《33-3闘技場への招待状》
レオパルテ首都の飲食店は、ゼーンズフトの港街に負けず劣らず忙しい。
手に持ったローストチキンのセットをひっくり返されないように、血の気の多いお客さんの振り回す青龍刀の間を通って、窓際のテーブルへ。
ホールから戻ると、もう次の料理が大量にできている。
それを両手にローラが「あー、もう。できるの早すぎ」とか、愚痴をこぼしている。
「……なんかスンマセン、お嬢さん」
すまなさそうに、ムキムキの腕で、でかい丸底鍋を振るう厨房係のオリヴィエ。
「ごめんごめん、オリヴィエを責めてるわけじゃあないの。むしろごめんねー、こんな店で。ミスティやっぱ慣れてるねえ。ウエイトレスも、ゴタゴタも」
「前にいた店も、こんな感じだったからね」
「オラッ、無駄口叩いてないで、手ェ動かせ!」
そう言いながら店主も、忙しさでイライラ気味のよう。
「アンタもよ! 速く芋の皮剥きな!」
直後彼も、寸胴鍋をかき混ぜるおかみさんに怒られている。
ピークタイムがとりあえず終わると、ほうき片手に床の野菜クズを床の隅に追いやり、やぼったい大きな塵取りにまとめて、ギャベジ缶に放った。
ピークではないと言っても、ここもゴロツキのたまり場となっており、忙しさが絶えない。
入店当初から抱いていた「この店は『フルール・ド・ネージュ』の姉妹店ではないか」という疑惑が、一段と濃厚になる。
「そんなに似てるの? 前働いてたお店」
ローラが「姉妹店疑惑の店」について訊いてくる。
「そっくりよ。ゴロツキが暴れてるところも。かわいい店構えに、都会の喧騒を避けてあえて都の中心から外された立地も……永久に来ないであろう出番を待ちわびる『フォームドミルクコーヒー』や『フルーティ・クラッシュド・アイス』の看板が、厨房の隅に追いやられる所もね」
前働いていた店のコンセプトや客層を説明しつつ、最後に名前を言ったら、ローラが盛大に噴き出した。
「実はうちの親戚だったりして」
ローラはこの「プチガーデン ~ラビットラバーズのアフタヌーンティー」、通称「ラビットラバーズ」店主夫妻の、一人娘である。
もとは旅人向けの宿屋を経営していた店主が、若い女性客をターゲットにしたお店を立ち上げ、従業員も若い女の子をたくさん雇おうと企んだ結果……本来のターゲットとは大きく外れた層の客で、毎日繫盛することとなったという。
店の所々に飾られている、かわいいウサギのマスコット人形を、ローラは日頃からえらく憐れんでいた。
「パパのハーレム計画が潰れたのもつかの間。その方がマシなくらい、旅人も避けて通るガラ悪スポットに、クラスチェンジだもん」
採用したオリヴィエは厨房に取られてしまい、一人でホールをやらなければならないキツさでローラがグレかけていた頃、私が現れ、即採用となった。
彼女からの推しの他にも、同じような店で働いていたこと、加えて銃や剣が使えるといった要素も、採用の決め手となったそうだうだ。
ラストオーダーを無事終えて厨房に戻ると、ローラが早々に締めのための洗い物を開始していた。
疲れに任せて調理器具を水の中にぶち込みながら、彼女はブツブツ文句を言っている。
「あー……もう! 毎日毎日乱闘ばっかして、この店だけ一年中闘技場みたいよ。ったく、食事ぐらい静かにできないのかしら!?」
近々大きな武術大会が催される、という情報を聞いているので、この場外乱闘も想定の内だ。
それはローラもだろうけど、かといって、疲れないというわけではない。
「みんな自分が選手になった気分なんじゃないの?」
少なくともこの店内での戦闘には、シードも予選落ちもない。
勝ちと負けと、自由なリタイアのみ。
床拭きをしようとモップを手に取ると、ローラから驚くべき事実を聴かされる。
「闘技場でのイベント前はいつもこうだけど、今日は一段とうるさいわあ。王女の一五歳の誕生祭だからって、別に自分らがどうこうするわけじゃないのにさ」
「えーっ、なにそれ!? むっさい誕生日……」
正直な感想が、口からとび出た。
月に一度の大会は世界中から人が集まるそうだが、今回はその中でも特別らしく、更なる盛り上がりが予想されるらしかった。
その盛り上がりの理由が、世界の美女一〇〇選に選ばれ、ワガママだが、それがとびきりの魅力にもなっている、可愛らしい王女様の誕生日とは!!
しかもこの国での一五歳と言えば、上流階級の娘は社交界に出始めるという、レディの仲間入りをする歳ではないか。
「女の子の……しかも上流階級のお嬢さんバースデーに、やるもんじゃなくない? 舞踏会じゃだめなの? 私だったら、そんな熱苦しい祝われ方したくない」
皿は割れ、酒の臭いが充満し、ゴミが床に散乱したホールは、今の今まで汚らしいゴロツキどもの武道会が、一足先に催されていた事実を物語っている。
観客が選別されるならともかく、客も選手もあんなようなのが始終ぶつかり合うイベントだというじゃないか。
王女様の誕生祭なら、もっとエレガントで華やかなイベントがいいと思うのは、私が田舎者で視野が狭いからか。
「まあでも、私達には関係ないわ。お祭りの日は稼ぎ時だから、絶っ対、お休みになんてならないもんね」
とローラ。
交通機関と飲食店が祝日に休めないのは、世界共通らしい。
ルビーに手っ取り早く会うには、闘技場のイベントを見に行くことなのだろうが、それは諦めて別の方法を考えた方が良さそうだ。
床を拭き終わったタイミングでおかみさんが呼ぶ。
「ご苦労様。あ、そうそうミスティ。これアンタ宛だよ」
おかみさんが給金袋と一緒に渡したのは、仰々しく蝋で口を留められた封書だった。
差出人の名前を見て、ドキッと心臓が跳ねる。
「王廷騎士、ベリオット=シュットガイスト」
「ベリオットだ。何かな?」
「いやいや、ちょっと。王廷騎士呼び捨てって……あれ?」
ローラが私の手の中の手紙を覗き込む。
「封蝋の向きさぁ、逆さまじゃない?」
彼女の指摘で封筒の上下をひっくり返すと、獅子の国章が現れた。
薄々感じていたのだが、彼はちょっぴり天然……な所がある。
ここの国民には「寡黙でかっこいい」というイメージを抱いている人が多いと聞いているので、この一面については黙っていよう。
「……疲れてたのかな? 王様直属の騎士なら、忙しいだろうし」
王廷騎士とは、簡単に言えばそういうことらしい。ベリオット曰く「便宜上の称号」だという。
気を取り直して封蝋を丁寧に剝がす。
中身は武道大会の、観戦チケットだった。




