↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/170

【第9話 アルフィード編:聖都の滅亡】

《9-1謎の疫病》

 宿から一歩出れば、見渡す限り地獄だった。


 道に倒れる人々は、咳き込む他、血を吐く者もいた。


 そしてミイラのような死体が、いくつも転がっている。


「ウソぉ!? ちょっとこれ見てよ!」


 さっきまで誰かの手にあったのだろう、ゴーフルが拾った新聞記事には、大司祭の訃報(ふほう)が一面に載せられていた。


 体中の血という血を吐いたせいか、大司祭の亡骸はミイラのようになり、見るも無残なものだったそうだ。


 ちょうど今、息絶えている者達のように。


 風の音に、かすれた小さな声が混ざっている。


「誰か……医者を」

「水を…………くれ」


 よく見ると人々の群れは、ホスピス、大神仕院に列をなし、頭を向けて死んでいた。


 彼らはそこに、助けを求めたのだろう。


 いないと思っていた宿屋の主人の姿もそこに。


「きっとタチの悪い伝染病だよ。逃げた方が、いいんじゃない!?」


 あわてふためくゴーフルに、セレフィナが落ち着いた口調で問い返す。


「逃げるって、どこへ? 伝染病……って言うことは、私達も発症するかもしれない」


 そういう彼女も、震えていた。かなりの伝染力だろう。


 何故、俺たちがまだ発症してないのが気になるが。


 昨日買った地図をセレフィナが広げて、隣の王都を指した。


「王都カテドラには、大型の施療院があったはず……そこなら王立医師団がいるわ」


「セレフィナの言う通りだ。逃げるより、事態を知らせた方がいいじゃないか?」


 王都に辿り着いたのは午後だった。街道で誰にも逢わなかったのが、かなり不気味だ。


 壁に囲まれたその街は、大きな門で閉ざされていた。


「やっぱり、か」

 落胆とともに、納得もした。


 すぐ近くでおかしな病気が発生したとなれば、当たり前といえば当たり前だ。


 王都は壁に囲まれた土地であり、門の前には番の者が立ち塞がっている。


「待て、小僧ども。何用だ!?」


「この街は今、閉鎖中だ。外の者は立ち去れ!」


 二人の門番が手持ちの槍を門の前で交差させて、俺たちを拒んだ。


「開けてください、今マルアークが大変なんです!」


 門番達は、驚く様子もなく言い放った。


「謎の病だろう? だから王都で感染者を出さぬよう、閉鎖しているのだ!」


 いわゆる、ロックダウンというやつか。


 しかしこちらも引き下がるわけにはいかない。


 それならばセレフィナに正体を明かしてもらい、ゴーフルの「記憶する水晶」で、聖都での惨状を説明してもらってはどうか。


 三人とも同じことを考えていたみたいで、セレフィナは眼鏡を外して素顔を出し始めているし、ゴーフルもカバンから水晶を出した。


 セレフィナが紋章を出し、

「すみません、では国王様に」

 と切り出そうとしたところで、大きな刃物が空を切る音が耳に届く。


「危ない! みんな、伏せろ!」


 ゴーフルとセレフィナを組み伏すと、大きな斧が門を直撃した。


 頑丈そうな鉄の門は、張りぼてのように破られてしまい、そこには大人の身長分くらいの斧が、地面に刺さっていた。


 すると、豚と狒々(ひひ)を合わせたような顔の異形が現われた。


 たるんだ腹は出、水牛のような角を生やしていて、大きな金棒を持っている。


「オマエラ……じゃマ。ケす。あん、ジェが、いってる」


「アンジェ!?」


 異形の口から出た名前を、俺は聞き逃さなかった。


 口からよだれをたらたら流しながらの、分かりにくい発音だったが聴き取れた。


「ぁあん? 消せるモンなら消してみな!」


 ゴーフルがチャクラムを投げると、異形は焦点の合わない目と、おぼつかない手つきで斧を振るが、空振りした。


 チャクラムは腹に直撃し、血を滴(したた)らせた。


「キュオオオオオオオオオ」


 異形は大きく甲高い悲鳴を上げ、その場に倒れ込んだ。


 奴がじたばたもがくたびに、砂埃と糞のような悪臭の風が直撃し、咳が出てしまう。


 門番達は嘆きつつも、化け物に武器を向ける。


「疫病だけでも厄介なのに……今度は化け物かよ」


「さっさと殺しちまおうぜ」


「待ってください、アイツを殺されるのは困るんです!」


「小僧、邪魔するな! 仲間ともどもしょっ引くぞ!」


 俺と門番達との言い争いの間に、セレフィナが異形に飛び掛かり、その脳天に剣を叩きつけた。


 怪物はぴくぴく動いているが、起きる気配はない。暫くすると、動かなくなった。


「ちょっと! まだ訊くことが……」


 俺の言葉に、彼女は異形の上下に動く腹を指差した。


「殺しては、いないわ」


 今更のようにセレフィナの剣が「殺さない」剣だと思い出す。


「外見を変えられてはいるけど……生きた人間よ」


 彼女の言葉に、耳を疑った。


 門番達も同じことを思ったようだ。


「寝ぼけてんのか、お嬢ちゃん?」


「ったく、最近の女は怖いったら……協力には感謝するが、帰った帰った」


 門番の言葉を遮(さえぎ)る形で、セレフィナは紋章を出した。


「申し遅れました。私、トリフィラート国第一王女、セレフィナ=ボタニーと申します」


 まさか一国の王女が、こんな所をうろついているとは思わないだろう。


 門番達は石化の魔法にもかかったかのように、硬直してしまった。


「応援を呼んで下さいますか?」


 彼女がこう要請すると、門番の一人が裏返った声で「……は、はい」と返事し、腕にベルトで巻いた小さな板を、トン、トンと押した。


「あー……こちら正門。大型の魔物を運ぶのと……あと、トリフィラートの王女様がお見えだ。魔物の搬入と王女の案内で、人手が欲しい」


 それから少しして、兵士達が八人ほどやってくる。


 門に着いた兵士達に、セレフィナが簡潔に話す。


「この者を王立医師団のもとへ運んでください。見た目は怪物ですが、おそらく姿を変えられた人間です。それから、国王様へのお取次ぎをお願いします」


「この者を王立医師団のもとへ運んでください。それから、国王様へのお取次ぎをお願いします」


 応援の兵士達は二手に分かれ、門番は引き続き門へ戻る。


 俺はセレフィナに断りを入れる。


「俺はこの人……? を、運ぶのを手伝うよ。さっきのこいつが口走ってた『アンジェ』について、聞いておきたいしね」


「私も後でそっちに行くわ。ゴーフルちゃんも、こっちに来てくれる?」


「あー、うん。王様にマルアークの様子を、見せりゃあいいんだな」


 四人の兵士とともに、セレフィナとゴーフルは王城へ連れられていった。




《9-2異形の怪物》

 残された兵士の内一人が、異形を見てぼやく。


「さて運ぶか。……重そうだな」


 身の丈がゴーフル二人分はありそうな異形は、男五人で運んでも、かなり重そうだ。


「あのー、僕も手伝いますよ」

 いつの間にか後ろに、青い髪の男がいた。


「あなたは?」


「通りすがりの者です」


 穏やかな笑みを浮かべ、彼は言った。


(いつの間に、そこに立ってたんだろう)


 そう思ったのは俺だけじゃないようだ。


 この場にいる全員が、彼に「いつからいた?」と言いたげな視線を投げかけている。


 ともあれ、こんな大きな生き物を運ぶには、人手がいる。


 彼にも手伝ってもらって、異形を施療院に運んだ。


 二つ組み合わせられた寝台に寝かされる異形を、いまだに人間だと信じられず、俺は老医師に尋ねた。


「連れは『生きた人間』と言っていますが、どうしたら普通の人間がこんな姿になるんですか? これは呪いの類なんですか?」


 医師が首を振る。

「薬の作用ですじゃ。こいつ、なかなか凶悪なものを飲まされましたな」


「薬!?」


「薬は薬でも、魔法薬じゃよ。幸い解毒剤はあるから、投与するとしよう」


 施療院なんてゴリゴリの科学的な施設に、魔法に対処する薬や道具があるものなのか。


 科学と魔法は相容れないイメージがあるけれど。


「お医者さんなのに、魔法薬なんか使うんですか?」


 俺が言うと、医師は厳(いか)めしい表情で大きく頷いた。


「使いますとも。科学の力だけでは解決できない事も、世の中には多数存在しますからの。敷居に捕らわれず、どんな手段を使っても、患者を救うのが医療だと私は思っておりますよ。世の中には『魔法がエライ』だの『科学が至高』だの、下らない優劣をつけたがる輩は大勢いますがね」


 医師の助手と思われる男性が、小瓶に入った薬を飲ませると、異形は本当に、普通の人間の男に変わった。


 医師の「体を拭いて、着替えさせてやってくれ」という指示のもと、患者は助手の男達に衝立の向こうに運ばれる。看護婦達が、患者用の寝間着と、お湯の入った容器を持ってその後に従った。


(ドクターの言うとおりだ)


 くだらない枠で考えていた自分を、反省せざるを得ない。


 すると青髪の男が、慰めるように言った。


「仕方ありませんよ。魔法というものは一部の特別な人のものとか、怪しいオカルトのようなイメージが常に付き纏(まと)うのも事実です。あっ、僕は怪しい者じゃあないですよ」


「アル、お待たせ」

 セレフィナと、ゴーフルがここで合流する。


「その人は?」

 青い髪の男を見て、ゴーフルが言う。


「さっきの怪物に変えられた人を、ここまで運ぶの手伝ってくれたんだよ」


 老医師の話に再び耳を傾ける。


「この薬を飲むと一定時間、幼児くらいの知能しかない魔物に、変身してしまうんですじゃ。


その間は気の赴(おもむ)くままに、寝て、喰って、暴れて、排泄する。理性が戻るとその時の記憶……


恥や罪悪感が襲って心を病むか、あるいは発狂してしまうか。そしてまたそれを忘れる為に使ってしまう。これを繰り返すようになる。


そしてこの化け物でいる時間の方が長くなり、最終的には……」


 衝立(ついたて)の向こうから、うめくような声がしたので、意識が戻ったのかと移動したが、うなされているだけだった。


 看護婦が、額ににじむ汗を拭いている。


「なんだか、かわいそう」


 セレフィナが、苦しそうな青年の顔に目をやる。


(今の現実こそが、悪い夢だったらいいのに)


 ドクターの話を思い出しながら、この彼に同情してしまう。


「聖都で、おかしな病気が発生しているんです」


 当初の目的について医師に尋ね、ゴーフルに頼んで水晶玉を出してもらう。医師と助手達、そして、青髪の男も一緒に覗き込んだ。


 助手や看護婦はざわつき、老医師は苦い顔で考え込んだ。助手が何か、古そうなファイルを出して開いた。


「分かりませぬ。かつて、一人が死ぬと複数の人間が同じ病に掛かる…………という奇妙な病気が流行して、それが『スイッチ病』と呼ばれていた記録はあったのじゃが」


 ここでまた、うめき声がしたかと思うと、青年が目を覚ました。


「ここは?」


「何が、あったんですか?」

 セレフィナが声を掛けてやると、飛び起きた青年はグワッと目を開け、すがるようにセレフィナの肩を揺さぶった。何かあってはと、助手達に男は取り押さえられたが、それでも暴れ続けた。


「助けてくれ! もうイヤだ! でも……でも、変な病気を治してくれるっていうから。殺した連中の顔が、目を閉じるたびに…………俺をあざ笑うんだ」


 彼は怯えたように訴えるが、舌がもつれているようで要領を得ない。所々に挟まっている物騒な言葉のおかげで、穏やかではない話なのは理解できた。


「落ち着いて。何が、あったんだ?」


 彼の剣幕のせいでおびえたように固まるセレフィナと交代して、俺が青年に話しかけた。


 青年は息を整えると、ゆっくり話し始めた。


「マルアークの都中で……みんな突然、変な病気になったんだ。医者も頼りにならず、薬もない。俺たちが苦しみでのたうち回ってると男が現われて、『一人分だけ薬を持っている。生き残った者に、この薬をやる』って言われた。


「マルアークって、じゃあ俺たちが出て行った後に」


 聖都の凄惨な映像が頭でフラッシュバックして、地団駄を踏みたかった。


 それでもつとめて冷静に、青年と話を進める。


「そいつのことで、何か知っていることは?」


「分から……ないよ」


 彼は頭を抱えて、ポロポロ泣き出した。




《9-3残ったのは、血濡れの白い聖花》

 ここからは青年の話。


 しゃくり上げながらの涙声なので、要領を得ない箇所が所々あるが、だいたいこんな感じだ。


 聖都マルアーク中心街では、命懸けの戦いが繰り広げられていた。


 突如現れた男の、この一言が原因だった。


「この奇病に効く薬を持ってきた。一人分しかないので、生き残った最後の一人にこれを与える」


 こんなことを言うのもなんだが、その男は美しく、救いの神に見えた。


 病に苦しむ民衆は、まさに最期の力を振り絞って立ち上がる。


 まず大人達は、手近な子供を殺した。ある者は首を縛り、ある者は落ちていた鈍器を重力に任せて振り下ろすを繰り返す。橋の上にいた者は落とした。


 誰がそうしようと言ったわけでもない。


 なのに皆は自然と結託し、手の届く範囲にいる子供を、一斉に殺した。


 そしてこの不思議な結束力は、今度は生き残った大人の、とりわけ若者達に取り憑(つ)いた。


 老人が次々と、断末魔とともに消えた。


 老人達が死に絶え、次に響くは女の悲鳴。



「妻を、助けてくれ!」

「お願い、私はどうなってもいいから両親を」



 このような思いやりの叫びが、先程まで街には満ちていたのに。


 そのうちに決着がつき一人の青年、つまり彼が勝ち残った。


「さあ、俺が優勝者だ、約束の薬をよこせ!」


「よかろう」


 神は小さな小瓶を、青年の手に投げた。


 それを飲むと、青年の病気はたちどころに治った。


「やった、助かったんだ」


 生きる喜びに、彼は涙まで流して歓喜をした。つかの間の幸せはすぐに去った。




「そして俺は勝ち残って、薬を得たんだ。何人も、殺してな。そしたら今度は、連中の幽霊が頭に巣食いやがったんだ! お前は殺したって、ずっと耳の中で」


 最後まで聴くと、ゴーフルは水晶玉を取り出し、こう言った。

「……ねえ、その神ってのはさあ。こんな顔じゃなかった?」


 青年は「間違いない、こいつだ!」と答えた。


 その「神の顔」は紛れもない、魔王アンジェだった。


 王都の門を抜けると、青髪の男は軽く手を振ってと別れを告げ、行ってしまった。

「では、縁があったらまたお会いしましょう」


 聖都に戻ると、そこには誰もいなかった。


 ディーヴァ・カントゥスの白い花は地面に落ち、赤色に染まっていた。


 確かに、人はいたはずだった。


 こんなに短い間に、こんなにも景色は変わるものなのか。


「みんな、本当に、殺し合ったんだな」


 さっきの青年の顔が頭をよぎる。大人が子供を全滅させ、若者が老人を叩き潰し、男が女を根絶やしにして、最後の一人が生き残った。命がけの大会。


「きたねーやり口だな。こんなヤツ生かしておいたら、ロクな結果になんないよ」


 ゴーフルが地団駄を踏むと、乾いた砂の音が虚しく響いて消えた。


 セレフィナは血の小川の前に跪(ひざまづい)いた。


「ここまでさせなければならないほど、私達が生きる事は、罪深いのかしら」


 神様がさせているとは思えなかった。


 人間に罰を与えて生き残りに復興させるくらいなら、ひと思いに一度大きな災害でも起こせばいいじゃないか。


 どうしてこんな、長々と苦しめたり、人間同士を争わせる必要がある?


 きっとその答えは返っては来ない。


「神官の言ってた、白の民の所に行こう」


 とりあえず、思いつくのはこれしかない。


 セレフィナが辺りを見渡して、ぽつりと言った。

「どうして、死体がないのかしら? あれだけたくさん、死んでいたのに」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。