【第33話 ミスティ編:新天地の海底に】《33-1迎える神殿の扉》
レオパルテの暮らしにも慣れてきた日の朝。
窓から見た空はうっすら明るく、白い月がまだ出ている。窓の外に人影はまだ、ない。
「泳ぎに行こうかな」
いかんせん、そろそろストレスが溜まり始めている。
ストローピウムを胸に巻き、スブリガークルムのサイドの紐を結んで、その上にスカート代わりのパレオを巻いてベッドから降りた。
誰もいない時間や場所を選んでいるとはいえ、[[rb:過疎化 > かそか]]の進みに進んだオルカントリードのような感覚で、素っ裸で水浴びをするのは危険だという事を、先日嫌というほど思い知った。
この前は海賊船が運悪く通りかかってしまい「尾ひれのままでいるか、裸で逃げるか」の究極の二択を迫られたが、そうそう何度も出現するものでもないだろう。
……私掠免許状でも、国王がその辺の船乗りにバラまいていなければ。
(この国お金持ちだし、実はあったりして……)
王家の関係者に聞かれでもしたら、死刑になっても文句を言えないような想像は置いておいて。
宿屋の主人が盗賊とグルになって、旅人を襲わせていたくらいである。
名札がついてないだけで、盗賊やそれに近い輩は、どこにでもいるものだ。
この都で誂えたグラディエーターシューズを履いて港に直行し、消波ブロックの上から海に飛び込んだ。
水面からの光の反射してか、それとも明け方の星を映してか、海の底は所々何かが光っている。
「海底にも、星なんてあったかしらね」
マリンスノーや星の砂なんて言葉があるくらいだし、あってもいいとはと思う。
私は図書館といったら、ゼーンズフトのしか利用したことがない。
その私が読んだ事がある限りの、海に関する文献だけでも、海底は不思議でいっぱいだと理解できる。
なのにたとえば今のように星や、大げさな想像をすれば、未知の文明。
海底に「〇〇はない」と、断言ができるだろうか。
「あら?」
山脈のように連なる岩に、白い筋が通っている。白い筋は、水面からの光を反射して、キラキラと輝いていた。
近寄って見てみると、岩の山脈に沿って、白く透き通った石が縞模様を作っていた。
白い縞の表面には水晶を想像させるような角柱状の結晶が、いくつも形作られている。
「海底……鉱脈?」
誘うような輝きを無心に追いかけると、沈没船ではない、けれど明らかな人工物の群れに遭遇する。
それらはフジツボや海藻、貝の群れに覆われてはいるが、その隙間から石肌見えるし、穴が窓のように規則的に並んでいる。
その果てにはひときわ大きな、石造りの建造物があった。
「まさか『海神王の神殿』とは……言わないわよね?」
こんなに所に、あるものだろうか。
それとも、さっき冗談半分に思い浮かべた「未知の文明」の、断片だろうか。
一目で人造石だと判る、不自然に整っている壁を分断するように、その中央には割れ目が入っいた。
入り口はどこかなと、全体像を確認しようと少し後ろに下がると、壁だと思っていたのは巨大な扉であると判明する。
問題は、どこにも取っ手もなければ、ノッカーのようなものすらないこと。
(どうやって入るの?)
かといって、人ひとりが押すにはあまりにも大き過ぎる。
他の入り口があるとは思うのだけど、では何のために設けられたのか。
(それとも、形がそれっぽいだけで、扉じゃないの?)
この形がどうしても、何らかの方法では開きそうな予感をさせる。
つい近付いて、割れ目に手を伸ばした次の瞬間。
重々しい濁った音がして、地面が細かく揺れた。
地震ではなかった。
壁が、目の前でゆっくり両サイドへ移動していったのだ。
「……開いた!?」
どういう仕組みで、なぜ動いたかは分からない。
機械のような仕掛けでもあるのかと思ったが、水の中だ。
しかも機械の超大敵であるはずの、海水。
「怪しすぎる」
侵入者をわざと招き入れるような構造は怖かったが、背を向けると、困った病が私を止めた。
病魔は私の手を掴み「行けよ」と命令する。
多くの探検家は、この病魔によって命を落としているに違いない。
水中のこの建物は、いつの時代にどうやって作られたんだろう。
この廊下を進む私のペースに合わせるようにしてひとりでに点いて迎える、燭台の間を通過する。
途中途中にある「すでに開いた扉」に迎えられた先には、聖堂に突き当たった。
カテドラル、とかいう名前だったろうか。
バラの花を思わせる、豪奢な窓。
そこからの青白い光が、この部屋を照らしていた。そして正面の祭壇には、金属の箱が鎮座している。
「これって」
もしかして、もしかしなくても財宝では。
そう思うと首が勝手に後ろを振り返り、何らかの罠が発動していないか、確認してしまう。
箱に触った瞬間出入り口が閉じて、閉じ込められる……とか。
(もし扉が閉まったら、急速に扉の風化を速めて……)
閉じ込められた時の為の、プランを考える(他の罠だったらお手上げ)。
レオパルテで暮らすようになってから、暇な時にその辺の岩や大き目の流木で、自分の使える魔法を実験し、応用パターンを研究していた。
結果、岩などを急速に風化させる効果の魔法が、使えることが判明していた。
遺跡を傷つけるのは、この上とない罰当たりだろう。
しかし、生き埋めにされることと天秤にかけると、やむをえまい。
神様だって許して……くれなくてもいい。
閉じ込められた時の作戦を一応立て終わり、箱を開けた。
「指輪ね。きれい」
青の大きな宝石のついた、立派な指輪。
カテドラル窓の光に翳すと、角度を変えるたびに緑にも青にも、透明にも色を変えた。
財宝を確認したところで、祭壇の両脇にある扉が気になった。
(財宝って、普通一番奥にありそうだけど。まだ奥があるの?)
扉の大きさは見た所、一般家庭のドアほど。
まずは左を開けようとしてみるも、開かない。
よくよく観察してみると、壁に扉の形のへこみを作り、わざわざそれっぽい装飾を施しただけのフェイクだと判る。
「……作った人、ナニ考えてんの?」
いつの時代に作られたかは存じないが、ここにそいつの幽霊でも現れたら、問いただしてみたいものだ。
右はどうか。
たぶん同じ……と思いきや、枠の内側に隙間があった。
ノックをしてみると、空間を感じさせる音もする。
取っ手に触れる前に、私のその動作を察知したかのように、扉はひとりでに開いた。
狭い通路は数歩程度の距離で、すぐ曲がり角にぶつかる。
当然曲がるが、早くも終点が訪れた。
角を曲がってすぐ、牢屋のような格子が、行く手を阻んでいたのだ。
「招かれざる者の道」
格子の上には、こう刻まれていた。
向こう側は、左右に伸びる通路がある。できるだけ奥を見ようと目を凝らした。
まず左はすぐ壁……と思いきや、入ってきた扉と、そしてさっきの扉もどきの壁と、同じ模様の扉が見える。
現在位置から考えると、あの扉もどきの壁の裏側になるようだ。
(遊び心? 設計ミス? それとも注文主が嫌われてて、嫌がらせされたとか? 本当……この遺跡作った人、何考えてたんだろう?)
さておき、右の方はどうかというと、奥に通路が真っ暗な闇の中に続いていた。
(こっちが『招かれざる者の道』か)
進んでみたかったが、格子にはいくら触っても、開いてはくれなかった。
風化の魔法にもビクともしない。
一見鉄っぽい金属の棒の材質はたぶん、海水の影響を受けないのが特徴の、カヴキテスタ鋼だと思われた。
残念だがこれ以上の探索は、諦めざるをえないだろう。
心残りながらも通路から、財宝の部屋へと引き返す。
するとさっきまで誰もいなかったそこには、白い髭を蓄えた、派手な襞襟の服の老人がいた。




