エンカウント/ミスティ《34-2レオパルテの王と、その愛娘》
扉が開けられると、壁いっぱいの大きな窓に向いた肘掛椅子に座る、ギャラクスさんがいた。
「引っ越してきたそうだね。さあ、こちらへおいで」
立ち上がってこちらを向き、彼は私を呼び寄せる。
「ご無沙汰してます」
とりあえず、知っている顔に会えたことにほっとして、お辞儀した。
大地神王のの神殿で、父親に会った事を話すべきだろうか。
いや、親友の末路があんな悲惨な姿だと知ったら、ショックを受けてしまうかもしれない。
椅子と対面する壁いっぱいに広がる大きな窓からは、闘技場全体が見渡せるようになっているが、今まさに、大歓声が起こっている。
「知り合いかね? ギャラクス」
バルコニーからギャラクスさんに声をかける、気難し気な声。
その顔を見て、平静を装いながら、私はその場に跪いた。
大会の主催者であり、この国の主であるルートヴィグ王、その人だった。
「初めまして国王様。私、トリフィラート国の、ミスティ=ヴィリアンズという者です。国にいた頃、宰相様にはお世話になりまして……」
そして王様の後ろから、ひょっこりと美しい少女が覗いている。
私はこの顔を、エントランスで見たばかりだ。
今回の主役、マリエラ王女である。
どうやら会場に向かって、挨拶を終えたところだったらしい。
「私の古い友人の、娘さんです」
ギャラクスさんが私を紹介している間、なんとも居心地が悪く、彼には悪いがここから出たい。
いきなり王様王女様の前に出されるという、思いもよらない事態に緊張しているのもある。
それ以上に、こちらを見ている王女の、やけに鋭い視線が気になる。チクチク刺さっているのが、跪いて頭を下げている最中でも分かる。
「面を上げなさい、ミスティ」
ギャラクスさんに促され、私は顔を上げる。
彼の隣に移動していた王女は、やはり口角を下げた、不機嫌な表情を見せたままだ。
ふと見た窓からは、下品に怒号や笑い声が飛び交い、菓子売りがうろつく、賑やかで楽しそうな一般席が見える。
ふとそこに、店主家族(+オリヴィエ)がいるのが見えた。
ギャラクスさんが、私の視線に気付いたらしく、こう言った。
「こういう日に飲食店の者は、絶対休めないと聞いてな。店には手当を出して、休業してもらった」
「ありがとうございます。チケットは嬉しかったけど、すごく忙しいって聞いてたから、休むの申し訳なくて」
店主やおかみさん達は「王廷騎士様からの呼び出しを、断るわけにはいかないだろう」と、送り出してくれたが、結構気が引けた。
「ん? マリエラ王女、今日は何が気に食わないんだ?」
ベリオットが言うと、自分がどんな表情をしているか分かっていなかったらしい、一瞬王女はハッとした表情になる。
「すまない、マリエラは構ってやらないと、すぐに拗ねてしまう」
ギャラクスさんが王女の頭を猫を扱うみたいに撫でた。
すると打って変わって、彼女は可愛らしい甘い表情で、彼の掌に頬ずりする。
「ああ、いつものか」
悪気のない口調でベリオットが言うと、王女はムッ、と唇を尖らせてまくし立てる。
「だって、いくらギャラクスの友人の娘とはいえ。カトレア席のチケットを受け取っていながら、見るからに安いドレスで来るなんて! 王廷騎士の招待に応える態度ではなくってよ!」
「お見苦しくて申し訳ありません。なにぶん、王女様や貴族のご令嬢のような立派なドレスは、私には手が届かなくて」
言い訳をするようだが貴族令嬢の着る服、ましてやよそ行きドレスなんて、布生地単体だけでも私の給金ひと月分を超えてしまう。
一日の為に、ポンと使うことのできる金額ではない。
だから材料費を節約された、薄手の庶民ドレスが、私にできる精いっぱいのおめかしだ。
「ミスティには、申し訳ない。『普段着で』との文面をベリオットに指示したのは私だ。肩肘を張らずに、快適に祭りを楽しんで欲しいという想いが、かえって仇になってしまった」
ギャラクスさんに言われては、王女も何も言えないらしい。
それでも不服そうに頬を膨らませる彼女を、王様が可愛くてたまらない、という目で優しく諭す。
「マリエラ、そんな顔はやめなさい。庶民のドレスコードとしては、間違えていないのだから」
そして私と、そしてギャラクスさんを一瞥し、こう続けた。
「庶民には庶民の生活があるのだ、貴族ほどの装いを要求するものではない。庶民はドレスを一枚用意するのだって、大変だろうからな。服装のマナーは、そういった格差も含めて決められているのだよ」
庶民の財布事情の説明が、ありがたいことに非常に解りやすい。
納得してくださったようで、マリエラ王女も満足げに口角を上げた。
「それは仕方がありませんわね、お父様」
「そもそも、庶民が有料席に来る……ましてや王廷騎士からの招待を受けるなど、異例の事態だからな。ははっ」
王様の言葉を受けて、ベリオットが信じられないことを言った。
「そうか? ローズ席のフロアでは、好評だったように見えたがなあ?」
「え? そうなの!?」
令嬢達の反応からは、とてもそうは思えなかった。
睨んでいる王女の表情を気にしていないのか、ベリオットがローズ席の様子について、更に信じられない話を続けた。
「物欲しそうな目でお前を見てるのが、結構いた」
(『物欲しそう』に?)
しかし彼が、嘘をついているようには見えない。
庶民ドレスといっても、貴族のドレスを作る時に出た余り布や、捨てられるはずだった中古ドレスの布を使っているので、生地そのものは悪いものでもない。
ただ値段を抑える為もあり、簡素な作りにはなるが。
(睨んでた人達以外には、かえって新鮮だったのかもね。コルセットで締め付けなくていいから、楽だし)
「お恥ずかしながら私のようなしがない労働者は、普段の生活がやっとでございます。領主様や国王様の政治手腕に、おすがりすることしかできません。実に無力なものです」
「レディース、アーンドジェントルメン……」
ちょっぴり空気が凍りかけたところで、外から司会者の声が飛び込んできて、大会開始が告げられた。
これから各ブロックで第一試合だという。
「どういう意味だ?」
ベリオットの質問に、今は答えられない。
腕に巻き付く王女の髪を撫でながら、ギャラクスさんが言う。
「国民の生活向上は、為政者の務めだ。努力させてもらうよ。だが、これだけは覚えておいてくれ。美しさに身分など、関係ないのだと」
「ギャラクス、試合が始まりますわ!」
「そうだなマリエラ。ではミスティ、カトレア席は個室だ。ゆっくり快適に過ごすがいい」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
怒られる(あるいは不敬罪による死刑判決が出される)前に、しおらしく頭を下げて立ち去ろうとすると、ギャラクスさんがベリオットに、思いもよらない指示を下した。
「ベリオット、お前もずっと立ちっぱなしで疲れただろう、彼女と行って観戦するがいい。話し相手をして差し上げろ」




