【第32話 ミスティ編:郊外にある宿屋の秘密】] 《32-1災難は終わらない》
(こわー……レオパルテでも、こんな所があるのね)
レオパルテ王国は、人口や流通だけでなない。
技術や武芸、芸術においても世界有数の国だと聞いていた。
だけどこの都手前の街は、そんな華やかなイメージとは大きくかけ離れている。
宿屋の布団に入って眠れぬまま過ごしていた夜明けに、押し寄せてきた盗賊達を見て、しみじみ先進国の陰の部分を感じる。
疲れていたのに眠れなかったのは、虫の知らせだろう。
いつもは荷物に入れてしまうか、ベッドサイドに置いておく銃を、今日は枕の下になんとなく、隠していたのも。
歌声で眠らせ、珊瑚の枷で拘束した盗賊達を見下ろし、肩で息をした。
(宿屋の主人に……報告しなきゃ)
部屋のドアノブについた鍵は、すでに開いている。彼らが侵入する時に、開けられたのだろう。
(ん?……待って)
立て続けに酷い目に遭ったからか、もともと私の性格がひん曲がっているからなのか、ある「疑い」が私の中に浮上する。
(女の一人旅を狙ったのはいいとして。宿屋の主人が気付かなかったのも、ありえない話じゃない。だけども、どうも釈然としないのよね)
こんな夜中に申し訳ないが、銃を窓に向かってわざと撃ってみる。
少し時間を置いて、外からパタパタと足音が向かってくる。
部屋の外に出ると、主人は心配そうに私の俯いた顔を覗き込んだ。
「お客さん、大丈夫かい!?」
「盗賊に襲われました。通報してください!」
面倒ごとがイヤなのか、主人は一瞬だけ顔を歪めた。
しかしあえて、ここで必死に食い下がる。
「おねがいします。盗賊が『今もその辺をうろついている』と思うと、安心して眠れません!」
「……分かったよ、だけどこの街の駐在はヤル気ねえからなあ」
(やる気がないのは、あんたでしょ)
口には出さないが、私はがっくり肩を落とした。
「仕方ありません、自分で行きます。ここの駐在が頼りにならないなら、近くの街の方へ」
足早に「他の街へ」行こうとすると、素早く、痛いほどの力で腕を掴まれる。
「ま、待ってくれ!」
「よかったあ。一緒に行ってくれるんですね?」
精一杯の感謝を声に込め、とびきりの笑顔を心掛けた。
しぶしぶといった感じに主人は「女の子の一人歩きは危ない」と、ついてきた。
私は待っているように言われたが「一人は怖い」と、押し通した。
「でもねえ駐在も、人が殺されないと動かんよ?」
夜道を歩きながらも、主人は私に思いとどまらせるよう、ぶつぶつ言い続けた。
「なあ、お代は結構だし部屋も変えるよ?」
「嫌です。盗賊が『逃げた』のに、安心して眠れません。それともまさか、盗賊を庇ってるんですか?」
「そんなことはないさ!」
一瞬だけ睨むように細められる主人の目は「チっ、面倒な女だ」と、今にも舌打ちが聞こえてきそうなほど嫌そう。
それから一瞬の間を置き、彼は困った顔に戻った。
「……ただ、本音を言うと『盗賊に入られた宿屋』だなんて悪評が立ちそうで、あんまり騒ぎにはしたくないんだよ」
「『人が殺された宿屋』より、マシだと思いません?」
私が畳みかけると、主人はピタッと足を止め、私も止まる。
再び歩き出すが、なるべくゆっくり歩いて、彼の少し後ろの位置に落ち着いた。
「人から人に伝わっていく内に『主人が盗賊と繋がっていて、目をつけた客を殺させている』に変わっちゃうかもしれませんよ」
「お……俺を疑ってるのか!?」
「いいえ。私を襲って、何を盗るんですか?」
商人に服を恵んでもらった際に、私は質素なものを選んでいる。
前払いの為にお金を取り出した入れ物も、ボロ袋は言わないが、かなり地味なものだ。
その内に、駐在所に着く。
「はいはい、じゃあ盗られたものは?」
さて主人の言っていた通り、駐在はほんとーに、ヤル気がなさそうだった。
煙草をプカプカふかしながら、もう片手で被害届をつまんでヒラヒラさせている。
宿屋の主人は「ほらな」と、独り言なのか私に聞こえるように言っているのか、小声で呟いている。
「お財布です」
現に、枕元に置いてあった小銭入れを盗られている。
銅貨と、貝殻を粉状にして固めた、貝貨が数枚を入っている程度だが、お財布はお財布だ。
「財布なんか持ってたの?」
私をジロジロ見て、駐在はこれ見よがしな含み笑いをした。
「お財布持ってなかったら、どうやって宿取ったと思ってるんですか?」
脳内に湧いた言葉が、口から漏れてしまった。
「ちゃんと扱ってくれよ。うちのお客さんだよ」
主人は「なあ、帰ろう」と小声でしきりに言いながらも、一応口添えしてくれる。
「海賊に襲われて、次がこれか」
「あっはは、そいつは災難だったねえ」
脈絡もなく海賊の話題が出て、駐在のオッサンは声を出して笑い始めた。
口を滑らせて、昨日の事をこぼしてしまった、自分を殴りたい。
あの世で聴取できるように、その海賊本人のもとへ送ってやろうかという考えが浮かんだが、なんでもない顔をし通す。
「ご主人、ところであんた盗賊を見たのかい?」
駐在の質問に、宿屋の主人は「いいや」と、困ったように答えた。
その返答に駐在はニヤニヤ笑いながら、煽るように言う。
「お嬢ちゃん、あんまり大人をからかって困らせるんだったら、君が逮捕されちゃうよ」
もう私を完全に、嘘つき認定して追い返そうとしているらしい。
「だったら、一緒に来てください。証拠ならあります。荒らされた部屋はそのままです。『盗賊の一人が発砲した』ので、窓に穴も開いてます」
証拠があるとは、本当に思っていなかったらしい。
「うーん、それはどうも。盗賊が一人じゃないんなら、衛兵どもの仕事だなあ。こんな凶悪な事件じゃあ、俺の手に余る。あいつらの方が、税金から給料がっぽりもらってんだし」
嘘つき認定して追い返す、から、衛兵に押し付ける方向性に転じる。
そこまでして仕事をしたくないんだ。
ダイヤモンドのように固い意志に驚きつつも、それは願ったりかなったり。
だってこの駐在では、期待はできない。
一方宿屋の主人は「なら、任せたよ」と、そそくさ帰ってしまった。




