【第30話 アルフィード編:山の中の『作業所』】《30-1ルルディに伝わる幽霊屋敷伝説》
ルルディの港で降りて列車に乗り換える予定だが、線路が通っている首都ロサまでは、峠を越えなければならなかった。
辺りに人気がないのでいいだろうと、ローブのフードを脱ぐ。
「はあ……暑い。印象を変えるためとはいえ、この格好はキツイな」
顔写真までが出回ってしまっている以上、堂々と顔を晒して歩くわけにもいかない。
そこでレオパルテに着くまでは、変装することになった。
しかし慣れない服装なので動きづらく、またフードを被りながらの移動は暖かいこの季節、いかんせん暑い。
「……兄ちゃんよ、文句言うんじゃねえよ。オイラよりマシだろ」
頭に大きなリボンを乗せたゴーフルが、ものすごい渋面をした。
フリルの付いたケープと赤い靴に、彼は大層不満そうだ。
角つきローブのフードを顔の前から上げ、セレフィナが言う。
「当分我慢よ。手配書の事については、レガリア王と、トリフィラートの両親にも書簡を送ってはおいたけど。住民の許可なく持ち去ったのは本当だし、変装は取らない方がいいわね。でも、似合ってるわよ」
ゴーフルの変装は、アミーの服が必要なくなったからと、スリザスから譲り受けたものだ。
サイズはピッタリである。
「……ちっとも嬉しかねぇよ」
「ところで港の人の話だと、この山には幽霊屋敷があるんですって。本当なの?」
別の話でもしましょうと、セレフィナが船乗りに教えられた、地元の怪談話について切り出す。
それに対してマクベスは、レンズの入っていない眼鏡の位置を直し、「本当だよ」と一言。
彼の眼鏡を含む変装用の服は、スリザスのものである。
身長をはじめ体格が似ているため、若い頃の服をくれたのだ。
俺とセレフィナの服は、先に他人になりすましていたマクベスとゴーフルが買って来てくれた。
(なんだかんだで、世話になったな……口の悪い、やなオッサンだったけど)
「マクベス、この辺には詳しいの?」
ルルディの出身だ、とは聞いていたけれども。
「うん、まあね。僕はガロファーノっていう街の出だよ」
そう前置きしてマクベスは、件の「幽霊屋敷」について語り始めた。
「この国がまだ、アントスと呼ばれていた頃の話なんだけど……」
人里離れたある山の中に、まるで人目を忍ぶように建っている、屋敷があった。
そこはかつて、当時この周辺の土地を治めていた貴族の別荘だった。
貴族はありとあらゆる方法で、人を殺して楽しんでいた。
その貴族は領民の反乱で滅びたが、殺された人達の助けを求める声が、今でも聞こえてくると、言われている。
これが「幽霊屋敷」についての、大まかな内容だった。
マクベスの語りが終わると、腕組みをしながら聴いていたゴーフルは、眉間に皺を寄せたまま感想を述べる。
「……ったく、神の連中はよお。敬えだのバチ当てるだのグダグダふんぞり返ってないで、そっち助けてやれよ。だから定期的に宗教廃れんだよ」
「あ、そっちの感想ですか」
マクベス的には怖がって欲しかったようで、ゴーフルの反応に対して、やや残念そうだ。
せっかくの怪談なのに怖がってもらえないのは、そりゃあガッカリするだろう。
けど、ゴーフルは子供の姿をしていたって、長年生きている天界の住人だ。
「仕方ないさ。ゴーフルにとっては、人の死や幽霊なんて、俺が村で毎日割る薪ざっぽうや畑の大根くらいに、見慣れたものだよ」
「薪ざっぽうに大根、ねえ」
マクベスの顔が、更に浮かない感じになってしまった。どうやらフォローになっていなかったらしい。
「でも、ただの怪談でしょ? ちょっと怪しいお屋敷が、あるだけじゃないの?」
セレフィナは笑っている。
奥の方に入っていくと、辺りの景色が白んでくる。霧ではない。
「……ぅえ。またかよ」
両手で口と鼻を覆うゴーフルに、ハンカチを差し出してやる。嗅ぐ機会が急激に増えた、火葬の臭いだ。
「この山には、火葬炉なんてなかったはずなんだけどね」
マクベスがポツリと、呟く。
「増設が、急がれているんだわ。ここも、被害が増えているのね」
煙を見るセレフィナの目が、悲し気に潤む。
「さっきの話だけど。僕の子供の頃は怪談で済んだと思いますが、今はどうでしょうかね?」
マクベスが辺りに立ちこめる煙と、木々の隙間を見渡しながら、幽霊の存在の真実味を訴えた。
さらに畳みかけるように、彼は続ける。
「話のモデルになった屋敷に、もうすぐ着くよ」
「あれ本当に、実話がもとなのか?」
マクベスには悪いが、さっきの話はどうも嘘くさいというか。
全部が嘘じゃないにしても、物語用にエピソードを膨らませてあるくらいには思っている。
語弊があるが、彼が嘘をついていると言いたいんじゃない。
実話がベースだったにしても、人から人へ伝えられている内に、面白おかしくセンセーショナルに盛られていくのは、よくある話だ。
「全部が全部では、ないと思いますけどね。約二五〇〇年ほど前に作られた話らしいんですが、『この周辺の領地を治めていた貴族は、革命で根絶やしにされた。その後に彼らの所有する城や屋敷の全てが、革命軍と地元の丘陵の政兵に暴かれた。そこから出てきた証拠や、関係者の証言によって発覚し、彼らの暴君ぶりは暴露された』……って話だよ」
「人間の金持ちって、なぜか悪いやつ多いもんね」
と、ゴーフル。
人間の金持ちが悪い事をして、最後に悲惨な結末を迎える民話は多い。
「お金に限らず、力を持つと人は変わるからな」
お金持ちが悪い、というよりはもともと悪い奴がお金を持ったから、悪い事しやすくなった。
もしくはその人間の器が小さくて、お金の力に溺れた、と言った方が的確だろう。
汗水垂らした結果にせよ幸運だけで得たにせよ、天が人間に時々富を与えて、その後の行動で天国へ行けない奴を篩にかけているのかもしれない。
「その中でも最も残酷で奇怪なエピソードが、まさにこの山奥の別荘の話なんだよ。書籍化された時のタイトルが確か『悪魔の宴』って、言ったかな。全部をまとめるとかなりの長編で、いろんな話がありますよ」
タイトルからして売る気満々だな。
悲惨な事件も、紙とインクで商売をする人間にとっては、金を生むコンテンツなのだろう。
「たとえばどんな話があるの?」
「花嫁選びと称して美女を集め、一族の男達が犯して堕胎をさせる。そして、その堕ろした子供の肉を喰わせる『母体回帰』。武器や拷問器具を次々購入し、迷い込んだ旅人で実験をする『玩具遊び』。施療院から身寄りのない患者を引き取って敷地内に放ち、鉄砲で撃ち殺す『ハンティング』。飼育された美少年や女性が、男達に凌辱される度、嫉妬した妻たちに焼印を施される『夫たちの火遊び』。それから醜い男女が子孫を残せないよう強制する『未来への届け物』とか」
ここまでくると、盛りすぎて「実話」感はいよいよなくなってくる。
とはいえ、よくもここまで胸糞悪い話を思いつくなと、眉をひそめた。
「その物語の貴族の末路は? やっぱりモデルと同じく、革命で滅びたのかい?」
「よくは覚えてないけど、天罰が下って滅びた……といった、ありきたりな末路だったかと」
「だろうな」
思った通りというか、多くの読者が望むであろう結末に、俺も半ば満足に近い納得をする。
吐き気を催すほどの悪い絶対者の末路は哀れで、好奇心をそそる。
現実では悪い奴に限って、いい思いばかりしているような印象があるから。
小さい頃絵本で読んだ、奴隷のロバの話を思い出す。
ロバに食事もろくに与えず、鞭を打って朝から晩まで働かせる主人に天罰が下る事を期待し、その通りになって満足した思い出があった。
やせ細ったロバの、悲壮な挿絵は今でも鮮明に覚えている。
ミスティに読んであげた時には「ロバさん、かわいそう」と泣き出してしまった。
結末を知っていた俺は「大丈夫、ロバは最後には幸せになれるから」と、なだめながら読んであげた。
まだ、セドナおばさんが生きていた頃の話だ。
「見かねた統率の神が、彼らの命を地獄へ叩き落したと言われています」
「統率の神が、そんなまともな天罰を!? ……じゃあフィクションの可能性が、大だな」
マクベスの怪談解説と、ゴーフルの「天界の恥シリーズ」を聴いていると、まさに怪談のモデルに相応しい、立派だが不気味な建物が見えた。
「もしかして、あの屋敷のことかな?」
臭いが強くなったと思ったら、煙を噴き出す大きな煙突の屋敷が、すぐそこに迫っていた。
現実に死体を焼いているのだから、よしんば怪談が嘘っぱちでも、幽霊なんていくらでも出てきそうだ。
「誰も住んでいないから、火葬炉にされたんだろうね。ちょうど山の中だし」
ここで働くのは、ちょっと嫌だなあ。
下手をすると焼いている遺体の一部が見える事もある、村所有の火葬炉も不気味だが、こういういかにも歴史のある立派な建物の方が、俺は苦手だ。
なんというか、うまく言えないけれど「たくさん閉じこもっていそう」。
かつ、重厚な壁の塀や門を見ていると、一度入ったら出られなくなりそうな、閉塞感がイヤだ。
どこからともなく誰かの泣き声がして、本当に心臓が跳ね上がりそうになった。
「人が、いるのか!?」
声がした方、俺達から見て建物の反対側に向かい、陰から様子を伺う。
門柱の前でボロを着た禿頭の、やせ細った老人が、軍服を着た男達に取り囲まれていた。




