《30-4世界元首連盟の会議に提出する、証拠映像の取得》
「中は意外と、きれいですね」
古びてはいるものの、掃除の行き届いた廊下を見渡して、マクベスがドアを閉める。
「誰もいないんじゃない? 奴隷が言ってたけど、みんな品物を納めに、外に出るそうじゃないか」
ゴーフルが言うには「閉じ込められていたり、怪我などで動けなかったりで、館内に取り残されている人がいるかも」とのことだが。
「だーから、念のためだっつーに! 物わかりが悪いなあ」
彼がどうしてこんなに、意地になっているか分からない。
ただ一つ言えるのは、
「ゲンコツと往復ビンタ、どっちがいい?」
見た目こそ子供だけど、彼の実年齢は俺より年上だ。容赦はしなくていい。
「ゴメンってば、怒んないでよお! 兄ちゃん、子供相手に暴力ふるうの!? ミスティちゃんにキラわれるよお!?」
「ほら! やめなさい」
本当に殴ってやろうかと思ったその時、セレフィナが間に入ってくれる。
「アル、暴力はダメ! だけどゴーフルちゃんも、言っていい事と悪い事があるわ。すでにこれ以上にないくらいに嫌われ……いいえ、物理的にも精神的にも、距離を取られてるんだから!」
「……セレフィナ、俺、君を怒らせること、何かした?」
彼女はやっぱり、答えてはくれない。
「あのさあ、セレ姉ちゃん」
「なあに?」
「姉ちゃんの最良の医女神ってさ、『生きてる』人間以外にも、使えるの?」
「え?」
セレフィナが訊き返す。
「姉ちゃんって、巫女だよな? 人間以外にも、干渉できるのかなあ……って」
「期待に沿えなくて申し訳ないけど、あくまで生きた者が対象よ。それに巫女、少なくともイグドラシルの巫女や神官というのは、都の境目に魔除けの結界を作ったり、祭事を取り仕切ったり、裁判の審議をしたりといった役割で、霊能力者の類ではないのよ。私の治癒魔法は他の事情で、習得しただけ」
巫女については俺もあまり理解していなかったけど、神職分野を担う役人……という認識でいいのだろうか。
「そっかぁ『大地神王の神器』を持った状態でも、ダメかな?」
治癒魔法、死んだ人……加えて神器ときて、ゴーフルがなぜ館内にしきりに行こうとしたのか、そしてセレフィナに何をさせたいのかが解ってくる。
ここが帝国の、実質収容所として使われるようになったのは、割と最近だろう。
けどここで死んだ者は、たくさんいるに違いない。
いくらセレフィナが優れた治癒魔法の使い手でも、よしんば霊魂の背負っている痛みを取り除くことができようとも、この館は一人が全てを救うには、大きすぎる。
彼を止めたのは、マクベスだった。
「やめときなさい、ゴーフル君。可能だったとしても、負担が大きすぎる」
「……ゴメン」
いつもの調子のいい言い方ではなく、泣くようにゴーフルはポツリ、と言った。
「とはいえ、本当に彼が最初に言っていたように、動けなくなっている人がいるかもしれないし、館内を回るだけ回ってみましょうか。死人は数えようがないですが、生きている人なら助けられる可能性はあります」
こう言ってマクベスは、次のドアに向かって歩みを進めていく。
「うん!」
足を速めてマクベスの後についていくゴーフルを、セレフィナが呼び止める。
「ゴーフルちゃん、私達に見せてくれた『記憶する水晶』を出してもらえるかしら?」
「なんで?」
「これから行くレオパルテには、映像を保管できる『フィルム』という技術があるの。水晶の映像をフィルムで保管して、トリフィラートに送るわ。世界元首の会議で、この事を告発してもらいましょう。それがここで亡くなった人達への、弔いになると思うの」
長い廊下に、いくつものドアがついている。
それらを一つ一つ開け、中に人がいないか調べた。
何か機織り機のようなものが、たくさん並んでいる部屋。
その奥のテーブルには、積まれた人間の歯。どれも健康そうな、きれいなものばかり。
その向かいの部屋は小さな四角の型と、その傍らに積まれた、生臭い黄色い物体。
水晶を両手でしっかり抱え、ゴーフルは部屋の隅々まで足を運ぶ。
次に入ったのは、石造りと思われる、四角の長い桶の部屋。
「まさかとは思うけど、トイレ……じゃないよね?」
水洗浄式のトイレは、少なくとも二〇〇〇年以上前には、全世界での普及がほぼ完了しているはず(旧アントスが起源、ということ以外の経緯は不明。というか昔からアントスは『謎の多い国』というのが定説らしい)。
ありえないとは思うけど、手入れの悪い公衆便所よりも強い便臭から、そう思わざるを得ない。
「でしょうね。作業員にかかる経費は徹底的に削減してるだろうし」
隣の部屋は、眼鏡や、その他の金属が積まれている、など。
それにしても、入った時から思っていたのだが、建物に対して廊下が狭い。
まるでドアが壁に埋まっているみたいに、ドアに対して周りの壁が分厚いのである。
「貴族の者が死んでこの館の捜索がされた時、床下や、崩れた壁や床からも、大量の骨が出たそうだよ」
笑いながらマクベスは、分厚い壁に手を当てる。
「やだ、嘘でしょ?」
セレフィナが壁を避けるように、肩を縮めた。
二階に入ってすぐの部屋は、医務室らしい。
屋敷だった頃のをここに集めて医療用にしているのか、広い部屋に所狭しと並べられた、どれもサイズの違うベッドは総じて大きい。
「何だ、これ?」
サイドテーブルの上に、紙切れを見つける。
「もういやだ! 奴隷達が夢に出て来る!」
紙にはこう書かれていた。ドクター、とはいっても「ある意味楽にする」役割の医者が、書き残したもののようだ。
そのメモの主は逃げたか、狂ったか。それとも。
想像している間に、二階が終わった。
次は三階。玉座の間のような場所に辿り着くのだが……天井が、ない。
「さっきこれやったの、マクベス兄ちゃんだろ? ド派手にやったよなあ」
そういえばゴーフルが暴れた時、マクベスが屋根に魔法をぶっ放して……。
「感謝して下さいよ。少しでも、君に攻撃が集中しないように、やったんだから」
「そうなの? アリガト」
人はいなかったが、一つ疑問が解決された。
所々に水道があったが、どれも蛇口ハンドルがついていない。
そのかわりに、「×」の形の出っ張りがあった。
あの鍵のようなゼンマイのような金属は、取り付け式の蛇口ハンドルだと判明した。
あの金属を見せた時の奴隷と、持ち主の兵士の反応から、水道から出るきれいな水は、兵士が自分達だけ使っていたのだろう。
「あとは庭にあった、倉庫みたいな場所くらいか。もうここに、用はないな」
と、立ち去ろうとした、その時だ。
ドンドン
壁を拳で叩くような音がした。




