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第1章:第4部

 音は遠くから聞こえてきていた。


 正確には、彼の目の前に伸びる土の道の奥からだった。


 途切れることのない音だった。


 止まる気配はない。


 そして、音は次第にはっきりと聞こえるようになっていた。


 隠れたほうがいいのか?


 心臓の鼓動がどんどん速くなるのを感じながら、彼はそう考えた。


 もっとも、実際にはすでに木の陰に隠れていた。


 いつの間にそうしたのか、自分でも気づいていなかった。


 恐怖によって、意志よりも先に体が反応してしまったのだ。


 認めたくはなかったが、怖かった。


 ルシアーノは、自分が怖がっていることを認めるのに抵抗はなかった。


 もし自分の意志だけで決められたのなら、とっくに逃げ出していたかもしれない。


 だが、その前に確かめたいことがあった。


 あの音が人間のものなのか、知りたかったのだ。


 誰かと出会うこと。


 ほかの人間と話せること。


 自分を目覚めさせた、あの謎の女性の声ではない声を聞くこと。


 そう考えるだけで、心が少し軽くなった。


 頼む……人間であってくれ。


 そのとき、遠くに音の正体が見えた。


 ルシアーノは木の陰から、ゆっくりと顔を覗かせた。


 目を見開いた。


 あれは、まるで……。


「あれって、車じゃないのか?」


 そんな言葉が頭に浮かんだ。


 車って何だ?


 その言葉の意味は分からなかった。


 だが、なぜか目の前の物体は車と呼ばれるものに違いないと感じた。


 車が何なのかは分からないけど、近づいてくるあれがそうなんだよな……?


 奇妙な乗り物には、何かの甲羅のようなものがついており、道に沿って進んでいた。


 毛むくじゃらの二匹の生き物が、それを引いていた。


 ルシアーノは目を細め、もっとよく観察しようとした。


 何という種類の動物なのか、見当もつかなかった。


 一見すると鳥に似たところもあったが、はるかに大きく、彼が覚えているどんな生き物とも姿が違っていた。


 乗り物はそのまま近づいてきた。


 そして、ものすごい速さで彼の目の前を通り過ぎた。


 ルシアーノは、目で追うのがやっとだった。


 奇妙な甲羅のような部分の後ろには、さらに何かがあった。


 巨大な木製の檻だった。


 最初は、特におかしなところは見つからなかった。


 だが、その姿がはっきりと見えた瞬間……。


 彼は動きを止めた。


 檻の中は、人でいっぱいだった。


「人間!?」


 思わず、思っていた以上に大きな声が出た。


 いや……あれは人間じゃ……。


 その言葉は最後まで続かなかった。


 突然、彼の思考が止まった。


 誰かが目に入ったのだ。


 一人の女性だった。


 美しい赤い髪が、あれほど離れた場所からでも目を引いた。まるで光を反射しているかのようだった。


 だが、彼の注意を引いたのは、それだけではなかった。


 ルシアーノは彼女を見つめた。


 何かが違っていた。


 自分でも説明できない何かが。


 動物の耳?


 彼はまばたきをした。


 女性には、明らかに人間のものではない耳が生えていた。


 人間の耳って、あんな形じゃないよな……?


 一瞬、自分の頭に手を伸ばして確かめそうになった。


 だが、すぐにその考えがどれほど馬鹿げているかに気づいた。


 俺は何をやってるんだ?


 彼は自分自身に少し恥ずかしさを覚えた。


 しかし、それ以上考えている暇はなかった。


 女性が彼を見ていたのだ。


 最初は、ただ周囲を眺めているだけだと思った。


 だが、乗り物が進み続けても、彼女の視線は動きに合わせてついてきた。


 青緑色の瞳が、彼をじっと見つめていた。


 ルシアーノは背筋に悪寒を感じた。


 女性の顔立ちは美しかった。


 だが、その表情は安心できるものではなかった。


 驚いているように見えた。


 いや、怯えているようにも見えた。


 俺を見ているのか?


 ルシアーノは彼女から目をそらした。


 そして、慌てて木の陰に身を隠した。


 心臓がさらに激しく鼓動し始めた。


 見られたのか?


 彼は数秒間、じっとしていた。


 どうすればいいのか分からなかった。


 そうだ。


 見つかるのが怖かったのだ。


 だが、それだけではなかった。


 あの女性に見つめられたとき、胃のあたりに奇妙な感覚が走った。


 なぜなのかは分からない。


 本当に、俺を見ていたのか?


 そうだ。


 間違いない。


 彼女の視線は、確かに自分を追っていた。


 だが、そこで新たな疑問が浮かんだ。


 なぜ?


 そして、さらにもう一つ。


 なぜ人間ではない者たちが、檻に閉じ込められているんだ?


 ルシアーノは再び木の幹に背中を預けた。


 まただ。


 答えよりも、疑問ばかりが増えていく。


 どうやら、それだけがこれからの人生で変わらないことらしい。


 そのとき、彼は何かを感じた。


 右腕に、奇妙な感覚が走ったのだ。


 まるで、何かが皮膚の上を歩いているかのようだった。


「……ん?」


 彼は視線を落とした。


 そして、完全に動きを止めた。


 目がゆっくりと見開かれていく。


 自分が見ているものが信じられなかった。


 まばたきをした。


 一度。


 二度。


 三度。


 それでも、そいつはそこにいた。


 右腕の上に、一匹のクモがいた。


 巨大だった。


 ほとんど自分の手と同じくらいの大きさだった。


「うわあああっ!」


 叫び声が喉から飛び出した。


 ルシアーノは必死に腕を振り回した。


「離れろ! 離れろ、この虫!」


 クモは彼の皮膚にしがみついていた。


「どけって!」


 虫は苦手なんだよ!


 彼の焦りはますます大きくなった。


 気持ち悪いんだよ!


 パニックになりかけた、そのとき。


 腕にチクリとした痛みが走った。


「痛っ!」


 彼は動きを止めた。


 専門家でなくても、何が起きたのかは分かった。


 ゆっくりと視線を落とす。


 クモはまだ腕の上にいた。


 黒っぽい体に、小さな赤い斑点があった。


 そして今、その牙が彼の皮膚に突き刺さっていた。


 噛まれた!


 その考えとともに、全身に悪寒が走った。


 噛まれた!


 クモの牙から、黒っぽい液体が滲み出し始めた。


 その中には、細い赤い筋が混じっていた。


 ルシアーノは恐怖で体が硬直するのを感じた。


 何だ、これ?


 彼は本能のままに行動した。


 ありったけの力で、腕を手のひらで押さえつけた。


 クモが皮膚に押し潰された。


 液体が腕に広がった。


「うわっ、気持ち悪っ!」


 ルシアーノは慌てて手を離した。


 吐き気がするほどの嫌悪感に襲われた。


 思わず、こみ上げてくるものを堪えなければならなかった。


 だが、そのとき、さらに奇妙なことが起きた。


 液体が消え始めたのだ。


 みるみるうちに、彼の皮膚へと染み込んでいった。


 数秒後には、跡形もなく消えていた。


 クモも同じだった。


 その体は崩れ、灰のようなものへと変わり、最後にはそれすら消えてしまった。


 ルシアーノは自分の腕を見つめた。


 それから、地面に目を向けた。


「これって、普通……だよな?」


 自分でも、どう答えればいいのか分からなかった。


 クモに噛まれた記憶などなかった。


 もっとも、これまでのことを考えれば……。


 そもそも、今までクモに噛まれたことがあるのかどうかさえ分からない。


 再び不安が押し寄せてきた。


「早く村に行かなきゃ……」


 あのクモに毒があったのかどうか、分からない。


 あの液体が何だったのかも分からない。


 そして、分からないからこそ、危険を冒すわけにはいかなかった。


 ルシアーノは土の道を横切り、走り始めた。


 今度こそ、本当に急いでいた。


 くそっ。早く着かないと。


 俺の馬鹿野郎。


 どうしてあんなものに噛まれたんだ?


 自分がとんでもなく馬鹿な失敗をしたように感じた。


 だが、今さらどうしようもなかった。


 ただ走り続けるしかない。


 あの黒い液体は、一体何だったんだ?


 あの物質が皮膚の中へ消えていった光景が、再び頭に浮かんだ。


 もし、あれが毒だったら?


 そう考えた直後、彼の体が止まった。


 自分から止まったわけではなかった。


 筋肉が突然、硬直したのだ。


「……え?」


 脚が動かなくなった。


 彼は地面に倒れた。


 動けない。


「な、何が起きてるんだ!?」


 腕を持ち上げようとした。


 できなかった。


 そのとき、激しい灼熱感が全身に広がり始めた。


 まるで、熱い何かが体の内側を隅々まで駆け巡っているかのようだった。


 ルシアーノは歯を食いしばった。


 何が起きているんだ?


 答えは、ほとんど直後に浮かんだ。


 毒だ。


 きっとそうに違いない。


 ほかに説明がつかなかった。


 毒……なのか……。


 体から力が抜け始めた。


 その直後、吐き気に襲われた。


 彼は顔を横に向け、嘔吐した。


 体を起こそうとした。


 だが、腕はほとんど動かなかった。


 両手を地面についた。


 力を込める。


 何とか体を少し持ち上げることができた。


 だが、姿勢を保つことすら難しかった。


「お、俺……死ぬ……のか……?」


 途切れ途切れの声が漏れた。


 腕から力が抜けた。


 再び地面に倒れ込んだ。


 視界がぼやけ始めた。


 彼は必死に目を開けていようとした。


 閉じるわけにはいかなかった。


 死にたくない……。


 手を動かそうとした。


 動かなかった。


 まだ……死ぬわけには……。


 まぶたが、ますます重くなっていく。


 だめだ……。


 ついに、彼の目は閉じられた。


 そして、ルシアーノは動かなくなった。


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