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《31-3列車個室席内での会話》

 レオパルテ方面行きの、列車を待っている最中のこと。



「これが『平和協定』の結果とはねえ」



 さっきの赤い髪の女性が、軍人達に言っていた言葉を思い出す。


「字面(じづら)に反して、ロクでもないない協定だろーな」


 ゴーフルのこの見解には、俺も頷いてしまう。


「『平和』っていい言葉だけど、侵略者の常套句(じょうとうく)でもあるからな」


 セレフィナなら何か知っていそうだとは思ったが、彼女も首を傾げている。


「プリムスコロナ帝国はあちこちの国に軍事基地を駐留させているけど、ルルディにも置いていたのは知らなかったわ」


「少なくとも僕がいた頃には、帝国の連中はいませんでしたよ。ただ、昔から帝国とレオパルテが、ルルディの領土を欲しがっているのは知っていましたけど」


 今までの事とマクベスの言葉から、帝国はルルディと対等な関係を築くつもりなはく、「平和協定」の名のもとに侵略を進めている、という疑いは確信に変わっていく。


 ふとリュネが、暗い顔をしているのに気付く。


「嫌な話ばかりして、すまなかったね」


「そうじゃないんです……レオパルテに着いたら、アル様達とお別れなんだなって」


「そうだな。次は大事にしてもらえるといいね」


 本当は「いつか家族に会えればいいね」と言おうとしたが、やめた。


 家族に売られたとか、家族がもういないという事情があるかも、と思い至ったから、俺から触れるべきではないと思った。


「……あの、アル様。よかったらリュネの、新しいご主人様になって下さい! リュネ、何でもします!」


「絶対にイヤだ」


「……えっ!? …………アル様……リュネが嫌いですか?」


「そうじゃない。俺達の旅は危険だ。君は安全な場所で、幸せにならなきゃいけないと思ってる」


 冷たいようだが、少女奴隷売買の当事者になる気はない。


 人間に近い外見の幼い女の子に「愛玩用」という、タグがついているなんて、おぞましいもいいとこだ。


 それを喜んで所有する奴と同じ、醜い下品な生き物になり下がるなんて、自害でもした方がマシである。


 俺は善人を自称する気はないが、最低でも人間でいたい。


「でも」


 リュネが言いかけた時、見覚えのある顔に話しかけられた。


「あれ、あんたら」

 あの赤い髪の女性が、さっきは持っていなかったトランクを片手にそこにいた。


「さっきはありがとう。あんたらも、同じ列車に乗るんだね」


「君はさっきの」


「あたしはイルゼヒルト。『イルゼ』って呼んで。あんたらの行先も、レオパルテだったりする?」


「そうだよ。レオパルテの武道大会に出る予定なんだ」


「大会って、首都でやるやつだよね。王女の誕生祝いの。あたしも都に行く予定なんだけど、一緒に乗っていい?」


 列車が到着する。


 席は全て個室になっていて、大きめの椅子に簡易的なテーブルがついている。


 高級感があって、トリフィラートやレガリアなどでは、見た事がない。


 決して他の国の列車がボロイとかしょっぱいなどと言う気はないが、これが普通の席だとは驚きである。

「ゴーカだなぁ、トリフィラートとかレガリアの列車がしょっぱく見えるぜ」


 ……ゴーフルにはもう、つっこまないでおこう。


「お嬢ちゃん、行儀悪いよ」


 足を大きく広げて座る彼に、イルゼが注意した。


「……お嬢ちゃん、だぁ?」


 頭上の大きなリボンの存在を、ゴーフルは忘れているんじゃないだろうか。


 リュネの視線が、やっぱりリボンに向いている。


「だって、あなたは女の子じゃないの?」


「好きでこんなカッコ、してんじゃねえんだわ」


「ゴメン、この子男なんだ。わけあって今変装してるんだけど。ところでイルゼ……さんはなんでレオパルテに?」


 彼女の手の鞄は明らかに旅用のものだ。


 ルルディのあの治安を考えると、やはり引っ越しだろうか。


「引っ越し。実はこの間、ルルディに引っ越してきたばっかりだったの。なのにすぐ帝国兵が来て、ロサを占領しちゃってさ。軍人達も帝国の言いなりどころか、連中に加担してんだもん。ちょっと前までは、豊かで落ち着いた、住みやすい国って評判だったのに」


「隣の芝生……っていうところもありますよ。確かに資源が豊かで、お金持ちの人口も多いんですが、その分格差はえげつない。ところであなた、『引っ越してきたばかり』と仰(おっしゃ)ってましたが、どちらの出身で?」


 マクベスに尋ねられイルゼは、今はもうない国の名前を答えた。


「シルフィング共和国」


「確かこの間帝国に戦争を仕掛けられて滅んだ、鉱石や、海底資源が豊富な国でしたね……皇帝は『シルフィングが世界の平和を乱そうとしたから』とかなんとか言ってたそうですが」


 マクベスの言わんとしていることは、だいたい察する。


 要するに「資源欲しさにイチャモンをつけ、国民を虐殺した」と言いたいのだ。


「シルフィング……リュネもシルフィングから、連れて来られたんです!」


「何だって!?」


 驚いているとイルゼがリュネのローブのフードを指す。


「その耳、もしかしてアウラ街(がい)の子かい?」


 フードの隙間から、僅(わず)かにわずかに獣の耳が見えていた。


「は……はい! あの、アウラ街のこと、ご存知なんですか?」


「獣人が人口の大多数を占めてる街は、珍しいからね。アウラ街の事件は、知ってるよ」


「大人と子供は、別々の場所に連れて行かれました。子供は『もっと可愛くなる手術』をされます。リュネは『スリムになる手術』の後、ルルディに連れて来られたました。そこでご主人様になる人を待っている時に、アル様達に助けられたんです」


「スリムになる手術、ねえ。あいつら、人間の女や中性的な男の子供にも、そんなのやってたよ。あたしは身長オーバーで、やられなかったけど」


 イルゼとリュネの会話を聴いているだけでも、シルフィング国民への仕打ちが惨(むご)いものだと理解できる。


「さっきの無茶な行動は、そのせい?」


 俺はイルゼの、銃を持った兵士の前に飛び出すという、ほぼ自殺行為の理由を尋ねた。


「うん。どうせもう家族もいないし、半ばヤケ。せっかく安心して暮らせる場所を見つけたと思ったら、また帝国が侵略し始めるんだもん」


「さっきの、手刀っていうんですか? 素手で、奴らの体を斬ったのって」


 マクベスが言うと、彼女は袖をめくって、糸も取られない赤く腫れた縫合痕(ほうごうあと)を見せた。

「帝国の、わけのわかんない研究でね。なんか、オークとか、トロールとか……の筋肉が移植されてるみたい。爪は獣人のだって」


 そう語る口元にも、犬の牙のような鋭い歯がある。


 リュネは縫合痕を見て、怯えたように震えている。


「痛みは、ありますか? あれば、取り除くことはできます」


 セレフィナが変装用のローブを脱いだ。


「イルゼさん、私達も帝国の横暴に腹を立てていて、彼らの犯罪の証拠を集めているの。私はトリフィラートの王女、セレフィナ=ボタニー」


「え!? 王女様!?」


「ええ。その集めた証拠を記録に収めて、元首連盟に告発するつもり。よかったらあなたの証言も、いただけるかしら?」


 セレフィナの申し出に、イルゼは頷く。


「あたしの証言でよければ……。さっきパルド将軍がビビってたのって、そのこと言ったの?」


「ちょっと違うわ。『これ以上私達や、労働者の人達に手を出すなら『パルド将軍に殺されかけた』と、トリフィラート王に伝える。私は旅の行く先々で、無事を知らせる書簡を送っているから、私からの便(たよ)りが絶えるか、書簡にその事を書けば、すぐにルルディに調査が入る』って言ったの。わけあって、本当は素顔を出したくなかったんだけど、彼らを野放しにしたら労働者の人達はあの後もまた、虐(しいた)げられるだろうと思ったから」

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