、柔らかかった。
あまりにも心地よい感触に、ほんの一瞬だけ、気持ちが落ち着いた。
ほんの一瞬だけ。
右側から、何かがぶつかる乾いた音が響いた。
バンッ!
ルチアーノは完全に動きを止めた。
全身に力が入る。
……あの蜘蛛か?
そう考えただけで、腕に奇妙な痛みがよみがえった。
見たくない。
だが、確認しなければならない。
彼はゆっくりと首を回し、音のした方へ顔を向けた。その間も、心の奥底では、どうかあの化け物ではありませんようにと祈っていた。
そして、ようやく振り向いた先にいたのは……。
何か。
いや、正確には……。
誰かだった。
一人の女性。
二人は数秒間、互いの顔を見つめ合った。
ルチアーノは目を大きく見開いた。
女性も同じように目を見開いた。
「うわあああっ!」
叫んだあと、ルチアーノは片手で胸を押さえた。
心臓が、まるで体から飛び出そうとしているかのように激しく脈打っていた!
まさか、自分のすぐ隣に誰かがいるなんて、想像もしていなかった。
しかも、女性だった。
正確に言えば、人間の女性だ。
そして、彼女の反応もすぐに返ってきた。
「きゃあああっ!」
短い黒髪の女性も、思わず叫んでいた。
二人は互いに驚かせ合ってしまったのだ。
ルチアーノは荒い息を吐きながら、どうにか落ち着きを取り戻そうとした。
この女性は、いったいどこから現れたんだ?
いつから俺の隣にいた?
聞きたかった。
どうしても聞かなければならない。
だが、ようやく息を整えたところで、女性は軽く頭を下げ、早口で告げた。
「動かないで。ここで待っていて」
そう言い残すと、彼女は慌ただしく部屋を出ていった。
かなりはっきりとした命令だった。
そして、相手がどんな女性なのかもわからないというのに、ルチアーノにはそれに逆らうつもりなどなかった。
「……ここはどこなんだ?」
周囲を注意深く観察しながら、彼は思わず口にした。
そこは一つの部屋だった。
家具がいくつか置かれ、窓にはカーテンが掛かっている。そしてもちろん、彼が腰掛けているベッドもあった。
壁は明るい茶色をしていた。
特に変わったところはない。
しかし……。
ルチアーノには、どうしても理解できないことがあった。
「……俺は、どこにいるんだ?」
自分の手を見つめる。
それから、部屋を見回した。
「どうやって、ここに来たんだ?」
答えは、すぐに浮かんできた。
突然、記憶がよみがえったのだ。
いや……。
すべてではない。
「あ……」
ルチアーノは、部屋の一点をぼんやりと見つめた。
「俺の名前はルチアーノ……。それで、森にいたときに……」
そこで言葉が途切れた。
あの蜘蛛の姿が、再び脳裏に浮かんだ。
腕に何かが刺さった、あの瞬間。
痛み。
体が動かなくなっていく感覚。
そして、耐えがたい恐怖。
ルチアーノは唾を飲み込んだ。
「……あれは、夢じゃなかったのか……」
目を覚ましたときに感じた安堵が、消えていった。
あれは悪夢などではなかった。
本当に起きたことだったのだ。
そして、もうこれ以上驚くことはないだろうと思った、そのときだった。
バンッ!
突然、轟音が響き、ルチアーノはびくりと体を震わせた。
扉が勢いよく開いたのだ。
一人の女性が部屋に入ってきた。
茶色の、真っすぐで短い髪。長さは顔の少し下まであった。
彼女は迷いのない足取りでルチアーノのいるベッドの脇まで歩いてくると、何も言わず、近くにあった椅子に腰を下ろした。
ルチアーノは彼女を見つめた。
……え? この人、誰?
どうして俺の部屋にいるんだ?
……。
いや、厳密に言えば、ここは彼の部屋でもないのだが。
女性の右頬には傷跡があった。
彼女は脚を組み、ルチアーノをじっと見据えた。
その表情はあまりにも真剣で、彼は部屋の空気が一変したように感じた。
彼女はかなり露出の多い軽装を身につけており、腕や脚の一部がむき出しになっていた。
しかし、ルチアーノの目を引いたのは、そんなことではなかった。
彼女の存在感だ。
なぜか、目を離すのが難しい。
整った美しい顔立ちをしているのに、それと同時に、強さと威圧感を感じさせる。
ルチアーノは、自分が彼女の隣ではひどくちっぽけな存在に思えた。
まるで、自分とはまったく違う次元にいる人間を前にしているかのようだった。
ああ……怖い。
なんでだろう。一口で食べられてしまいそうな気がする……。
ようやく、女性が口を開いた。
「ははっ……どうやら、もう元気になったようだな」
彼女の顔に笑みが浮かんだ。
「運ばれてきたときは、今にも死にそうな、しおれた子猫みたいだったぞ」
そして、彼女はまた笑った。
ルチアーノは黙って彼女を見つめていた。
正直なところ、何が面白いのかさっぱりわからなかった。
もっとも、自分が怯えすぎているせいなのか、それとも単純にこの女性の笑いのセンスがかなり変わっているせいなのか、それすら判断できなかった。
すると、彼女はわずかに顔を横へ向けた。
「そうだろう? ミカ」
「はい、奥様」
すぐ横から返事が聞こえた。
ルチアーノは瞬きをした。
目の前の女性に意識を集中させすぎていたせいで、部屋にもう一人いたことに、それまで気づいていなかったのだ。
ミカ……。
何もかもが、あまりにも急展開すぎる。
頭がまったく追いつかない。
……え?
何なんだ、この状況は?
何一つ理解できない……。
こんなとき、ルチアーノは自分がどんな顔をしているのか、想像しないことにしていた。
きっと、ひどく怯えきった顔をしているに違いない。
そして、それを確かめたいとも思わなかった。
威圧感のある女性は、相変わらず彼を見つめていた。
ルチアーノは深く息を吸い込んだ。
それから、勇気を振り絞り、意を決して口を開いた。
「……どうして自分がここにいるのか、教えていただけませんか?」
彼は唾を飲み込んだ。
この女性に一発殴られただけで、世界の裏側まで吹き飛ばされてしまいそうな気がした。
だからこそ、できる限り丁寧で、礼儀正しい言い方になるよう、精いっぱい気を配った。




