【第35話 エンカウント/アルフィード編:刑法も倫理も違う異国で】《35-1もう一人のトリフィラートの選手》
観客席で次の出番を待っている間にも、他の選手達が戦っている。
人間同士でも流血は当たり前で、手や足が吹っ飛んだり、時には死人が全身に布をかけられて運ばれていった。
相手の体を欠損させた者、殺してしまった者も、ただただ自分の勝利を喜ぶばかりで、躊躇も後悔も見られないのが恐ろしい。
それ以上にいわゆる「善良な市民」が、そんな光景を嬉々として眺め、楽しそうに歓声すら上げているのも、歪みを感じる。
もし間違って武器を奪ったり、相手がリングから出た状態で「勝利」の審判が下るといった「血の出ない」勝利を収めようものなら、罵声が投げつけられる。
死刑が廃止になり、残酷な刑も次々に見直されていったトリフィラートとの、決定的な国民性の違いだろう。
非道で残酷な光景も合法になってしまえば、多くの一般人にはエンターテインメントでしかないのだ。
(……俺もレオパルテで生まれ育っていたら、こんな感性になってしまっていたかも)
リュネを先に、孤児院に預けて良かった。
急に寒くなり、鳥肌がぶわっと立った。
リングの上ではただただ必死でそれどころではなかったが、自分がまだ怪我もせず、ここに残っている幸運を今更噛みしめる。
次の選手が入場する。
「あ」
他の客からの歓声が大きくて、俺の口から出た声か、それとも頭の中だけで発せられた声かは、自分でも判断できない。
「今あちこちの大会に風のように現れ、優勝をかっさらっていく若きルーキー! 『ユング=ロックハート』!!」
審判がユングの名前を読み上げると、ひときわ大きな歓声が上がる。
相手は槍使いの男。
「応援してくれんの!? サンキュー、超ウレシイですわー!」
四方八方に手を振るユングは、全然変わっていない。
「へえ。アンタ、ユング=ロックハートの知り合いなんだ」
イルゼの言葉に、「……あぁ」とほとんど生返事に近い頷きを返した。
ユングを見たゴーフルが、身を乗り出して指差して叫ぶ。
「全然ちがうよ! 細いじゃん、やせてんじゃん、本物のユング!!」
そういえば村に寄った時に、太っちょのロバートがルベオルスに「自分がユングだ」と偽称したんだった。
ユング本人が知った、どんな顔をするだろうか。
(後であの事、話してやろう)
もし彼と話す機会に恵まれたら。
「おーっ、アルじゃないか!」
少し離れた場所から上がる、でかい声に呼ばれた。
反対側の観客席で、俺に気付いた先生が両手を振り上げていた。
隣には奥さんに、アリアもいて、こっちに笑顔で手を振っている。
「おーっと! あの観客席にいる男性は、かつて世界の武道大会を総なめにした後、突如ぱったりと姿を消した伝説の武道家、ジーギス=ロックハート!?」
審判の声で会場の注目が、ユングから先生に移ってしまう。
隣にいる奥さんに何か、おそらく「あまり目立ちすぎるな」とでも言われているのだろう。
リングの上からユングがそんな父親の方を向いて、大声で文句を言った。
「親父ィ! 観戦ん時くらい、大人しくしろや! また俺、目立たなくなっちまうわ!」
「はっはっは! 父親の名前一つで注目を奪われるとは、まだまだだな愚息よ! 八つ当たりする暇があったら実力を上げんか!」
「かーっ、オヤジなんか毎回、じゃんけんで負けて俺に出場権取られとるじゃないけ! 実力以前の問題だわ!」
「なんだお前、親に向かって!」
なんと先生、剣を持ってリングまで飛び降り、息子と仲良く闘い始めてしまった。
この親子ゲンカの疲れが原因で、負けたりしないか。
……俺にとって都合がいいにも関わらず、心配になる。
さっきまで殺伐とした空気が場内を支配していたのに、今度は和やかな(?)親子のやり取りが始まった。
そのギャップに耐えられなかったのか、セレフィナがプッと噴き出した。
「面白い人ね。アルのお友達」
やっぱり先生は有名らしく、イルゼは知っているみたいだった。
「ロックハートって、聞いたことあると思ったら、ジーギス=ロックハートの息子だったんだね」
伝説の武術家の登場と、予定外の試合に会場が沸く。
その傍で棒立ちするしかなくなるユングの対戦相手に、少し同情してしまった。
「ユングって奴、お母ちゃんも武道とかやってたの?」
ゴーフルの言葉でリングに視線を戻す。
「いいや、聞いたことはないよ?」
先生が奥さんに引っ張られて、応援席に戻る場面だった。ユングはユングで、痛そうに頭を押さえている。
ゴーフルの言葉でリングに視線を戻すと、先生が奥さんに引っ張られて、応援席に戻るところだった。
ユングはユングで、痛そうに頭を押さえている。
「太刀筋の間をスーッと通って、二人同時にゲンコツ振り下ろしてたよ。言ってないだけで、なんかやってたんじゃない?」
「普通に主婦やってた……はずなんだけどな」
親子喧嘩後の試合が開始されたが、審判の声と同時にユングがまっすぐ相手に突進し、剣を振った。
相手の槍は、刃どころか柄まで切り刻まれており、もはや棒切れとも呼べない姿になってしまった。
「……勝者、ユング=ロックハート!」
審判のユング勝利宣言後、目を見開いたまま、バランスを崩して後ろに倒れた相手選手の額から、血が滴るのが見えた。
「あっ、悪りっ! 血ィでてるな……審判のオッチャン、ドクター呼んでぇ!!」
残酷な見世物を期待していた観客の「なんで殺さねーんだ!」とか「白けさせんじゃねーよ!」などなどと言った罵声の中、ユングは相手選手の手当てを要請した。
しかし審判は、唖然と彼を見るばかりで、返事をしない。
加えて「お前が死ね!」「クソ偽善者!」などと激化する野次に、ついにユングはブチ切れた。
「黙らっしゃい、勝ったのは俺じゃい!! どうしようと勝手じゃろがい、引っ込んどれ!! ……あーもう! チンタラしてんなら、こっちから行く!」
ひとしきり怒鳴った後、ユングは相手選手を抱きかかえ、どこか(おそらく医務室)に走っていってしまった。
対戦相手は、痛がるのも悔しがるのも忘れたような間抜け面で、黙ってユングに運ばれていく。
間もなく「次が準決勝」と審判が知らせた。




