《30-3『バブルストーン』~働けなくなった奴隷の末路》
「アル、マクベスさん! 重傷の人からどんどん連れて来て!」
セレフィナが呼んだ。
考えるのをいったんやめ、彼女の前に、痣や傷の大きい者から順に抱きかかえて運ぶ。
「……水、水を」
ぐったり倒れ込んでいた奴隷が、うわ言のように呟く。
「水? 水道、近くにないかな?」
近くにあった汚れたバケツに、マクベスは、これから攻撃魔法でもするかのように手を構えている。
(でもまさか、そんなわけないよな?)
……と、これから何をするのか気になってしまい、彼の手元を盗み見る。
「アイシクル……」
唱えようとしているのは「氷の棘」の、本当に本当の攻撃魔法!
「えええっ!?」
しかし彼は途中で詠唱を中断する。
バケツの上に浮いた巨大なツララは、スペルが不完全だったせいか、その場で溶けて、水になってしまった。
マクベスはいったんそれを捨てると、もう一度同じ動作を繰り返す。
いつの間にか集まってきた、他の奴隷も目を丸くして、俺と一緒に無言で彼を見ている。
「アルさん、これ使って」
最初よりきれいになったのバケツに入った、水を差し出される。
我先にとバケツに群がってくる奴隷の間に入り、ひと掬い分を確保し、最初に「水をくれ」と言っていた奴隷の口に流し込む。
彼はいくらか、苦しみが落ち着いたように呼吸が整った。
馬車の上にいる奴隷達の、拘束を解き終わったらしいゴーフルに、マクベスが指示をする。
「ゴーフル君、次は水を入れられる入れ物を探して、もっと持ってきて」
「……あ、うん。お前ら、バケツしまってる場所に案内しな!」
「おう!」
水を飲んで気力を取り戻した、比較的体力のあるグループにゴーフルが案内を乞う(?)と、奴隷は彼を館の脇にある、倉庫らしき小さな建物へ案内し、大量のバケツを持って帰ってくる。
俺は脱水状態の奴隷達に水を飲ませたり、順番待ちの奴隷の傷を、持っていた清潔な布で拭いてやる。
「建物の中には、まだ人がいるの?」
治療の終わった奴隷に話しかける。
「いないさ。連中が戻って来たら、みんなで一斉に『成果物』をここに持って来るからな……」
今にも消えそうな声で、彼は答えた。ここにいるのが全部らしい。
「この『作業所』は、何を作ってるんだ?」
「作る……と言えばそうだが。あれを見てくれ」
彼は、隅の馬車を差した。
中を見てみると、紙の束や、何か貴重そうに鍵穴つきのコンテナ、それから「囚人用」と書かれた粗末な布袋。
牢獄の備品にするらしいが、形容しがたい。
一応固形なのだが半分溶けたような、汚い物体が入っていいた。
ついている札には「バブルストーン」と書かれている。
つまり石鹸だが香りがしないどころか、臭い。
宿屋で使われている清潔なものとは、明らかに違う。
「刑務所や、収容所で使うんだよ」
「よっぽど、ひどい扱いを受けていたのね……これらの品物を作るために」
治療がみんな終わったらしいセレフィナまで、泣きそうになっている。
「死んだ人間だよ、『コレ』」
袋の中を見ながら、奴隷は嗚咽を漏らす。
「ここは、ルルディ中にある『作業所』……って言っても、実質収容所だけどな。工場に入れられた労働者が、病気やケガで、充分に働けなくなったらここに運ばれてくる。俺達は、そいつらの死体を処分するのが仕事なんだ。立場は同じ作業員なんだがなあ」
煙突からの黒い煙は、やっぱり火葬で発生したようだ。
「まずドクターが毒の注射で、引導を渡す。時には軍人どもに、銃で撃ち殺されるが。その死体から俺達は歯や髪を抜いて、皮を剥ぎ落す。死体を焼却炉に入れて、そこから残った灰や脂で、奴隷や囚人用の石鹸を作るんだ」
囚人や奴隷が、同じ境遇の者達から作られた石鹸を使う。
想像するとゾッとする。
「『使えなくなったら、お前達もこうなるぞ』」
後ろからした声に、背中がぞわっと波打った。
驚いて振り向くと、マクベスが奴隷の顔をじっと見ながら続けた。
「……って、製品づくりを通して、脅しをかけてるんでしょうね」
彼や俺、セレフィナどころか、近くにいた他の奴隷も全身が震えている。
「ところで、ここを出たら、どこに行くつもりなの?」
奴隷に尋ねてみる。
ここを出たにしても、彼らに行く宛てがあるのだろうか。
「馬車で麓の港街や、ガロファーノにでも降りるよ。武器も金も手に入れたしな」
辺りを見ると、元気になった奴隷達はいそいそと拘束した兵士達から色々……武器や服をはぎ取っている。
「なあ」
少し疲れた様子のゴーフルが、館の扉を指差す。
「入ってみようぜ」
「あっ……行っちゃった」
こっちが返事をするよりに、彼は扉を開けて、入ってしまった。
座る体勢で縛られている兵士の腰の傍らに、金属が落ちている。
「何だこれ? 何かの部品か?」
俺が近づくと、その持ち主と思しき兵士が「あっ!」と慌てた声を上げる。
ヒモがついたそれは、一見ゼンマイのようではあった。
下の部分には「×」形のへこみがあり、鍵のように、何かにはめ込むのだと想像できた。
「じゃあ、ありがとう。達者でな!」
最後に旅立とうとする馬車を引き止めて、拾った金属を見せる。
「あ、待って。これ、何なのか、分かる?」
それを見た奴隷達の顔はみるみる怒りで赤くなり、反対に持ち主の兵士の顔は、みるみる青く染まっていった。
「なー、早く早く!」
誰も来ていないのに気が付いたゴーフルが、扉からひょっこり顔を出す。
「ああ、今行くからちょっと待ってて」
どうやら兵士達が奪われるのは、武器や制服などの物資だけには、止まらなさそうだ。
その金属が何か知らない俺でも、予想ができた。




