《29-3二人の少女》
止まった時間の中でスリザスは一人、読めない表情のまま煙草を吸い続ける。
「……そんな、いつ?」
俺にとって彼女はこの家の一部のようなものだった。だから、もういないという事実が、事実として処理できない。その辺からひょっこり顔を出すような気さえしてしまう。
「一週間ほど前だ。朝起きてこないから珍しく寝坊かと思って、見に行った時には、もう死んでいた」
「原因は、何だったんですか?」
マクベスの問いに、スリザスは「さあ?」と、冷めたような言い方で首を振るだけ。
幼い弟子の死に、あまりにも薄情な反応ではないか。嫌悪感を覚えていると、
「アルフィード、お前はオルカントリード地方出身だって言ってたな?」
と、不意に尋ねられる。
あまりに唐突に、関係のない話になったものだから、反感を忘れて答えてしまう。
「そうだけど」
「『ミスティ=ヴィリアンズ』っていう、お前と同年代くらいの女を知らないか?」
一枚手配書を裏返し、その隅にスリザスはささっと、女の子の顔の絵を描いた。
大まかな絵だが、うねった癖のある髪に特徴的な三日月眉で、彼女と分かる。
「知ってるよ! ……というか、先日相談した、悪魔と契約した友人が、彼女なんだ。どうして?」
「お前達が来る少し前に、ここに来て泊まっていった」
本当に、本当の入れ違いだった。もう少し早く戻るんだったと思ったが、悔やんでいる暇はない。
「夜の森でオウルベアに襲われたと言って、泊めてほしいと頼んできたんだ」
「オウルベアに襲われたって……ひどい怪我だったんじゃないですか!? 今はどこに?」
「分からない。ケガが落ち着いて海岸へ散歩に出たきり、荷物だけを残してどこかへ消えてしまった。ただ、レオパルテの首都に向かっていると言ってたから、会えるんじゃないか?」
「荷物あるかな? 会えたら、届けるよ」
俺が申し出るとスリザスは奥の部屋へ行き、革の鞄をテーブルに置いた。
「もし会えたら、伝えておいてくれ。もしまたレガリアに来て、この家の近くを通ることがあったら、一度アミーの墓を訪ねて欲しい、と。当初の予定では俺とアミーで、レオパルテまであいつを送る予定だった。結局アミーは死に、ミスティも行方不明になってしまったがな」
こんな短期間で、彼らはそこまで仲良くなっていたのか。
スリザスは言わずもがな、あの無口で物静かなアミーも、そんなに人と打ち解けるタイプには、失礼だが見えない。
「そうか。じゃあ、そろそろ行くよ」
お暇しようと席を立つと、ゴーフルが言う。
「なあ、おっちゃん。あいつの墓って、どこにあんの?」
するとスリザスは、裏口の方へ俺達を先導する。
家を出て裏に回ると、木の下に何かあるのが目に入った。小さな岩くらいの、しかし明らかに人工的な石。その前には花が植えられている。
墓石にはこう、掘られていた。
「リュドミラ王女、そしてアミー」
命日は千年以上も前の日付と、一週間前のものが掘られていた。
「リュドミラ王女って、ジェナディブル小国の、最後の王家の姫君の名前……よね?」
「知ってるの? 墓石の日付から、とんでもなく昔の国だってことしか、俺には分からないけど……」
君は知ってるの? とセレフィナに問う。
「一〇世紀前ほど前に宗教戦争で滅んだ、本当に小さな国よ。今はレガリアに吸収されているわ」
ゴーフルが墓石を覗き込む。
「そっかそっか、大変だったな。うん」
「ゴーフルは、誰に向かって話してるんだ?」
もしかして死んだアミーや、墓に刻まれているもう一つの名前の持ち主、リュドミラ王女?
まさかと思い墓石を凝視しても、そこには何も見えない。
「やめろよ、イタズラにしても悪趣味すぎるぞ」
ひょっとして、アミーの死に対するスリザスの冷たい態度に腹を立てて、脅かそうとしているのではないか。
そう思った俺が彼を咎めようとすると、マクベスが制して、彼の方へ歩いていった。
「ゴーフル君。もしかして、ここに彼女達がいる?」
「うん。こいつら土でできた作り物の体ん中に、一〇〇〇年閉じ込められてたらしくてさ。かなりキツかったんだって。でも、おっちゃんと過ごすようになってからの期間は、悪くなかったみたいだけどよ」
墓石の方から向き直り、ゴーフルが胸の前で手を組む。
「おっちゃん、情報とお茶の礼だ。最後に別れの言葉のひとつでも、言ってやんな!」
彼の声とともに、墓石の前には、そっくりな二人の少女が現れる。




