《30-5愛玩奴隷の少女、リュネ》
「い……今の、聞こえた?」
音が聞こえたのは、俺だけじゃなかったらしく、ゴーフルがしがみついてきた。
「誰か、いるの!?」
セレフィナが部屋の中を見回し、音の主に話しかける。
「ここから聞こえたような気がするんですが」
マクベスが立ち止ったのは本棚の前。
「どかしたら壁に何かあったり…………ダメだ、動かない」
動かそうと試みたが、ビクともしない。
重いとかそういう問題ではなく、止め金具がくっついているわけでもないのに、本棚はそこに、固定されているようだった。
「ねえアル、本棚の周り見てみて。変な隙間があるわ」
本棚の側面を見て、セレフィナが指摘した。
ここで言う「隙間」は、壁の前に本棚を置いた時の、ごく当たり前の隙間じゃない。
本棚の側板の縁にだけ走る、均一な隙間。
「本棚が隠し扉になってたりしてな。ちょっと叩いてみよっか……あれっ!?」
本棚の中を覗き込みながら、ゴーフルは両手で本を抜き取ると、またしても疑いが深まる点が出てくる。
「この本みんな、ハリボテだぜ」
抜き取った本をゴーフルが俺達に見せ、マクベスがそれらを手に取る。
「フェイク本ですか。見せかけの本なんか並べてまで、何を隠そうとしてるんですかね?」
「じゃあ早速トントンっ……とね」
ゴーフルのノックの音は妙に軽く、後ろに何も詰まっていないような、空洞を思わせた。
「奥に空間があるって事だな。問題は、どうやって開けるかだ」
左右どっちを引っ張っても押しても、反応はない。
「どこかにスイッチでもあるのか? このフェイク本って、全部フェイクか?」
「全部抜いてみようぜ」
ゴーフルと一緒になって、フェイクの本を片っ端から抜いていくと、抜けないものに当たる。
「これだけ抜けないな。もしかして……」
その本は抜き取らず、逆に、グイッと押してみた。
すると「カチッ」と何かが外れる音がして、本棚の右側がわずかに浮く。
「開いたぞ」
部屋の中央にはリボンで飾られた、大きな鳥籠が鎮座していた。
中には一二~三歳くらいの女の子が入っている。
「えと……どちら様、ですか?」
頭上についた三角の耳を、猫のようにパタパタさせ、少女は俺達を見上げた。
鳥かごは大きいとは言っても、少女が立てるほどの高さはない。
絶対に、軍人達の娘や妹のような身内ではないだろうが、籠の中の少女は外の囚人達と比べて、明らかに身ぎれいで、そこもまた異様だった。
するとセレフィナが彼女を見て言う。
「この耳……獣性人ね」
「獣人じゃないの?」
獣の特徴をした、人型の生物が存在しているのは知っている。
しかし俺は(ちょっと違うかもしれないけど)「人魚」以外に遭遇した事はなかった。
「間違いではないけど、『獣人』っていうと、獣の特徴の方が多い種族の人達の事を指す場合が多いわね。薬や食べ物なんかで事故が起きないように、区別する必要があったから、『獣性人』って呼び名が出てきたの。逆に獣性人はこの子みたいに、人間の特徴が多いわ」
「あなた方はリュネの、ご主人様ですか?」
女の子の名前は「リュネ」というらしい。
「違うよ。俺はアルフィード。こっちはセレフィナに、マクベス、ゴーフル。『ご主人様』っていうのは?」
「え……と、リュネがこれから暮らす、おうちの人です。リュネはご主人様の言うことをきいて、喜んでもらうのが、お仕事……です」
「なるほどね」
マクベスが壁にくっついている小さな棚から、何か見つけたらしい。
「どうしたの?」
「これ、見て下さい。彼女の言動や、このおかしな状況の理由も説明がつきますよ」
マクベスの持っている紙には「人材取引証書」と書かれていた。
商品名:リュネ 分類:愛玩用 性別:女 年齢:十三歳 種族:獣性人
性格評価:従順 愛嬌:優秀 健康状態:良好
価格:金貨三〇〇枚
引き渡し予定日は、今日の日付が記載されている。
言葉こそ「人材」と書かれているが、湧いてくるのは嫌悪感しかなかった。
売る奴、そして愛玩用の少女を、好き好んで購入する奴に。
ゴーフルは苦虫を嚙み潰した顔で、腕組みをした。
「庭にいた連中は、この娘の存在を知らなかったのか。無理もねえ」
もし彼が「建物の中を見て行こう」と、しきりにせがまなければ。
この娘は誰も来ない部屋で、籠から出ることもできず、飢えて死ぬしかなかったと思うと、胸が痛い。
「ゴーフル、君の言うことをきいて、よかった」
まさしく彼のお手柄である。
ともあれ彼女に、残酷な事実を告げる。
「リュネ、といったね。この収容所には、もう誰もいないし誰も来ないよ」
「えっ!? 係の人が、『ご主人様が迎えに来るから、それまでここで大人しくしてるように』って」
「その係の人も、もういないんだ。こっちに寄って」
俺が手で指示した方向に、リュネは寄って行った。
「死にたくなかったら、動かないで」
空いたスペースに向かって剣を振り下ろす。
外見重視で頑丈には作られていなかったのか、籠は比較的、簡単に斬ることができた。
「大丈夫? 切れた格子で怪我しないようにね」
座りっぱなしでうまく立てないのだろう、ふらつく彼女の手を取って支える。
「この娘、どうする?」
ここにはもう本当に誰も来ないだろうし、万が一「ご主人様」が来ても、ロクなことにはならないだろう。
みんなに相談すると、セレフィナが案を出してくれる。
「まず一緒に、ルルディを出ましょう。レオパルテに着いたら、孤児院か神仕院に連れて行く。それからトリフィラートに連絡して保護をお願いできたら、迎えに来てもらえるまで待たせてもらうで、いいと思うわ」
「お前ここ、出たい? アタイ達と一緒がイヤとか、どうしてもご主人様を待ちたいなら、無理は言わねえ」
ゴーフルが彼女の意思を確認すると、彼女は戸惑っている。
「……えと。でも、勝手に出て行ったら、怒られるかも」
リュネのこの言い方は、この場所に進んで残りたい、という様子ではなかった。
「リュネ、無理はしなくていい。でも、君がどうしたいかは、君が決めていいんだ」
「ついて行って、いいんですか?」
「ああ。その事で、誰かがリュネを怒っても、ちゃんと俺が、君を守るよ」
そう約束すると、暗かったリュネの表情が、パッと明るくなる。
安心してくれたようで何よりだ。
「ありがとう、セレフィナ」
「孤児院が見つかる保証も、トリフィラートが保護を承諾してくれるかも、まだ分からないわよ」
しかし単なる一般人が同じことを提案するよりも、はるかに説得力も可能性もある。
ルルディにいるよりは、ずっとマシであろう。
部屋を出る時、気になっていた事を口に出した。
「ねえ、リュネは籠から出たりなんて、できなかったんだよね?」
「はい、できません」
「俺達、この部屋から誰かが隠し扉をノックする音を聞いて、君を見つけたんだ」
リュネはキョトンと「?」を表情に浮かべるだけで、心当たりについては何もないようだった。
「……まさかね」
不思議と、みんな同じことを考えているのが分かる。
「ハハハ、昔からの住人が新たなる犠牲者候補を助けたか。それとも自分達の領域から、新参者を追い出そうとしただけか。怪談に、思わぬ『続編』ができてしまいましたね」
マクベスが笑いながら言った。
昔からの怪談の真偽はともかく、この建物の使い道や、実際に犠牲者がいたことを考えると、シャレにならない。
最後に調べるのは倉庫のような場所。
下からは、ひんやりした空気が立ち上っている。
「ここは一段と、禍々しいね。見たらすぐに出ましょうか」
階段の下を見下ろすマクベスの声は、珍しくこわばっている。
「……リュネ、怖いなら外で待っててもいいんだぞ?」
リュネはというと、明らかに震えて怖がっている。
なのに俺の背中にしがみついてまで、ついて来ている。
「一人になる方が、こわいです……」
階段を下ると、鍵つきの扉がある。
鍵を切って強引に開けると、二段ベッドのような小さな檻が、規則正しく並んでいた。
電気技術ではあるものの、頼りない照明が廊下を不気味に照らしている。
両側の壁の大半を構成する、鉄格子の向こうから、青白く透けた腕が伸びてきたとしても、決して不思議ではない。
辺りから音がしないせいか、自分自身の唾を呑むときの音が、大きい気がした。
「あの扉、すっげえ不吉な感じすんな」
ゴーフルが指すのは、奥にある重厚な鉄の扉。
「いやぁっ!!」
開けた瞬間、セレフィナの悲鳴が、静かな中にこだました。
「げ」
ゴーフルが一歩後ろに下がる。
シャツの背中が引っ張られた。
「はわわわ……アルフィードさまぁ、怖いです!」
宙吊りの黄色い骨が何体か下がっているし、その下には本で見たような拷問器具や、それにかかった哀れな死体。壁は血でどす黒くなっている。
暗い眼で死者が何か訴えて来る気さえするし、渇いた血の匂いまで錯覚できそう。
「……うわぁ」
あまりの惨状に、口を大きく開いてしまう。
引き返そうとマクベスが、扉の取っ手に手を掛けた。
「記録ができたなら、もう行きましょう、死者に同情するとろくな事がないですし」
前庭に戻ると、ゴーフルは水晶をしまう。
ただ俺にはちょっとだけ、心配事があった。
「水晶って、どのくらいの量を記憶できるんだ? 記録した内容が消えちゃったりとか、しないのか?」
ゴーフルからの返答は
「無限に記録できるよ。消えちゃったことは、今んとこない。ただ、見たい映像がどんなのか自分で覚えてなきゃ、水晶も記録を引っ張り出すに出せないけどね」
「俺達が全員、記憶を失ったり死んでしまったら、水晶が残っていても無駄だということか」
「ま、でもリュネが生き残って、トリフィラートに保護されてくれるだけでも、帝国の非道の証拠にはなるんじゃね?」
とゴーフル。
「さて。仕上げといきますか」
門を出るなりマクベスは、館に向かって両手を構える。
「エクスプロージョン!」
彼の詠唱とともに、館は全壊……とはさすがにいかないものの、大部分が破損し、作業所としては機能しないであろうと思われた。
「な、何するんだよ!?」
俺が尋ねるとマクベスは「念のため」とニッコリ。
「建物そのものが残っていれば、また変な目的で使われるかもしれません。でもここまで壊せば、そんな輩はもう湧いてこないでしょう」




