《27-2魚の精霊の魔法》
「……聞いた事ありませんね。そもそも人魚が実在した記録は……あ!」
そこまで言いかけて、マクベスは思い出したようだった。
記録にない人魚の事を。
「そういえば、そうだったわね。足があるから、実感はできないけど」
とセレフィナ。
(みんな忘れるの早すぎだろ)
とも思うが無理もない。
彼らが見た彼女の姿は、人間の女の子にしか見えないだろう。
ついでに言えば銃をぶっ放したり、村人殺しを企てるだなんて、海辺で歌ったり楽器を弾くような、優雅なイメージのはびこる「海の乙女」とは、かけ離れ過ぎている。
「あの娘、いつも大事に持ってるネックレスがあるんだけど、それが『輝封石』なんだ。生まれた時に流した初めての涙に魔術を織り込んで、お祝いに与えられるんだって、彼女の母親に聞いた。遊びに行くと、よく外国の話を聴かせてくれたんだ」
彼女達は、海のある街に住んでいたと、セドナおばさんは話していた。
本当のこと、つまり自分達の種族について話してくれたのは、もう少し後だった。
「あの娘がね。人魚ってーより、セイレーンな感じじゃない?」
ゴーフルが言うように、確かにそっちのイメージもあるかもしれない。
フットワークが軽くて行動が素早い所は、身軽な小鳥を連想させる。
「人魚とセイレーンは、しばしば同一視されますからね」
マクベスが言うと、「ちがうちがう」と、ゴーフルが首を振った。
「窓から逃げちゃったじゃん。鳥みたいに」
「うるさい」
そうだよ、逃げられたよ。窓から。
やっと、思い止まらせたと思った。
復讐なんてバカな事、という気はないけど、命がらみは恨みが深い分連鎖を生むから、その渦中に入らないで欲しい。
悪魔と縁を切って、別に生きがいを見つけてくれればいい。
今はもう、それを祈るしかない。
「シュットガイストと繋がったままだったら、また、会える可能性は高くなるわ。元気な姿を確認できるか、会えなくても幸せを祈るかは、選び難いところね」
セレフィナの言葉に、「皮肉なものだな」と、内心ため息をついた。
さて、今は作業員達がせっせと作業している。
うろうろしていたら目につくどころか、邪魔だと追い返されてしまうだろう。
こちらに気付いた学者風の男が、邪魔をするなと目で釘を刺し、作業員達にも睨みをきかせている。
それに作業員の話から、手掛かりと同時に、また新たな問題も見つかった。
「辿るべき『滅びた民の無念』が分かったのはいいけど」
「それが海底鉱脈となると、海に潜る必要があるのよね」
言おうとしたことを、セレフィナが続けた。
「今は満潮ですから。干潮の時間をだいたい予測して、できるだけ浅くなってからとか」
マクベスが独り言のように呟いている途中で、ゴーフルが何か閃いたように
「潜る? ちょっと待ってて」
と、ゴソゴソ鞄をまさぐり始めた。
彼が取り出したのはまた、透明なオーブだった。
いつもと違うのは、中に黄色い魚が入っていること。
「中にいる精霊に、水に入れるようにしてもらうんだよ」
得意げに言うとゴーフルは「ほら起きろ」と、オーブの表面を指で軽く叩く。
「かわいい」
セレフィナが触りたそうに、中を覗き込んでいる。
確かに可愛い外見だし、海の中に潜れるようにしてくれるとは、純粋にすごい。
ただ、持っているのがゴーフルの場合は……
「『神の所からかっぱらったシリーズ』か?」
「あったりー」
……もはや悪びれさえ、しない。
「ほら、仕事だぜ。精霊さんやい」
「うるせーな、静かにしろよ。落ちこぼれ天使」
子供の声で返って来た返事は「誰か」のように、こしゃまっくれている。
「文句いうのは勝手だけどよぉ。自由になるには、役割を果たさないとだぜ」
「ちぇっ」
(なんだか、似た者同士だな)
魚とゴーフルのやり取りを眺めた、率直な感想である。
「こっちだって、好きでやってるんじゃねえやい。神に閉じ込められて、いじめられてるんだよお」
同情を引くような泣き声を出すが、ゴーフルは意地悪そうに笑って解説した。
「コイツ、イタズラしまくった罰で、航海の神につかまってさ。一〇〇〇回誰かの役に立ったら、罪が赦されて出してもらえんだって。ちなみに今回で、二三八回め」
オーブに触れると、冷たい水の感触が返ってきた。
水でできているらしいそれに指を入れて、頭を撫でてやった。
精霊が、くるっとひっくり返ったので、お腹も撫でてやる。
「私も触りたい」
セレフィナも同じように、指で精霊のお腹をやヒレをさする。
懐っこい精霊らしく、身をゆすってお腹をすりつけている。
「そのまま海に入れるよ。これで、まる一日は水の中に入ってられるから。じゃあ、ガンバって」
それだけ言うと、魚の精霊はは再び眠り始めた。用がないときはこの状態で、出番を待つらしい。
精霊のいう通り、海の中に向かって歩いた。
頭が入る寸前に、水に入る時の条件反射で、目を閉じて息を止める。
おそるおそる目をゆっくり開けると、神秘的な青の世界が広がっていた。




