エンカウント/ミスティ《35-2アルVSユング》
とりあえずは胸を撫で下ろした。
拍手喝采に混じって「ばかやろーっ!! ガキ相手に何やってんだ、金返せーっ!」といった、相手選手への罵声も聞こえる。ギャンブルの解禁の、弊害である。
それからも、アルは順調に勝ち進んでいった。
しかし対戦相手に賭けた連中の、汚らしいヤジがゴミとともに投げつけられているのが、気の毒ではある。
「……アル、ストレスがやばそう」
いつの間にか準決勝まで試合は進んでいて、時間の経過を知った。
「今あちこちの大会に風のように現れ、優勝をかっさらっていく若きルーキー」
実況の声とともに現れたのは、とても懐かしい顔だった。
「え……ユング!?」
大きな歓声に迎えられて、ユングがリング入りをする。
(今まで、出てたっけ?)
今まで名前を聞いた記憶がなかったのは、私がベリオットとの会話に夢中になっていたからか。
それともシード選手扱いで、今まで本当に出ていなかったのか。
「応援してくれんの!? サンキュー、超ウレシイですわー!」
手を振って、ユングは声援に応える。
「おーっ、アルじゃないか!」
またもや覚えのある声が、観客席から上がり、視線を移す。
応援席に視線をずらすと先生夫婦に……アリアもいた。
村に戻った時も、アリアもいなかった。きっとそこかしこで出ている大会についていっているのだろう。
ということは、ついにユングの求愛を受けたのか。
そうだとしたらこうして、仲良く一緒に世界中を旅しているのかと思うと、なんとも羨ましい。
「おーっと! あの観客席にいる男性は、かつて世界の武道大会を総なめにした後、突如ぱったりと姿を消した伝説の武道家、ジーギス=ロックハート!?」
司会のこの一声で、注目は一気に観客席へ。主役の座を持っていかれたユングは、観客席に向かって文句を飛ばす。
「親父ィ! 観戦ん時くらい、大人しくしろや! また俺目立たなくなってまうわ!」
「はっはっは! 父親の名前一つで注目を奪われるとは、まだまだだな愚息よ! 八つ当たりする暇があったら実力を上げんか!」
先生が剣を片手にリングまで飛び降り、ユングは相手を差し置いて、親子で戦い始めてしまった。
この疲労が原因でユングが負けたとしたら、彼に大金を掛けた人が気の毒すぎる。
さて、ギャンブラーのお財布の心配はさておき。
彼らは本当に、変わっていない。
(私の事は、もう聞いたのかな?)
復讐の鬼と化した私の醜聞は、できれば彼らには知られたくない。
全てを捨てたはずなのに、そんな身勝手な欲望が胸まで突き上げて、苦しくなる。
「ユング=ロックハート。お前の村にいた奴か」
とベリオット。
「前帰った時は、会えなかったけどね」
ベリオットは眉間に皺を寄せながら、顎に手を当てて何か考えているようだった。
「あの村にユングっていう名前は、二人いるのか?」
「ううん?」
あの狭い村の中では、村民同士みな顔見知りだが、私の知っているユングは、道場の先生の息子、ユング=ロックハートだけだ。
「ユングを名乗る奴に出会ったそうなんだが、かなり太っていて、風船か肉団子かと思っただとか、ルべが言ってたんだ。俺達があの村に着く前に、あいつも行ってたと、後で聞いた」
一時的に太ったのだろうか。
今リングの上にいるユングの体型は、私の知っている通りスリムなままだ。
「大火事もあったし、ストレスかしらね」
ふと、アリアの両親の姿がないことに気付く。
姿が確認できたのは、ユングの家族と、アリアだけ。
(……まさか大火事の時に)
私が村に戻った時も、彼らはいなかった。
「あっ、悪わりっ! 血ィでてるな……審判のオッチャン、ドクター呼んでぇ!!」
さっきまで親子喧嘩をしていたユングが、もう相手を倒していた。
客席からは「なんで殺さねーんだ!」とか「白けさせんじゃねーよ!」「お前が死ね!」「クソ偽善者!」などと、聞くに堪えない罵声。
しかしここで、ユングは怒鳴り返す。
「黙らっしゃい、勝ったのは俺じゃい!! どうしようと勝手じゃろがい、引っ込んどれ!! ……あーもう! チンタラしてんなら、こっちから行く!」
相手……鎧を着たいかつい男をお姫様抱っこして、おそらく医務室へ行くのだろう、走ってリングを後にした。
アルだったら絶対に、しない反応だろう。
下手に言い返して、また汚い言葉が返ってくることで、耳が汚れるのを回避すると思う(アルはああいうのは、夏場に湧く不快害虫のように嫌う)。
さて、次は準決勝。
いよいよアルと、ユングの二人が対峙する。
「何ぁーに、照れとんじゃい」
無言のアルに、ユングは笑いかける。
「えーと、補足をつけておきますと、アルフィード選手とユング選手は、同じ村で育った幼なじみだそうでして……」
二人の間をうろうろしながら、解説を務める審判。
「で、お二人は、村の道場の中では一、二を争うライバル同士でもあったそうで」
嬉々と二人について解説をしている最中の審判から、ユングはマイクを奪い取る。
「オッちゃん、長ったらしい講釈はええ! その決着を今、つけるんじゃワレ! あいこもなければ勝っても負けても、恨みっこなしじゃ! 言っておくがなあ、俺がこのアルに負けてんと断言できるんは、顔面偏差値だけじゃい! そこの応援席のネエチャンどもが、アルを見てキャーキャーさえずっとるけん。男は顔じゃないって、全世界に証明しちゃるわい!」
虚空に腕を伸ばし、「エアーマイク」を握ったまま、呆然としている審判。
そんな彼を除いて、会場全体、特に男性客からの大きな声援が投げられる。
一部の男性からは蛇蝎の如く嫌われるアルと真逆で、ユングは異性よりも同性から好かれる事が多い。
しかし「顔面偏差値」って。
「……いやいやいや、ユング…………充分カッコいいって」
ここからではまったく聞こえないだろうけど、思わず独り言で突っ込んでしまった。
アルみたいな中性的な美少年ではないにしろ、彼だって試合の日は女の子からプレゼントをたくさんもらってはいたし、
何よりアリアという、可愛い彼女がいる。
アルとセレフィナ王女の関係は、知らないけど。
ユングと対峙して初めて、どこか張りつめていたアルの雰囲気が柔らかくなったのを、表情で判断した。
「そ、それではレディー……ゴー!!」
剣のぶつかる音と、試合開始の合図が重なった。
強風に煽られるみたいに、アルはユングの薙ぎを防ぐ。
「さっさと片付けんかあ――――!」
「てめえに賭けてんだぞお!!」
なかなか攻めに入らないアルに、観客は焦れているよう。
心配していた野次が、一般席の男達から飛ばされ始めた。
いったん引き、アルが突進すると、ユングはすっと横によける。今度はアルが大きく剣を振り上げるも、ユングは楽々避けている。
アル、どうしたのだろう。村にいた時とは、全然違う。
最初は互角に戦っていたと思っていたのに、途中から動きが大きすぎて、ユングにみんな読まれてしまっている。
野次や実況でも指摘されているが、これでいいと無視するように、アルはそのままの、大げさな動きを続けた。
「どうしたどうした!!」
「損させやがったら引っ捕まえて、男色酒場に売り飛ばしてやるからなあ!」
どうでもいいが、汚い野次の嵐もすごい。
口から出まかせというよりは、まるで下品な言い回しをわざわざチョイスしている感じ。
案外彼らは、ボキャブラリーが豊富なのかも。
最初からではあるが、こんな汚い声の雨あられで、酔っぱらいや下品な輩が大嫌いなアルが、ブチ切れないだろうか。
もしかして、さっきからのわざとらしいまでの動きは、苛立ちのせい?
ずっと頭に浮上し続けていた疑問を我慢できず、私はベリオットに尋ねてしまう。
「さっきから野次飛ばしてる連中さあ……マリエラ王女様、自分の誕生祭にあんなの呼んでいいの? 私だったら、誕生パーティにあんなの来たら、即つまみ出す」
私だって庶民なので、庶民席の客を見下す資格はないだろう。
しかしいくらなんでも、試合中の選手に野次やゴミを投げつけるほど、落ちた民度ではないと信じている。
「それはない。王女も品のない騒ぎは、結構好きだ」
「……ふーん、あの王女様じゃあつまみ出すどころか、この場で縛り首にするかと思った」
縛り首は大げさだろうが、あの見下すような冷笑や、わざとらしいほどの声の抑揚のつけ方からは、そんな偏見を抱かずにはいられない嫌みが多分に含まれている。
「それはそれで、喜びそうだな」
ベリオットの今の呟きは、聞かなかったことにしよう。
そういえばここって、一般人も見られる処刑場としても機能しているんだっけ。
国のみんながみんな死刑を楽しんでいるわけではないだろうけど、採算が取れるくらいの見世物にはなっているんだろうな。
ふとリングの上に視線を戻すと、状況が変わっている。
「あれ、ユング疲れてきてる?」
さっきまでユングが優勢だったのに、アルのスピードにユングの方はやっとついていっている……といった感じ。
いや、アルもアルで、動く速度が上がっている。
「あ、少しずつ小さくしてたんだ」
わざとらしいくらいに大ぶりだった動きも、今はだいぶ小さくなっている。
何か考えるように、ベリオットの口から「うーん」とうなる声がした。
「作戦とか、戦術とかいうやつか。なぜそんなまどろっこしいことをするんだ? 消し飛ばせばいいだろうに」
「そうそう消し飛ばせたら、誰も苦労はしないわよ。それにアルにとって相手……ユングは小さい頃からの親友だしね」
砕けたユングの剣のかけらが、澄んだ音を立てている。
「ここで負ければ『自分が死ぬ』のに、友情がどうこう言ってる場合じゃないと思うがな」
「え!?」
アルに後ろに回られ、首の付け根を叩かれたユングは倒れ、もう動かなくなった。
会場は静まり返り、はっと誰かが思い出したように野次を飛ばす。
「あっさり負けてんじゃねえよ、このクソガキがああ! もっと粘れやあ!!」
ユングに賭けた連中のものであろう、罵声と、ハズレ券が紙吹雪のように舞った。
勝ったアルにも「いい人ぶってんじゃねえ!」とかなんとか、罵詈雑言とゴミが投げつけられている。
一方で女の子達の、「アル様ステキー!」と、いわゆる黄色い声が上がった。




