【第31話 アルフィード編:明るい首都、ロサ】《31-1マクベスの歩調》
「変わったねえ。あの汚くて埃っぽかったロサが」
マクベスが呟くと、俺のシャツの袖をクイと片手で引っ張り、リュネが訊いて来る。
「あの人……えと、マクベスさんは、地元の人なんですか?」
「そうだよ。俺達と出会う前は占い師として、いろんな場所を旅をしてたみたい」
「占い……ですかぁ」
占いという言葉に反応してか、彼女の頭上の耳が、パタパタ動ているので、少しヒヤヒヤする。
人口の多さは人間が圧倒的に多いので、彼女の猫耳は非常に目立つので、俺の着ていたローブを着せている。
よって今、俺の変装は顔半分を隠しただけの、軽いものになっている。
「って言ってもマクベス兄ちゃん曰く、『当たるも八卦、当たらぬも八卦』だそうだけどな。それでもいいなら、占ってもらえば?」
ゴーフルが勧めると、リュネは慌てて首を振った。
「いえ! いいです!」
ここ、首都のロサは、古めかしくも品のある街並みをしているが。
「こんなにきれいな街になったのも、つい最近か」
「そうですね。少なくとも一〇年前までは、道はこんなに整備されていなくて、砂埃がいつも舞っていました。母に連れられて、ここに野菜を売りに行くのが、子供の頃はすごく、嫌でした」
「マクベスさんが、野菜売りに?」
不思議そうな、セレフィナの反応も無理はない。
現在の彼しか知らないと、荷車を引いて炎天下の中野菜を売って回る姿は、なかなかに想像しがたいだろう。
「倍の値フダはりつけて、売ってそうだよな」
ゴーフルの言うマクベス像の方が、失礼だが彼らしい。
「失礼な、そんなことしないよ。売れるように、多少の工夫はしてたけど」
(その『工夫』って何だよ!?)
脳内で突っ込んでいると、マクベスの表情に、懐かしそうな、悲しそうな影が差す。
「せっかく育てたのに、売れなかったら元も子もないからね」
「そういえば『昔は貧しかった』って、言ってたね」
出会った頃に聴いたエピソードが思い出された。
細身ながらも結構筋肉質なのは、幼い頃からの重労働の賜物か。
「宿屋と食事は、もうちょっと行った先にある、セレソ地区で取りましょう。郊外の方が、軍隊や治安維持組織の建物が少ない分、手配書も出回ってる場所も少ないですし」
「手配書って、アル様達は悪い人なのですか?」
少し驚いたようにリュネが言う。
「いろいろ事情があってね。悪いことはしてない、と思うんだけど」
「えー……アタイ疲れたし、腹へったよお」
ゴーフルが不満を漏らす。
俺も疲れていたし、お腹も減っていたから、彼の意見に賛成だった。
「ひと駅先だから、列車に乗ってしまえばすぐだよ」
そう流すと、マクベスは足を速めて駅があるという方向へ、足を早めて進んで行ってしまった。
「あーもう、待ってよ!」
置いて行かれそうな雰囲気に焦ったのか、ゴーフルは彼の後を追いかける。
「セレフィナ、君は大丈夫?」
「私は大丈夫だけど。リュネちゃんが、ちょっときついかもしれないわ」
「リュ……リュネは大丈夫ですぅ」
とはいえ、ゴーフルを除けば俺達より圧倒的に体が小さいリュネには、脚の長いマクベスのペース、しかも早歩きに合わせるのはキツイのではないだろうか。
「マクベスさん、なんだかずいぶん強引ね」
とセレフィナ。
「やっぱり、そう思う? 」
駄々をこねていたゴーフルよりも、マクベスの方がワガママに見えるくらい。
普段から長い距離の移動、特に歩きの時には周囲に気を遣う彼が、ゴーフルの希望を無視するのは珍しかった。
第一、彼自身だって、疲れているだろうに。
話している間にもマクベスはどんどん遠ざかっていくので、仕方ないと、俺はリュネを背負った。
「ちょっとごめんよ」
「え? アル様!?」
「兄ちゃん、すっかり保護者の顔になってやんの」
とゴーフルがからかうように笑う。
「なんだか、ゴーフルと初めて会った頃を思い出すな」
出会った頃は可愛かったのに、と目の前の小憎らしい笑顔を見下ろす。
「その内そいつも、オ……じゃなくて、アタイみたいに、本性現したりしてな」
「よせよ、こんなに可愛いリュネが、大口開けて笑いながら『兄ちゃん馬鹿じゃねえの!?』とか、言うわけないだろ?」
「でも可愛い妹分は、あなたから逃げたわね」
セレフィナの言葉が、矢のように胸を貫く。
「リュ……リュネはアル様を『馬鹿』だなんて言いません!」
たくさんの人が、日よけのタープの下に並んでいるのが目に入る。
その傍らにはいかにも裕福そうな男。
タープの下の人々は老若男女様々で、通行人に笑顔こそ向けているが、どことなく無機質さを感じる。
裕福そうな男の身なりが商人風なのも相まって、並んでいる彼らが、隣のテントで売られている、野菜や果物を連想させる。
「『人材』はいかがですかぁ?」
タープの前を通り過ぎる時に、商人風の男が、通りに向かってこう叫んだのを耳が拾った。
距離が近くなって気付いたのだが、並んでいる人々の首には、札が提げられている。
商人風の男の掛け声で寄って来た、身なりのいい中年男がこう言った。
「ワタシは農園を経営している者だが、人手が足りなくてね」
「まいどあり!」
通り過ぎようとしたが、声だけでも不穏さを感じるやり取りに、思わず振り返る。
「あれは、何をしてるんですか? あの人たちも、ご主人様を待っているんですか?」
「分からないな。あんな光景を見るのは、俺も初めてだから」
嘘をつかない範囲で、曖昧に答える。
「兄ちゃん、姉ちゃん、何やってんだよ! マクベス兄ちゃん行っちゃうよ!」
ゴーフルに呼ばれて前を見ると、マクベスとの距離が更に広がっていたので、先を急いだ。
(奴隷は世界的に、禁止になったはず……だよな?)
帝国の作業所のように、山奥でこっそりならまだしも、こんな街中で奴隷商だなんて。
それともさっきセレフィナが言っていたように、禁止になったばかりだから、新しいルールがまだ浸透していないのだろうか。
(一般人ならまだしも、店側がそんな重要な変更を把握していないなんて、あるのか?)
しかし今はそれより、マクベスに追いつく方が先である。
「マクベス、待ってよ!」
先に先にと行ってしまう彼に、やっと追いついたところで、さっきの妙な光景について言及した。
「さっき、変な店があったんだけど……」
「ああ、青果店の隣にあった、奴隷商のタープでしょ? このペタル地区では、珍しくないよ」
マクベスの口調はいつもと変わらない。それでも歩調は速足のまま。
「あんなに堂々と!?」
さっきの商人の口上を思い返す。
「『人材』はいかがですかぁ?」
「『人材』であって、『奴隷』ではない……って理屈ね」
言いながらセレフィナが、少し息を切らしている。
「そういえば、リュネの売買記録にも『人材』って、書いてあったな」
振り返りはしないものの、マクベスはちょっとだけ、歩く速度を落とした。
「人手不足の現場に働き手を『紹介』する……という体を取っていますがね。本質は変わりません」
さっき「野菜を売りに行くのが嫌だった」と彼が言っていた理由は、砂ぼこりのせいだけではないのだろう。
「すみませんね。急ぎ足になってしまいましたが、もうすぐ駅に着きますよ」
初めて振り返ったマクベスの表情に不自然さはなく、さっきまで纏っていた、どことなくピリピリした空気もなくなっていてホッとする。
しかしそれも束の間、駅前の目抜き通りでは、山の中で見た帝国の兵士達が慌ただしく駆け回っていた。




