【第28話 アルフィード編:海底の神殿】《28-1リヴァイアサン》
扉を開けるとそこは、光のまったくない真っ暗な空間だった。
冷たい湿った空気が漂うだけで、広さがまったく想像できない。
しかし、ここで躊躇っていてはいけない。
今までの神殿のように、ここでも明かりが点くのではないかという期待が、背中を押す。
しかし入口のタイルを踏むとほぼ同時に、闇の中から、微かな息遣いを感じた。
「危ない!」
大きな声で叫び「暗闇」に剣を突き刺す。
確かに手ごたえを感じると同時に、耳をつんざく大きな泣き声が、空間を震わせた。
マクベスが素早くカンテラを取り出し、呪文を叫ぶ。
「ルークス・ステッラエ!」
ガラスの筒の中の円盤に仕込まれた星の欠片から、光が飛び出して、部屋の方々に散っていく。
散っていった光が、何もついていない燭台の上に収まり、青い巨大な竜の姿を見せた。
「……リヴァイアサン。一体、誰がこんなものを…………!?」
セレフィナの声が、恐怖の色を帯びている。
不思議な事に、明かりが灯ったのにも関わらず、部屋の全体像がはっきりしない。
ただただ何も無い闇が、ひたすら広がっていて、空間の果てであるはずの壁が見えないのだ。
ゴーフルが頭上のアウレオラを投げたが、リヴァイアサンの鱗に当たると、高い金属音を立てて落ちた。
「うっそお……今度はちっちゃい傷すらつかねえじゃん」
ぼやきながら地面に落ちてむなしく回る、自らのチャクラムを、ゴーフルは見下ろした。
剣の刃がまだ赤いことから、マクベスの魔法の効果は、まだ剣に残っている。
小さなダメージでも与えられれば、さっきのように、傷口から炎を体内にぶち込むこともできるのに。
(傷がダメなら)
もともと開いている体への入り口、つまり狙うべきは目や口。
マクベスもそう思ったのか、高く飛び上がり、口に向かって火球を投げる。
「イグナイテッド・ウィスプ!」
リヴァイアサンの爪は、火球ごとマクベスを薙ぎ払おうとした。
間一髪で、彼は伏せて転がり、避けた……ように見えた。
攻撃を逃れたはずのマクベスは、左肩を手で押さえて、小さく呻いていた。
「マクベス!」
駆け寄ると、彼の顔から色が失せ、息は荒い。
「毒に、やられたのね……」
セレフィナが彼の肩の、小さな傷を診て言う。
かすっただけでも、大ダメージというわけだ。
道中の魔物達にやったことを、今やり返されている形になる。
ゴーフルに目配せすると、彼は頷いた。
二人でリヴァイアサンの前に走って行った。
露骨に口を集中して狙う。
怪物も弱点と把握している様で、ガードが固い。
だがそれでいい。
「最良の医女神」
セレフィナの詠唱が聞こえた。
怪物が振り向かないように、剣の振りを激しくする。
リヴァイアサンの注意を離さずに徐々に移動し、セレフィナとマクベスの反対側に向かせることに成功した。
「エイトル・クレンズ」
充分に離れたところで、セレフィナが残りの詠唱をして、毒抜きの処置を本格的が始まる。
ゴーフルのチャクラムが分裂し、下の方からリヴァイアサンの体表をかすめる。
鱗を剥がされた痛みと、そこに喰い込むチャクラムに宿っている炎で、竜は声を上げた。
その隙を突いて、口の中に刃を突き立てると、断末魔を腹の奥から吐き出し、リヴァイアサンは絶命した。
大量の返り血で、視界が塞がれる。
「アル、大丈夫?」
血まみれの俺を、セレフィナが心配してくれる。
「俺の血じゃあ、ないよ」
そう言って、血を拭う。リヴァイアサンの背後には、扉があった。
「このリヴァイアサンは、ずっとここに住んでたのかな?」
ふと思ったことが、口から出た。
神殿を守るキメラを殺した時と同じ、後味の悪さが胸の中に滲むようにじわじわ浸透する。
「このバケモン、どうやってこの部屋に入ったんだろうね?」
ゴーフルの疑問に対しても、真剣に考えてしまった。
ここのドアはおろか、神殿の出入り口だって、リヴァイアサンより明らかに小さいのだ。実は子供の頃は、出入り口を通れるほどに小さかったのか。
「それかこの部屋に入ると、無限に召喚されるのかしら?」
セレフィナが言う。
ここを守っていた者は、見たところもう、いないのに。
石扉の取っ手に手を掛けようと近寄るが、やっぱりおかしい。
扉の周囲には、壁がない。
見たままを説明すると、何もない空間に扉の形をした板が立っている格好になる。
「巨大なリヴァイアサンを飼うために、宇宙のような異空間の部屋でも造ったんでしょうかね?」
こちら側に戻りながら、マクベスはさらっと凄いことをに言うと、扉に手を掛けた。
扉は渋るように、鈍く開いた。




