《26-3ルルディとレオパルテの国境まで》
「イルゼは、商船の乗組員じゃないの?」
「あたしは……移民。これから帝国に送られるとこだったの。ついてた見張り……」
「見張り?」
ただの移民にしては変だなと思うと、イルゼは言い直した。
「……いや警備についてた人も殺されちゃって」
上に行くと、船室には誰もいない。
外から声がするところから察するに、海賊男の指揮のもと、帆を張ったり見張りに行っているようだ。
外に出てみるとイルゼを見た船の持ち主が、少し驚いたような顔をした。
「あんたはシルフィング共和国支部の……。大丈夫かい? 警護の人は、残念だったね」
「あたしは、大丈夫……です。それより、何かすることありませんか?」
「大丈夫、手は足りてるよ」
どうしようかと思っていると誰かが「それにしても、腹減ったなあ」とこぼしているのが聞こえた。
「使っていい食材あれば、何か作ろうか? みんな攫われてから、何も食べてないでしょ?」
イルゼの申し出に、海賊男と近くにいた商船の乗組員は「あんたらが?」とでも言いたそうな、訝し気な視線を送ってくる。
彼らの「無言の遠慮」に対してイルゼが返す。
「こんなんでも一応、村の女の子達に、料理とか教えてたこともあるんだ。最低限、食えるものにはなると思うよ」
私は「飲食店で働いていた」ということだけ告げた。
「あ、そうなの……それじゃあ頼む」
船の台所へ移動し、調理器具を探して取り出していると、香辛料の棚を物色しているイルゼが呟くのが聞こえた。
「他人の為に食事作るなんて、久しぶり」
その横顔は今にも泣きそうに見えたが、私の視線に気付くと、パッと表情を明るく切り替えて、紙の包みを開けてみせた。
「それよりミスティ、見てよ。さすが金持ちの船だね。生ものの輸送技術まであるよ。大抵は遠くへは送らないか、塩とかスパイス漬けにするのにさ。香辛料も、見た事ないのがいっぱいある!」
彼女の持っている紙を覗き込むと、呪文みたいなスペルが書き込まれていて、触ると冷たい。
アイスストーンという「超冷たい石」を使った食料保管庫ならゼーンズフトの店にもあったが、陸上の、それもある程度発展した地域限定だろう。
「そういやさっき『料理とか教えてたこともある』……って言ってたね。イルゼってシスターでもやってたの?」
「いやいや、なんでシスター?」
「だって私のいた村では神仕院のシスター達が、女の子達に『女の仕事』……って言っちゃいけないんだっけ。家事を教えてたのよ」
家事の事を村では「女の仕事」という言い方をしていたが、港街で言ったら変な反応をされた事があった。
後にそれは「女を蔑む表現」扱いされると知り、首を傾げたものだ。
村の女の人達は別に誰も、その言い方に不満を漏らしてはいなかったから。
だから気をつけてはいても、つい口から出かけることがある。
湯を沸かしながら、イルゼは苦笑した。
「別に気にしないよ。あたしのいたとこも、似たようなもんだもん。あたしンとこでは一五歳から一八歳の女が、小さい女の子達にそういうの教える決まりがあってさ。あたしは今年いっぱいで終わりの予定だったんだけどね」
「『シルフィング共和国の支部』って言ってたけど、シルフィング出身? 村を出て働いてたの?」
芋の皮を剥きつつ訊くと、イルゼの顔色が再び暗くなる。
「うん。確かにあたし、シルフィング出身なんだけど、帝国に併合されちゃったんだ。併合とはいっても、侵略だけどね」
地名を尋ねると、フロールという小さな村だと言った。
鉱山がたくさんある、古い街や村の集まった地方だったそうだ。
ついこの間、帝国の駐留兵と自国兵とのもめ事がきっかけで戦争になり、火の海にされてしまったと、新聞で読んだ。
「……ゴメン」
「いいよ。それで、駐留してる帝国の基地に連れてかれて、健康状態とか検査されるの。それで基準を満たすと奴隷っていうか……『人材』って名前でどこかに送られるんだ。あたしは帝国本部。亜人種との合成実験が成功したからって、サンプルとして研究材料にされるみたい」
「『見張り』って言いかけてやめたから、おかしいとは思ったけど。ちなみに何と合成されたの?」
「オークとか、小さめのトロールとか。あとは獣人だね」
「シルフィングって金山あったよね。帝国側は、いろいろ訳の分かんないこと言ってるみたいだけど、資源目当て?」
「たぶんね。あの国って地味だけど、金山の他に宝石とか、石油も石炭もあったし、輸出とかして割と裕福ではあったんだよ。だから目ェつけられたみたい」
「これからは、どうするの?」
「この船、レオパルテに行くんだよね。その隣のルルディあたりで似たような田舎見つけて、のんびり暮らそうかね。あんたはこれからどこ行く?」
「まあ、私はレオパルテ王国にね。そう要求したの、私だし」
無実の罪で母が処刑され、自分も処刑されそうになったので逃げてきたと、説明した。
「ちょっとばかり魔法が使えるから、あの閉鎖的な田舎では偏見を持たれちゃって。いわゆる『魔女裁判』のような目に……。だからあんまり、閉鎖的でない場所で暮らそうかと」
「それで全体的に都会的な、レオパルテ王国に、ねぇ。それにあそこなら戦争起こっても、簡単には焦土にされなさそうだもんね」
イルゼの言葉に私は「そうそう」と頷いた。
一番の動機を言おうかとためらったが、しゃべった。
「そんな私を助けてくれた人が、レオパルテ王国の人で。もう一度彼に会いたいの。天涯孤独になった今、どこで何をすればいいかも分からないから、何か目的が欲しくて。引くかな?」
「いいじゃん。悲観して自殺するよりは。そんなステキな目的があるミスティが、逆に羨ましいね」
羨ましいのはお互い様だ。
復讐の鬼になった私は、確実に何かを失っているであろう。
悪魔との契約について触れなかったのは、怪しい者だと思われたくなかっただけだ。
ベリオットとの契約を恥じるつもりはなくても、これが「人を選ぶ話」だというくらいは理解できる。
復讐という選択肢を取っていないイルゼに、おいそれと話すのは危険だ。軽蔑されなかったにしても、あるいは彼女も「アタシも復讐したい」と言い出だすかもしれない。
せっかく、明るく前を向いて生きようとしているんだから、邪魔してはいけない。
身辺が落ち着いたら、会いに行こうかなと思いつき、だいたいの住所候補地を訊いてみる。
「ルルディの、どの辺に住むかは決まってるの?」
「そーだね。とりあえず首都の、ロサに行ってみようかな。ルルディって似てるんだよね、フロールのあった地方に」
ちなみに首都ロサの位置は、レオパルテとの国境そばである。
辺りがすっかり明るくなった頃、船はレオパルテの郊外にある、目立たない岬に接岸する。
ここで船を降りたのは、イルゼと私、そして海賊男だった。
海賊男は商人達に船を譲り渡し、今まで略奪した金品を彼らに分配すると、脱出用らしき小舟に乗って去っていった。
イルゼは「盗品なんかいらない」と、自分の荷物と所持金を返してもらって拒否していた。
私も盗品は面倒だからいいと、断った。
「海賊の生首なんか受け取って、どうすんの?」
薄気味悪そうに、イルゼが私の手に持った首袋を眺める。
金品の受け取りは辞退したが、そのかわり、死んだ海賊のピストルとナイフ、それから頭目の首。
そして例の肉の包み紙の大きいやつをもらった。
「名前のある海賊の頭なら、賞金出るでしょ。それにイヤリングもしてたしね」
一般的に海賊は、高額なイヤリングを付けている事が多い。
この海賊の頭目がしているイヤリングは、オーソドックスに金でできているっぽい。他の場合はプラチナや宝石を付けているのもいる。
海賊男が言うには、本当は埋葬の資金として付けているのだそう。
でもいわば強盗殺人犯である彼らの、その願いは基本的に叶えられない。
ところで、イルゼが降りたいと言って、すんなり希望が受け入れられたのは意外だった。
シルフィングとの揉め事なんて関係ない商人にとって、帝国軍なんて、とびっきりの上客だろう。
だから「商品」である彼女を途中で下ろしてしまったら、トラブルになるのではないかとも思っていたからだ。
「依頼主には『海賊に襲われた』と、本当の事を話すよ」
商人は彼女にこう言った。
「……しかしなんというか、その身なりじゃあまりにも可哀想だ。好きなのを選んで」
テーブルクロスを巻いただけの私を哀れんだ商人は、彼の店の商品だという服と靴の入った箱を見せた。
「いいの!? ありがとー」
これは盗品ではないので、ありがたくいただくことにした。
作業用だけど可愛いワンピースや、花のモチーフの靴など、魅力的な服がたくさんあって目移りした結果……無地の廉価着と、シンプルな靴にした。
「遠慮しなくていいのに」
「私はこういうシンプルなのが、一番好きなんで」
本当は、お金持ちだと誤解されて、トラブルに巻き込まれるのを避けたいからだ。
あと、他の服はどれも可愛くて、決められないのもある。
近くの街のギルドで頭目の首と引き換えに賞金を受け取り、イルゼと駅へ向かう。
「どうしよう」
荷物はスリザスさんの家に置いたまま。
その中にしまってあった、母さんの形見も。
「考えるのは後にして、せめて、どっかで休みなよ。お金は一応あるんだし」
イルゼが言う。
「そうね」
駅の時刻表には、ルルディへ行く列車が先に来ると書いてある。
「じゃあ、あたしはルルディのロサ行きに乗るけど、ミスティは一人で大丈夫?」
「うん。お気をつけて」
列車の窓から手を振るイルゼを、私は見送った。
帝国とルルディの平和協定及び帝国軍のロサ駐留のニュースが紙面に躍り出たのは、それから間もなくの事だ。




