《30-2堕天使と化するゴーフル》
「あの軍服……どうやらこの屋敷は、プリムスコロナ帝国の施設になってるみたいっですね」
マクベスが小声で言った。
灰色がかった緑色のが大多数なのに対し、おそらく上官なのだろう、一人だけ紺色の服を着た奴がいる。
緑色の服を着た兵士に首根っこを掴まれながら、おそらく囚人であろう老人は、門の内側に引きずられていく。
「許してくれ」
「まじめに働く」
「もう逃げない」
だが謝罪をすればするほど、またその声が悲痛であればあるほど、軍人達の怒りを刺激してしまっているように見えた。
引きずられている間も老人は殴る蹴るの制裁を受け、ぐったりとなる。
囚人の脱走は厳しく制裁されるのは、何も帝国だけに限った話じゃない。
とはいえ、間近で見るのはなかなかにきつい。
軍服がみんな入ってしまうと、門が閉じられた。
門柱の影に隠れて様子を伺うと、上官であろう人物が怒鳴るように叫ぶ。
「『奴隷ども』を集めろ!」
「奴隷って……囚人じゃ、なかったのか」
一方、上官の発した「奴隷」という言葉に、セレフィナは別の反応をした。
「……そんな、奴隷制は全世界で、禁止と決まったはずよ!」
「そうなの? 全然知らなかったよ」
「ええ、決まったばかりだから、まだ知らない人も多いと思う。だけど、奴隷禁止の案を出したのは、帝国なの。皇帝は……この事を知っているのかしら?」
「……だからこんな山の中に、施設を設けてるんでしょうね」
マクベスが言う。
凄惨な場面に目を奪われて気が付かなかったが、門柱の「プリムスコロナ帝国作業所」と書かれた看板が視界に入る。
「さっさと首をくくれ!」
さっきの老囚人……いや、奴隷が絞首台へ登るよう命じられ、背中に鞭が打たれていた。
その場にへたり込み、ここからでも分かるほどに震えている彼に対して、鞭を持ったのとは別の軍人が「早く死んだ方が楽だぞ」と、せせら笑っている。
世界各国に散った帝国の若い兵士の不祥事や、横暴な兵士による事件は度々耳にする。
しかし、仮にも「地上界法の執行者」と呼ばれる帝国が、こんな犯罪にまで手を染めているなんて。
ところでずっと、ゴーフルが静かだ。
どうしたんだろうと彼を見ると、噛みしめた唇が白くなって、血が出ている。
「待て、何をする気だ?」
直感でマズイと予見し、彼の両肩を掴む。
「どけ!!」
ゴーフルは俺の手を払いのけ、頭上のアウレオラを乱暴にぶん投げた。
光の輪は鉄格子など、存在していないかのように門を通り抜け、今奴隷の首を吊らんとする処刑台の縄を切る。
俺達があっけに取られている間に、彼は門を飛び越えていった。
どう見ても場違いな存在に、軍人達の注目が集まってしまう。
「なんだ、貴様は! こいつらに肩入れするなら、ガキでも容赦せんぞ!!」
鞭を持った軍人が怒鳴ると、ゴーフルは低い声でこう言った。
「あーあ……間違えちまった。アンタの手首を狙ったのによぉ」
天使は、人間を傷つけてはいけないのではなかったのか。かつてゴーフル本人が、言っていたはずだった。
兵達の持つ銃は、一斉にゴーフルに狙いを定めるが、本人は意に介していない。
このまま争いになってはまずい。
「ゴーフル、危ない!」
兵の注意をこちらに引き付けるべく、わざと大きな声を出しつつ門の鉄格子を斬る。
「……兄ちゃんよ、こいつらブチ殺す…………!」
もはやゴーフルには、説得など応じない。
その時、上空でものすごい爆発音がした。
「何が起こった!?」
建物の一番高い屋根が、粉々に倒壊していた。
「もしかしてマクベス……」
と、マクベスの方に振り返る。
俺の視線に気付いた彼がこっちに近付いてきて、コソッと耳打ちした。
「今のうちに」
兵士達が爆発に気を取られているどさくさに……と、近くにいる兵士達の手を、斬り落としてしまわない程度に傷をつけて、銃を奪った。
「このクソ……ぅわあああっ!?」
兵士の一人がこちらを向いた瞬間、そいつの体が炎に包まれ、燃えたのだ。
「……ぅう、ぐええええ」
別の兵士は、真っ青な顔で脂汗を描きながら、痙攣して倒れ込む。
魔法攻撃かと思った俺は、マクベスに問いかけようとしたが、彼は首を振った。
「ダメ、消えないわ!」
セレフィナが脱いだローブで炎をはたき消そうとするが、あろうことか炎は風方向に揺らぐことすらしない。
「そうだ、マクベス……氷の魔法を」
「無駄だよ。それよりこっちだ」
マクベスがゴーフルを後ろから捕まえ、頬に平手を振り下ろした。すると、炎はあっさり消えた。痙攣して倒れていた方の兵士も、発作が収まったのか、目を見開きながら息を切らしている。
ゴーフルに視点を合わせ、マクベスは静かに叱る。
「気持ちは理解できるけど、やりすぎですよ」
今のはゴーフルがやったのかと、ただただ開いた口を塞ぐことができない。
「な……何だったんだ、今の?」
赤くはれた頬に手を添えながら、それでもゴーフルは焦点の合わない目で、笑っていた。
「『竜の炎息吹 』と『毒の牙』。そいつには、竜が吐く炎の息とおんなじものを……で、そっちの奴の体ん中には、蛇の毒を召喚したんだよ。……もっと苦しめば、よかったんだ」
しかしうって変わってゴーフルは、火が付いたように号泣しだした。
地面を叩いて泣きじゃくるその様子は、ものすごく悲壮だった。
いじめられ、助けを求めて帰った我が家でも「しっかりしろ!」と叱り飛ばされた子だって、こんな泣き方はするだろうか。
「こんな奴らが助かるくらいなら、神連中のやってることなんて、ほっとけばよかった! 人間なんて、滅んで当然だよ!!」
「じゃあ君は僕達のことも、死ねばいいって思ってるんだね?」
マクベスが正面からそう問いただすと、ゴーフルはピタッと動きを止め、首を振った。
人間そのものを憎んでいるわけではないのは、絞首台の縄を真っ先に切ったことからも、察することはできる。
「マクベス、もうその辺で」
俺も門の外から覗いている時「こいつらなんか、地獄に落ちてしまえばいい」と思っていた。
だからゴーフルが気の毒にも思えたので、マクベスを制してゴーフルに話しかける。
「……思ってないなら、セレフィナを手伝おうか?」
俺達が喋っている間にも、奴隷達にセレフィナが治癒魔法をかけている。
彼らを見るとほぼ全員、体のどこかに怪我をしていて、これまでまともな治療をされてはいなさそうだった。
今できるもので、彼女の治癒魔法に勝る治療はないだろうけど、一人では大変だ。
薬草と傷薬は、港町で買っておいた(あとスリザスが持たせてくれたものも)のが、たくさんある。
「姉ちゃん、オイラ……じゃなかった、アタイはなにすればいい!?」
泣くのをやめたゴーフルは頷いて、セレフィナの元へ走っていく。
彼女に何か告げられ頷くと彼は、今度は羽を広げて馬車の停まっている方に飛んでいく。
馬車にはこれからどこかへ連れていかれるのか、それともここへ運ばれてきたのかは分からないが、縄で拘束されている奴隷が、荷台いっぱいに敷き詰められていた。
「びっくりしたな。ゴーフルがあんなに豹変するなんて」
言っては悪いが、さっきの彼の顔はまるで悪魔だった。
今一人でも多くの奴隷達の解放しようと、懸命に縄を切ってやっている彼と、同一人物にはとても思えない。
マクベスは頷き、そしてこう言った。
「堕天使化……でしょうかね。竜の炎に、蛇の毒。諸説ありますが、ドラゴンは枢要罪の『憤怒』蛇は『嫉妬』を象徴しますけど」
堕天使は神に離反した天使だから、普段の彼もそう言えなくもないが。
「ねえ、マクベス。ゴーフルは、地上界に来てよかったのかな? 枢要罪って、『悪』っていうより『俗』な感情だろ? 人間に近付いてしまったことで、天使としての性質を失っていってしまってるんじゃないか? もしかしたら、天界に帰れなくなってしまうかもしれない」
「気にすることはないんじゃない? ゴーフル君の話を聞くに、神々だって充分俗まみれですし」




