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【第26話:捕らえられた海の魔女】《26-1海の魔女への制裁》

 錨泊(びょうはく)中の船では、酒臭い怒号と哄笑(こうしょう)飛び交う会議の真っ最中。


 その議題は、囚人のように枷(かせ)で繋いだ私をどうするかというもの。


 この酒を飲んだり食事をしたりする場の壁に、こうして枷が固定されているだけで、彼らの趣味の悪さを充分に物語っている。


「伝説の海の魔女に違えねえ。おい、てめェら口を塞げ。歌わせるな」


 頭目と思(おぼ)しき偉そうなのが命令すると、手下の一人に猿轡(さるぐつわ)を噛(か)まされる。


 私に攻撃の意思がなければ歌っても、船が沈没したりなどの海難事故には繋がらない。


 ベリオットはそう言っていた。


 物語や伝承の影響で「歌う=船が沈む」話が有名になってしまっているからか、そう思われてしまっているらしい。


「海の魔女さんよお。船乗りとして、いたずらに船を沈める悪党は、放っておいちゃあいけねえ」


 頭目のゆっくりと粘っこい口調が、私の受ける処遇がろくでもないと匂わせる。



「違います、私はあなた達を攻撃なんてしません!」



 そう訴えるものの猿轡のせいで、うまく話すどころか声を出すのもままならない。


 男達のギラギラと昂(たかぶ)った目は、私が無実かどうかなんて関係ない。


 ただいたぶれる弱い生き物を見つけて、どう苦しめるのかを楽しむ目だ。


 連中の一人が言う。


「人魚の肉は、不老不死の効果があるって伝説があるそうだぜ」


 このとんでもない発言に、血が逆流したような嫌悪感と恐ろしさで、顔どころか全身ががこわばった。


「いいねえ。試してみようか」


「それもすっげえ美味い、って話だ」


 私の恐怖をあざ笑うように、次々に賛同の声が上がっていく。


「どこかの国王に売ったら、金になるんじゃねえのか」


「んーっ……んー---っ!!」


 声にならない声で「絶対に違う!」「やめて!」と訴える。


 ベリオットに見せてもらった、映像フィルムの内容を思い出した。


 村長が「不死の肉」がなんたら言っている箇所があった。


 母さんを生贄として、魔物に差し出している時の台詞だ。


 村人達を拘束して殺そうとした因果が、ここで巡って来ているのだろうか。


 復讐そのものに、後悔はない。


 でも……


 ベリオットとの別れ際を思い返し、喉(のど)まで出かけた「要求」、もとい「最後の願い」を引っ込めてしまったのを、激しく後悔した。


(……こんな所で死ぬくらいなら、やっぱり、言えばよかった)


 嫌われてしまうかもだなんて、今生の別れを前にしてしまえば、あまりにも些末(さまつ)な問題じゃないか。


「その前によお、いい使い道あるぜえ。食うか売るかはその後、決めればいい」


 頭目の浅黒い手が、私の顎(あご)を乱暴に掴んだ。


「伝説通りだ。可愛い顔してやがる」


 品定めをされる間、気持ちの悪い何かが、胃の中から突き上げた。


「まだガキだが、体はいい具合に育ってんな」


 用便に行ってから洗っているか怪しいような手が、胸の前まで垂れた髪をどかして払いのけた。


 酒と下水の混じったような臭く、おまけに熱苦しい息が、しきりに顔から鎖骨にかけて当たる。


 虫が体中を這(は)うような嫌悪感が皮膚の上を走った。


 実際に這っているのは、頭目の後ろに控えている、乗組員の男達の視線だと気付く。


 数十秒前までは「殺される時点で最悪だ」と、思っていた。


 それ以上の最悪があると、予見せずに。


(ベリオット……せめてもう一度、会いたかったな)


 死ぬ以上の絶望と諦めで、感情が沈み切ると、うるさい海賊の哄笑が遠のく感覚になった。


 脳内が静かになると、ベリオットに欲望を伝えるのに欠けていた勇気とは、また別の勇気が湧き上がってくる。


 不思議なことに、恥ずかしさと気持ち悪さで揺れ動いていた感情のブレが、ピタリと止まる。


 冷えた頭に、ある「考え」が閃(ひらめ)いた。


 年頃の少女が大勢の男達に体を見られているのだから、怒りと羞恥心(しゅうちしん)で顔は熱くなっている。


 体の震えも、まだ止まっていない。


(この状態を、逆に利用できれば……!)


 わざとらしく首を振って、まだ紅潮(こうちょう)しているであろう顔をそむけ、奴らに分かるように身をゆする。


「ん……」


 嫌がるような声を出すと、猿轡のせいでうまい具合にかすれてくれた。


 私の胸をまだ触っている男は嗜虐心を刺激されたのか、満足そうに口角を上げ、みっともなく鼻の穴を膨(ふく)らませた。


 その背後には、緩み切った顔の仲間が、にじり寄って来ている。


「んんっ……」


 もうひと段階大きく声を出し、なるべく大きく動いて嫌がるそぶりを見せ、ダメ押しとして目から一滴の塩水を落とす。


「可愛く鳴いてみな」


 頭目は猿轡の金具に手をかけた。ほとんど賭けのつもりだったので、ここまでうまくいくとは、思わなかった。


 自由になった口で、私は詠唱した。


「ブライン・アイシクル」


 頭目が塩のつららに胸を貫かれると、その体勢のまま氷像と化する。


 触れる者みな凍らせる、今は珊瑚色のつらら。


 氷漬けになってつららと繋がった頭目の体を、うっかり触った仲間が連鎖的に、氷細工になった。


 それを見て、後ろの方にいた連中が、素早く離れていく。


「ブライン・エッジ」


 塩水の刃のスペルを詠唱すると、頭目を貫いたつららが輪切りになってあちこちに飛び、周囲の奴を切り刻んでいく。


 私と壁を繋ぐ鎖にも刃を飛ばしたが、刃の方が砕けてしまい、塩害に強いカヴキテスタ鋼製だと悟った。


「……困ったわ。ん?」


 ふと視線に気が付く。


 隅の柱の影から、さっきまでここにいなかった男が、ガタガタ震えながらこっちを見ていた。


 こいつもと思ったが、一度とどまる。


「こうなりたくなかったら、枷を外して」


 柱の影から出てきた男は、仲間の死体や飛び散った血を眺めながら、恐る恐るといった足取りでこちらに近付いて来る。


 その腰には、銃も剣もつけていないところから、戦闘員ではないらしい。


「うーん、どうしよ?」


 このまま泳いで逃げようかとも思ったが、陸からの距離を確認できていない。


 すぐそこに上陸できる場所があっても、着るものがないのは困る。


(『商船を襲った』とか、さっき言ってたわね)


 あわよくば、服を拝借できないかとも思った。


 だけど盗品に手を付けるのは、後々面倒になりかねない。


「テーブルクロスと、何か紐(ひも)取って」


 海賊男に頼んで、渡されたテーブルクロスを体に巻き付ける。簡易的な服ができると、尾ひれを人間の脚に戻した。


 枷を外す時も布を取ってくれる時も、私を攻撃するそぶりはなさそうだったので、次の頼みごとをする。


「この船の現在地、教えてくれない? 連れ去られてから、だいぶ経ってるようなんだけど」


 せっかくの新しい頭目の座に相応しくない声で、彼は吐いた。


「……レガリアと、ルルディのちょうど間の海域に、錨(いかり)を下ろしてる。ルルディの船は金持ちの所有が多いから、だいたいその辺の海域で、そいつらを狙ってるんだよ」 


 地図を見せて具体的な位置を指してもらうと、ややルルディ寄りだろうか。


 ルルディの隣は確か……と、その先に視線を泳がせると、思った通り。


「レオパルテに、連れてってもらうことってできる?」


 確認口調にしたのは、この男が船を操作できるかの、確認の為もあった。


 さっきは必死だったのと、殺した連中の中に操舵(そうだ)手がいたのかという、確認はしていなかったから。


「あ、……ぁあ。この船に乗る前は、短い間だけど、操舵手もやってたし」


「よかったー、断られたら操舵輪奪い取って、その辺の海岸にでも突っ込もうと思ってたのよ。最悪座礁しても、私は泳げばいいし」


 海の中にも危ない生き物はいるし、乗せて行ってもらえるならそれに越したことはない。

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