エンカウント/アルフィード《34-2 闘技場のエントランス》
さて、王城と並んで都のシンボルとなる闘技場に着く。
その入口では、大勢の人々が先を争って虫みたいに群がっている。
「すごい人……さすがレオパルテ王国の大会ね」
伊達眼鏡のずれを直しながら、セレフィナが鎧の「甲虫」や、ひょろりとした「蚊トンボ」達を振り返る。
「おーい、グズグズすんなよなあ!」
はるか遠く離れた入口から、ゴーフルが呼んでいた。
体が小さくて、人混みに引っかからないのをいいことに、一人でさっさと進んでいってしまったらしい。
乱れた髪を手櫛で整え、マクベスが息をつく。
「レオパルテで行われる中でも、有数の大会らしいからねえ。武術好きにはたまらないでしょう」
その片手には、イルゼの手が握られている。
「ふぅ、アリガト。ったく、制裁がイヤなら、痴漢なんかすんじゃないってーの」
後ろの人混みを睨む彼女の口ぶりから、どうやら痴漢に遭っていたところをマクベスに助け出されたようだ。
「そうそう、人混みだからといって調子に乗ってると、思わぬハズレを引く事も」
「誰がハズレだって?」
「指の関節を逆方向に捻られるのが、アタリだと思います? 第一、痴漢なんかに喜ばれたいですか?」
(イルゼって、トロールやオークの筋肉が、移植されているんじゃなかったっけ?)
そんな彼女から受ける制裁は大変痛そうだが、卑劣な行為に及んだ結果なのだから、自業自得でしかない。
「王女様の誕生記念パーティも兼ねているのよね。さすがレオパルテの王女ともなると、豪華だわ」
セレフィナも「はぐれないように」と、俺の腕にしっかり自分の腕を絡めている。
闘技場の広いホールに入ると人の流れが分散し、やっと自分の体ひとつに戻る。
観客席は身分で分かれているのか、一般的な人達が受付の人に案内されて向かう通路と反対側に、明らかに身なりのいい人達がぞろぞろと向かっている。
「ん? ゴーフル?」
受付に先に行っていたはずのゴーフルが、壁に貼られたひときわ大きなポスターを見つめている。
女神のような白のドレスを身に纏った王女の、等身大の絵である。
さすがにゴーフルだって、見惚れずにはいられなかったのだろう。
子供でもやっぱり解るんだなあと、桃色の髪が特徴的な、絶世の美少女の顔を眺めた。
視線を感じて下を見ると、ゴーフルが非難するような目で俺を見ていた。
「……な、なんだよ」
「兄ちゃんさあ、もうちっとありがたがって見てやんなよ。一国の王女サマが、こんだけ自信満々に顔晒してんのに。失礼だよ」
「え?」
思っていた反応と違う。
てっきり「美少女だからって、いやらしい目で見るな」とでも、言われると思っていたのに。
「何言ってるんだよ、すっごく綺麗だと思うよ」
このマリエラ王女様が実は、天使や女神の類だと言われても、疑わないだろう。
それであって、矛盾しているようだが、見る者を挑発するような、小悪魔的な微笑がとびきり魅力的だ。
「ふーん。店先の大根でも見るような目だったよ。良くてせいぜい『この画家うまいなあ』みたいな」
「それはそれでいいんじゃないか? このポスター、王宮御用達の画家が描いているんだってね」
王様に重用されるほどの画家が、美しい少女の絵を描いたら、文句のない芸術品だろう。
「絶対、鼻毛描いたら怒られるよな、この絵」
ゴーフルの方が、よほど失礼だ。
だからそんな彼の為に、忠告めいたことを言わなければならない。
「言っておくけど、この国は死刑制度、あるんだからな」
トリフィラート国とは違う。
「はー……なんで子供って、人物の絵を見ると、条件反射でラクガキしたがるんだ?」
(ユングも、武術書に載ってる肖像画に、鼻毛描いて怒られてたなあ)
子供の頃の、道場の座学の時間でのことだ。
あの時は呆れて見ていたものの、今となってはそんなお馬鹿エピソードすら懐かしい、素敵な思い出である。
(そういえば、ユングいないのかな?)
村で聞いた話では、大きな大会に出て回っているはずだ。先生夫妻や、アリアも一緒に。
選手名簿にサインをしながら、さりげなく目を走らせ「ユング=ロックハート」の名前を探す。
「アル、無理してない?」
いつの間にか隣にいたセレフィナの目が、ものすっごく憐れんでいるように見える。
「いやいや全然! なんで?」
無理をしているつもりなんて、毛頭ない。
「あたしはあんたと会ったばっかりだから、普段の様子は分んないけど。昨日と比べて、明らかに変だよ」
イルゼにも、心配されてしまった。
「そんな、俺は普通だよ」
マクベスに同意を求めるが、俺と目が合うと、あろう事か彼は視線を逸らすではないか。
曰く
「多少変なだけでしたら、いつもと変わらないんですが……今日は、ね」
「な……なんだよ。みんなして」
背中に思い切りのいい音と、痛みが走る。
「いったー! 何をするんだ!?」
後ろを振り返ると、ゴーフルが口角をニッと上げて、こちらに向かって笑っている。
今背中を叩いたのであろう、開いた手の平を、隠す気配もない。
「張り切ってんだろ? ふざけたマネしやがったアンジェのヤロウに、ぎゃふんと言わせてやんだからさ! でも緊張してるみたいだから、カツ入れてやったのさ!」
まったくその通りだ。
ずっと胸を圧迫していた、今にも吐きそうなほどの高揚感が吹き飛び、スッキリした。
「そうさ、俺は張り切ってるんだ。ふざけた呪いなんかで呼びつけるような輩に、目にもの見せてやろうじゃないか」
「そうね、アルだったら楽勝よ」
セレフィナが体の前で、両手で握りこぶしを作り、励ましの言葉をくれる。
少なくとも、さっきまでの憐れむような空気は、感じられない。
名簿の、少なくとも同じ見開きページには、ユングの名前は見つけられなかった。
村に寄った時は会えなかったから、久しぶりに会いたい。
あの抑揚が特徴的な喋りでの冗談が、無性に聴きたかった。
(……ユング達だけじゃない)
最後にもう一目、会いたかった。
ミスティは今一体、どこにいるのだろう。
軽やかな靴音に、流れるような茶色の髪が視界の隅を通り過ぎた気がして、咄嗟に振り向いた。
しかし、ただの一般客だった。




