《32-2衛兵局に丸投げする為の電信》
「一番近くの衛兵局に、電信しとくよ。名前と年齢言って」
「ミスティ=ヴィリアンズ。年齢は一六。ご主人行っちゃいましたし、ここで待たせてもらっていいですか? 一人で戻るの、怖いんで」
このムカムカくる駐在と一緒で、胃に穴が開きそうなのは我慢だ。
ちゃんと衛兵を呼んでいるか、ちゃんと見届けるまでは我慢しなければならない。
「いいよ、ゆっくりしてな。茶ァ飲むかい?」
思いの外、嫌そうな顔はされなかった。
怠惰とはいえ、一人でこんな誰も来ない場所で過ごすのは、退屈なのだろうか。
お茶を飲みながら、世間話をした。
ド田舎の方の出身だという前提を織り交ぜ、レオパルテの国について、色々尋ねた。教えを請われるのは嫌いではないらしく、かなり饒舌に教えてくれた。
駐在が言うには、僭主としてルートヴィグ王が即位してからというもの、景気はうなぎのぼりとなり、今や世界の覇権を握る帝国と並ぶと言っていいほど、経済大国にのし上ったという。
破産寸前の貴族だった頃とは、彼を見る民の目は一変し、今は名君として称えられているという。
ほどなくして、駐在所の外が騒がしくなる。
足音からして、かなり大勢で来ているらしい。
レオパルテ王国とはいっても、ここはどうも辺ぴな場所っぽいから、こんな大きな話にはなるとは思わなかった。
「盗賊と、海賊の被害者だそうだ」
駐在が口利きしている衛兵を、中から覗き見る。
銀色に輝く鎧に身を包んだ集団。
一人目立って身なりの違う人物を目にした時、私は考えるより先に、駆け出してしまった。
「ベリオット!?」
「お前、どうした? なんでレオパルテにいる?」
いるはずのない私を見て、ベリオットはこっちに小走りで来る。
「えっと……実は誘拐されて」
まさか真っ裸で泳いでいたら、網で引き上げられただなんて言えない。
「この駐在が、お前を誘拐したのか?」
私の言葉が足りなかったのか、あろうことか彼は「駐在が」私を誘拐したと、勘違いしてしまった。
「い、いや! 何言ってんですか!?」
いきなり誘拐犯の嫌疑を掛けられた駐在は、慌てて否定する。
さすがの彼も、自分の名誉を守ることまで怠けるわけにはいかないみたい。
楽しくお話ししたとはいえ、駐在のあのいい加減な対応を思い出すと「はい、そうです」と、誰も笑わないブラックジョークを、あえてブチ込みたい衝動に駆られるが、我慢しよう。
「はい、そうです」
先ほどの仕打ちを思い出してムカムカしている間に、うっかり、頭の中身が口から漏れてしまった。
「ちょっとアンタ!」
駐在は心底驚いた顔をしているので、私も取り繕う。
「ごめんなさい、わざとじゃないの。考え事してたらつい口が」
本当にわざとではないのだけど、駐在の冷や水ぶっかけられたような顔を見られたので、ちょっとだけ溜飲が下がる。
「やっぱり怒ってる!?」
「あれで怒らないとでも? 逆に訊きますけど、私がそんな聖人に見えてるんですか!?」
あんな扱いを受けて怒らない、聖母のような心を持っているのなら、私は今頃新興宗教でも開く計画でも企てているだろう。
胸に勲章をつけた、衛兵隊長っぽい身なりの人が、見かねたように間に入る。
「ベリオット将軍……彼女はおそらく犯人の手を逃れて、この駐在に助けを求めたのかと思われます」
「……そう、そうです! あ……あの、このお嬢ちゃ…………いえ、この女性は?」
さっきの横柄さとはうって変わって、腰が低くなった駐在は、私についてベリオットに尋ねる。
「け……」
返答の間に、またもや衛兵隊長が割り込む。
「ご友人……だ、そうだ」
たぶんベリオットが言おうとしたのは「契約していた」だろうか。
隊長のリアクションからして「契約」や、推測だけど「悪魔」とかを連想させるような言葉は、禁句なのだろう。
王や政府の関係者が、悪魔と繋がりがあったり、ましてや役職を与えているのは、あんまり国民にはいい話には聞こえないだろうし。
「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん。都の将軍……しかも王法騎士と知り合いだなんて、一言も……」
王廷騎士って何? という質問はさておき。
「だって、訊かれてないし、言う機会ありました? そもそも言ったところで、何かかしてくれました?」
どこの馬の骨とも知れない「嘘つき女」の話なんて、アンタはまともに聴いたか?
「ベリオット将軍、どうなさいましょうか?」
お伺いを立てている隊長に答えるのではなく、ベリオットは私に言った。
「お前は、どうして欲しい?」
「現場に……まずは宿屋に来てください。襲われた証拠ならあります」
衛兵隊長の方には、要所をかいつまみつつ、都合の悪い部分については嘘を入れて訴えた。
私はトリフィラート国オルカントリード地方の者で、「ゼーンズフト街(これは嘘。本当のことを話すと長いし、旅に出た動機が言えないから)」で海賊に捕らえられた。
その海賊達は財宝の取り分をめぐってもめたかと思うと、目の前で殺し合いを始めた。
それから他の、捕らえられた人達の助けでレオパルテに辿り着き、安全な場所を求めて宿屋に駆け込んだ。
だが、女の一人歩きで目を付けられてしまったらしく、そこでも運悪く盗賊に襲われてしまった……と。
隊長はまともな人らしく、私に同情してくれた。
「では、ただちに向かいます」
衛兵隊長が言うと、ベリオットが「じゃあ、飛ばすぞ」と返した次の瞬間、目の前が宿屋の客室前に変わる。
そこではちょうど宿屋の主人が、斧でドアを壊そうとしているところだった。
主人を無視して、持ち出していたキーを挿し込んで開けると、中からは冷気が流れ、衛兵隊長と主人が、ぶるっと身震いした。
いくら頑張ったところで、開くわけがない。
私は駐在所に行く前に、ドアと鍵穴はおろか、部屋も冷気の魔法で作った氷で塞いでいったのだから。
私が魔法を解除すれば、扉を開く邪魔をしていた氷は消えて、あっさり開く。
珊瑚の枷からとっくに解放され、私の財布を手に入れられているにも関わらず、盗賊達は逃げようとしない。
ただ「寒い……寒い」と、ひたすら身を震わせるばかりで。




