《27-3鉱石の道標を辿って》
地上でオパールの化石を見た時と同じかそれ以上に、感嘆のため息が漏れた。
水面からの光を受けて、岩の割れ目や表面で『滅びた民の無念』……人魚達の涙の石は、輝きを放っている。
海がほんのり赤紫に色づいて、夕刻の星がそのまま水の中に下りてきたようだ。
海の星々は本当に道標の様に、どこかに向かってまっすぐ延びていた。
セレフィナが口元から手をゆっくり離す。
「本当に、苦しくないのね」
しかしそれもつかの間。
「な、なんだ!?」
どこからか、地響きするほどの大きな足音が、近づいてくる。
セレフィナ、ゴーフルを後ろに下がらせ剣を抜いた。
「見た事ないよ、こんなの」
現れたのはオーガのような巨大な体に、魚の頭がついた異形。
周囲には無数の蛇を飼い慣らす大きな生首や、竜にも鰐にも見える生物を従えている。
地上育ちの俺が知っている海の魔物なんて言えば、せいぜい牙と足の生えた大きな魚や、毒の強い巨大海蛇や、シー・ドラゴンというタツノオトシゴに似たものくらいだ。
目が合ったかと思うと、巨大な体の異形……魚人は狙いでも定めるように、ぴたっと静止する。
先手を取るべく魚人の眉間を狙うが、すごい速さで避けられてしまった。姿を見失えばその動揺の隙に、食いちぎられるであろう。
半開きの口からは、鋸のような鋭い刃がチラチラ見えている。
「こいつら、けっこう丈夫だね」
ゴーフルのぼやくのが聞こえた。
魚人を追う視界の隅で、蛇女の額にチャクラムが喰い込んでいるのが見えた。
効かないことはないが、急所まで届いていないらしい。
見えている姿の少し先を予想して剣を薙ぎ払うと、魚人の血が、水中の浮力で舞い上がった。
素早さゆえに止まれなくて、避け切れなかったのだろう。
しかし魚人は血をまき散らしつつも、また素早く動き回る。
その内に出血の量が減っていき、魚人は無傷状態に戻ってしまった。
「わッ!」
女の髪というか、蛇に噛まれそうになったらしく、ゴーフルが後ろに後ずさっている。
「髪なだけに、間一髪ぅ……」
生首から生える黒い蛇の群れは、ほぼ全て頭を失い、その辺の海を赤色にした。
……けれども、みるみるうちに蛇はニョキニョキと伸び、元の通りに頭が生えて来てしまった。
マクベスはと言うと、目の前の竜の魔物を無視するように、魔法を詠唱している。
「クリムゾン・エッジ」
すると、俺の剣とゴーフルのチャクラムが、炎を上げて燃え始めた。
「えっ、マクベス!?」
彼自身は竜の魔物の脇を速足で通り過ぎた。
その直後竜は、血のかわりに炎を傷口から吹き上げて灰になり、散っていった。
「武器に炎の魔法を乗せました。ここでは攻撃力上がるので、使ってください」
彼に倣って、同じように攻撃を俺達も繰り出すと、あれほど手こずっていたのが、嘘のようだ。
魚人も生首も、小さな傷で燃えて、黒い灰になって散っていった。
「思ったんだけど、マクベスさんの炎の魔法じゃあ、ダメなの?」
セレフィナが尋ねると、彼は少し難しい顔をした。
言われてみればそうだ。
あのよく使っている、炎の魔法で一気に焼いた方が早いのではなかろうか。
「そうしたいのはやまやまなんですが。使えるとはいえ、海の中では弱まってるんですよ。属性の相性、とかは聞いた事あります?」
属性の相性とは、四大元素プラス光と闇の関係の事だ。
単純にいえば、相反するもの同士は、攻撃がききやすい、というもの。
だからさっきのような水属性の相手には、炎の属性の攻撃が有効であるはず。
「つまりマクベスの炎も、この水の気に囲まれた環境の下で打ち消されているって、解釈でいいのかい?」
「はい。だからあまり、効きがよくないんです。それで武器に炎の力を宿らせて、体の内部から干渉させた……毒とか、ばい菌みたいにって、例えたら解りやすいかな?」
大地神王の神殿にいたトロールの時も、こんな攻撃してたよなと、会ったばかりの頃を思い出した。
あの時は単に、トロールの回復力そのものが強かったからという理由だったから、今回とは違うかもしれないけど。
「さすがマクベス兄ちゃん、性格がよく出てる」
(よせ、ゴーフル。やられるぞ!)
こんなおせっかいな台詞が、口から出そうになる。
「敵に回したら、厄介でしょう?」
金属のカードを二枚、腰の左右に下がった革のケースにしまう、マクベスの笑顔が怖い。
天使と、死神の絵が彫られているのが見えた。
鉱脈の果てには階段があり、登ると水面を過ぎた。
そこには水面に出た所に大きな神殿が聳えていた。
見渡せば、風化した石柱やら苔むした石像などが転がっている。
当然だが人はいなかった。
いや、人はおろか、さっきのような魔物の住処にすら、なっていないようだった。




