《31-2意図的に壊される治安》
「状況は、どうなっている!?」
胸に勲章をたくさんつけた、偉そうな紺色の制服の軍人が、怒鳴るように兵士達に報告を求めている。
報告を求められている兵士達の服は、山で見た帝国軍のものと違う。
「黒い軍服は、もしかしてルルディ軍の?」
「はい。あ」
ルルディ兵の集団に知っている人でもいたのか、マクベスが小さく口を開いた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。連中の目に入らないように、裏路地から行った方がいい」
小声で言いながら、彼はすぐそばの小路を指差した。
ただでさえ狭い道が、詰まれた木のコンテナのせいで、通るのに気を遣う。
裏路地に入ってすぐ、俺達の来た方向から、大勢の足音と、言い争うような声が聞こえてきた。
訴えている方は、「帝国兵がこの街に来てからというもの、ますます治安が悪化した」「軍人が農園の作業員に乱暴を働いた。その軍人は何の罰も受けていない」、「金持ちの悪人や怪しい団体は、逮捕されない。すぐに釈放される」といった不満をぶつけている。
「黙れ、静かにしろ!」
訴えている人達を押さえつけようとする兵士の声に、胸がムカムカする。
「うるせー知るか。やられる奴にはやられる原因があるんだよ! それと、貧乏人に人権はクソほどもねえ!」
ひときわ言葉の汚い声が上がったと思うと、直後に銃声が響く。その直後、大勢の悲鳴が聞こえた。
「ひぅっ!?」
リュネが身を小さくして、ガタガタ震える。
「おい、ブルーノ。弾丸を粗末にするな。高いんだぞ!」
「すんませーん、つい。でも、どのみち処刑っすよ?」
声から察するに中年の男(たぶんさっき見た上官)からの叱責の声に、ブルーノと呼ばれた若い兵士は、「てへへ」とごまかすように笑った。
その場に上がる大勢の悲鳴が、彼らには聞こえていないようだ。
「バカ、そうと決まったわけじゃないだろ」
「新しい『買い主』が現れれば、っすよね」
この「買い主」という言い方が、露骨な悪意を含んでいて、胸が悪くなる気がした。
どうやら自分より弱い者に対して帝国兵、少なくともルルディに所属する軍人達は「つ〇ぼ」になってしまうようである。
誰が言いだしたのでもないが、俺達は自然と小路の入口に戻っている。
コンテナの陰からから覗き見ると、先ほどの銃弾で始末されたらしい、地面に転がる人間と、流れる血の川が見えた。
その周囲で、一緒に訴えに来ていたのであろう他の住民が、立ち尽くしている。
セレフィナが何かに気付く。
「あの人達の服」
泥まみれでほぼ茶色くなっていたから分かりにくかったが、訴えに来た人達は山の上の奴隷達と、同じ服だった。
更に彼らの周囲には、横にぴったり張り付く兵士達。
銃や剣を持っている者の他に、彼らから没収したのだろうか、農具を持っている者もいる。
「ブルーノ、口答えをするな。お前はガロファーノに行った時も、無駄な弾薬を使ってたな」
地名を聞いて、反射的に目がマクベスの方を向く。
「ぇえー。充分もとは取れてるじゃないですかあ。あそこの住民って。揃いも揃って貧乏なくせに顔がいいから、売れるんですもん。へんぴな田舎だから、いろいろ資源も獲れるし」
マクベスは何も言わないが、閉じられた唇が白くなっている。
「……うわあ。マクベス兄ちゃん、めちゃくちゃ怒ってる」
ゴーフルが小声で言った。
しかし気になるのが、ブルーノという口の悪い兵士、上官に対してもずいぶん砕けた口調で接している。
なのにどうしてか、上官も咎める様子がない。
ブルーノの暴言は、まだ続いている。
「カメリアとか、ナルジスはショボかったっすね。女もブスだし、奴隷しか使い道はないけど、やっぱり見た目は大事ですよねえ」
「バカモノ、『奴隷』という言葉を使うんじゃない! 『人材』と言え、『人材』と! ……ん? おいブルーノ、見ろ。まだ生きてるじゃあないか。まったく、詰めが甘いんだ」
「マジかぁ、反省してまーす」
マクベスはさっき収容所で、兵士を苦しめ抜いて殺そうとした、ゴーフルを止めた。
そのことを彼は、後悔しているのだろうか。
俺は、後悔している。
一人の兵士が瀕死の男に向けて銃を向ける。
俺が我慢できずに小路から出ようとしたところで、
「これが『平和協定』の結果とはねえ。冗談キツ過ぎて、愛想笑いも出やしない」
猫族の野獣を思わせる身の軽さで、誰かが地面に着地した。
現れたのは髪の赤い女性。
生死を確かめているのか、血だまりの中の『人材』の首に手を当てている。
醜悪に顔をくしゃっとさせて笑いながら、ブルーノは彼女に銃口を向ける。
「あっ、あーっ! 反逆者に肩入れしてるーっ! この行為も反逆と見なし、死けーい!」
しかし次の瞬間、ブルーノの右腕から血が噴き出した。
のたうち回る奴を汚いものを見るような目で一瞥すると、彼女は腕を振って、手にべっとりついていた血を払い落とす。
気のせいかと思ったが、まっすぐ伸ばした手の先に、鋭い爪が尖っていた。
「次喋ったら喉をやるよ」
彼女のどす黒いトーンの声に、憎しみが込められているのは疑いようがない。
しかし大勢の、しかも銃を持った兵士の中に飛び出していくなんて、無茶が過ぎる。
「アイシクルダーツ」
兵士達の銃が、一斉に彼女に向くより早く、マクベスの詠唱が終わる。兵士達の持つ銃の長さくらいの、氷の錐が空中から発生し、兵士達の腕を貫いた。
兵士達を挑発するかのように、道の真ん中に躍り出る彼に、赤い髪の彼女が怒ったように言う。
「何やってんだい!? 罪人はあたし一人で充分だよ!」
マクベスはにこりと微笑んで返す。
「いずれにしろ、僕は最初から嫌われてますし。ね、ブルーノ君に、パルドおじさん」
「は……はぁ!? 誰だお前!?」
マクベスのこの言い方では、あたかも向こうも彼を知っているようだ。
だが一方、相手はというと「知り合い」というにはやや不自然な反応である。
「何だ!? 息子も私も、お前のような奴は知らんぞ!」
パルドと呼ばれた上官の言葉で、ブルーノの言葉遣いの意味を悟る。
「忘れるなんて、ヒドイなあ。『ガロファーノの人型害虫』、忘れたの?」
マクベスの言葉で、ブルーノは「あっ」と小さく叫び、パルドの方は顔を真っ青にして震え出した。
マクベスに軍人達が気を取られている間に、俺はセレフィナに治癒を依頼する。
「セレフィナ、俺が守るから、倒れてる人に治癒魔法を頼む!」
「ええ、任せて」
懐から小物入れを出しながら、彼女は承諾してくれた。
大路へ出て、うつ伏せになっている怪我人の体を確かめる。
撃たれたのは肩と胸の中間あたりで、幸い心臓や肺には当たっていないようだ。ショックで気絶しているようだが。
兵達の銃が今度はこちらに向く。
「リュネちゃん、私が弾を抜いている間に、このからバッグから聖水を出してくれるかしら? 治す前に、傷口を洗うから」
「は……はぃ!!」
怪我人から弾が取り出されるのが、視界の隅で確認できた。
兵士の引き金が引かれる前に、その長い銃に剣を叩きつけると、それらは真っ二つになる。
他の奴らも、ゴーフルのチャクラムが当たって、見事に銃だけをズタズタの輪切りにされていた。
すると彼らは、今度は腰に差した剣を抜くが……
「武器下ろしな。さもなきゃコイツを殺す」
いつの間に上官の背後に回っていた赤い髪の女性が、奴の首に腕を回し、爪の先を突きつけている。
上官を人質にされ、兵士達は剣を構えたまま硬直する。
「オッチャン達さあ、実は上官ともども斬ろうか、迷ってたんじゃない?」
ゴーフルの言葉に、兵士の一人が怒鳴った。
「う、うるさい! 戯言を言うな!」
しかし他の数名が「ギクッ」としたのを、俺は見逃さなかった。
「この手はあまり使いたくないけど」
手当を終えたセレフィナが、上官の至近距離まで歩み寄り、小さな声で何か言っている。
すると彼は、急に態度を変えて退却命令を出した。
「お前ら、退却だ! あと先ほどギクッとした者、減給!!」
息子と部下を引き連れて、退却したパルドを見送り、セレフィナは俺達に告げた。
「みんな、お願いがあるの。もしルルディを出る前に私が死んだら『パルド将軍に殺された』って、証言して」




