【第34話 エンカウント/ミスティ編:昇降機に乗った先】《34-1有料席の庶民》
エンカウント編です。好きな主人公を選んでください。
アルフィードは大会出場、ミスティはVIP席での観戦(ベリオットとの会話)になります。
人混みをなんとか抜けて、受付で係員にチケットを見せる。
すると他の観客達が向かっている階段の方ではなく、礼服やドレスを着た紳士淑女が乗っていく、昇降機の方に促された。
上のフロアに移動するまでの数十秒の間だけでも、自分の場違いさを肌で感じるには充分だった。
別に体を洗っていないわけでも(それどころか闘技場に併設されている大浴場で、念入りに洗い倒した)汚い格好をしてきてるわけではない。
ましてや誰かに嘲笑されたわけでも、出て行けというような言葉を投げつけられたわけでもない。
なんというか「生まれや育ちが全く違う」というオーラが、みんなから漂っている。
闘技場での観戦は原則無料で、席がある限りは誰でも自由に入場できるのだが、私のもとには有料席の「VIP」と書かれたチケットが送られてきた。
聞けば有料席の利用客は、貴族や軍人といった、上流階級の身分の人が多いそう。
手紙には「普段着でお越しください」と書いてあったとはいえ、一応、庶民向けの店(貴族は普段からドレスを着ているが、お祭りや、格式高い場所などでは庶民も着たりする)でドレスを誂えておいた。
だがやはり、上流のお嬢さん達と比べて安価なものではあるので、浮いてしまうのも無理はない。
「では、こちらにご記入を」
受付へ着くと、フォーマルな服の女性が、宝石でも扱うような繊細な手つきで、芳名帳を差し出す。
(別に、悪い事してるわけじゃないんだから)
気まずさなど、つゆほども感じさせないよう心掛けながら、さらさらっと名前を書いた。
白いバラのブローチと、席の番号札を受け取る。
さてさて、ベリオットの姿を捜しつつ、VIPフロアとやらを見渡してみる。
両サイドの壁にはめ込まれた棚には、酒瓶が詰まっている。
並べられたテーブルには豪華な料理や、見た事のない食べ物も並んでいて、好きなものを選べるらしい。
(このお料理、いくらかしら?)
おいしそうな牛肉料理を見つけた私が、荷物の中からお財布を探していると「なんだか場違いな人がいるわあ」などと、挑発的な声とすれ違う。
「立ち振る舞いで育ちが判るのねえ」
「よしなさいよ、こういう席に慣れてないのよ。言ったら可哀そう」
「だってほら……プププ、あのドレス、庶民向けのじゃない」
ひそひそした話し方だが、声が絶対に私に届いていると確信しているだろう。
振り返ると、髪やドレスに宝石をいっぱいつけた少女の集団が、意地の悪い笑みを満足げに浮かべていた。
「ダメよ、あんまりジロジロ見ちゃあ」
「だってえ、ローズ席で庶民なんて、滅多に見られるもんじゃないわあ」
「この場面で財布って……クスクス。いかにも庶民」
彼女達の話の内容に違和感を覚えていると、係員の男性がすすーっと近寄ってきて、教えてくれた。
「お客様、ローズ席のお食事代、お飲み物代は、全てチケット料金に含まれております」
チケットの値段が高いのは、そういうことか。
「ご説明どうも。こんな立派な建物でのイベントなんて初めてだから、助かりました」
「いえいえ、この闘技場では頻繁に、このような大きな大会が行われていますので、常連のお客様は、このシステムに慣れているんですよ」
係員に頭を下げていると、「ほうら、やっぱり」と聞こえてくる。
彼女達に向き直り、こちらにも礼をした。
「教えてくれてありがとう。田舎から出てきたばっかりだったから、助かったわ」
私が立ち去ったすぐ後で「きゃーっ!」と叫び声がした。
もう一度だけ振り返ると、リーダー格の女の子のスカートが短くなって、隠すのが惜しいほどの、美脚があらわになっている。
群衆の中の誰かが言った。
「スカートが、凍って砕けてる!?」
海水を絶対零度にした魔法の悪用である。
とはいっても、長いスカートが膝上……まあ、超ミニスカートになるくらい。
すると、さっきの係員が飛んできた。
(やば、私がやったってバレたかな?)
「お客様、番号札をよろしいですか」
彼に札を渡すと、他の係員と、なにやらぷりぷり怒っている中年カップルの方へ飛んで行った。
あの人達の分のバッジがないと、もめているところだったらしい。
どうやら彼らの席の札を、間違えて渡されていたようだ。
これだけ人がいれば、無理もないか。
「あ、これ封筒」
もう一度戻ってきた係員に、捨てずに取っておいた封筒を渡す。
チケットの盗難が、毎月のように問題になっているから気を付けるようにと、おかみさんから忠告を受けていたからだった。
盗まれた時も、万一盗んだと疑われた時も、私宛の封筒が証拠になる。
「……少々お待ちください」
封筒を見た係員が、何やら顔を青くして戸惑っている。
その様子に気付いた別の係員も、こちらにやって来る。
彼らは顔を見合わせながら、何か慌てた様子でひそひそ話している。
どこかへ行ってしまった彼らが戻って来るのを待ちわびている間、早速チケットを盗んだ疑惑が広がってしまったらしい。
「紛れ込んでんじゃないわよ、貧乏人!」
「こんなのがローズ席だなんて、おかしいと思った」
今度は隠す気もなければ、ひそひそ話を装う気も感じない、遠慮ない罵倒が投げつけられる。
やっと戻ってきた係員二人は真っ青な顔で「た、大変失礼いたしました!」と、空を切る音がしそうなほどの勢いで頭を下げてきた。
自分達の中に「こんなの」が紛れていて、不快な思いをしているであろう、ローズ席のお客達ではない。
私に、だ。
中年の係員が、手に蘭のバッジを持っているのに気付いた。
「なんだ、ここにいたのか」
聞き覚えのある声がして、私の頭も空を切る音を出しながらそっちを向いた。
「シュット……ガイスト様」
中年の方の係員が、気まずそうに呟く。
「なかなか来ないから捜したぞ」
赤い軍服のジャケットを着たベリオットが、私に言った。
(カッコいい……今の『捜したぞ』だけで、一週間は元気でいられそう)
チケット泥棒疑惑? 晴れたようだし、そんなものはもういい。
気を緩めれば、一緒に緩んでしまうであろう顔面の筋肉と、心を引き締める。
「わざわざゴメン。間違えちゃったみたい」
ささっとバッジを交換して、ベリオットとホールを後にした。
「あんなのが、カトレア席ですって!?」
なんて金切り声がした気がしたが、全くと言っていいほど気にならなかった。
「チケットの色、似てるもんな。俺も区別がつかん」
ベリオットが、独り言なのか、とんでもないことを言っているのが聞こえた。
「え?」
ちょっと、送り主!!
ベリオットを見上げ、文句が口から飛び出かける。
まあ、他のチケットの色は知らないが、係員達が少なくとも彼から咎めを受けることは、たぶんないだろう。そこは安心してよさそうだ。
ふと、ローズ席用のホールにいた、お嬢様の口ぶりを思い出す。
カトレア席はもっとグレードが高い、とでも言うような……。
(ローズであれだから、カトレアって、どんな席なのかしら?)
豪勢な扉を叩いて、ベリオットが中にいる人に呼び掛ける。
「連れてきたぞ」




