【第6話 ミスティ編:冥界の記録】
《6-1いくらかの疑問点》
はた、と目を覚ますと、薄暗い中に天井が広がっていた。
更に私が寝ている場所も、薄汚れた荷車ではない。
石鹸の匂いの残るシーツの敷かれた、柔らかなマットレスの上……ゼーンズフトの宿屋だ。
まだ夜の混じった青い陽光が、カーテンを通じて差していた。
ベッドに入った記憶がないなんて、どこまで疲れていたんだろう。
「それにしても……やな夢」
あまりにもリアルだったせいか、夢に出て来た荷車の、硬くて冷たい感触が背中や腕に残っている。
それどころか、泥と血の混ざった(普段その荷車は、狩りの獲物を乗せている)匂いまでも。
加えて、昨日お風呂に入っていなかったので、体が気持ち悪い。
(お風呂入ろう)
服をたくし上げるとまた、半分まどろんでいた目が、今度こそハッと醒める。
「ネックレスがない!」
どうしようと目をあちこち泳がせていると、あった。
ベッドサイドに備え付けられたランプのすぐ下に、ちゃんと置いてあった。
(もしかして、若年性のボ……)
いいや、ただ疲れていただけだ。よぎる不安を半ば強引に打ち消した。
「よかっ……イダダダダ」
安堵すると今度は、腹部に痛みが走る。
お腹には、決して「転んでできた」とは言えない傷……平たく言えば弾創があった。
撃たれたのが現実だったと、改めて思い知った。
「私、なんで……ここに帰って来れた?」
出血はしていない。傷口はかさぶたのように塞がっている。
だからか「お風呂大丈夫かな?」とか思う余裕が、心に少しできる。
余裕ができると、そこに割り込むようにあの会話がリアルに思い出されてしまい、感情がゆっくり、グラグラ煮え立ったのが自覚できた。
「クソッ、手間かけさせやがってクソガキ!」
「もう少し行った所に下ろそう。獣に喰われた姿で見つけたって報告すりゃあ、誰も疑わないさ」
「母親と同じだな。因果応報ってモンだ」
いったん煮え立つと今度は、徐々に冷えていく。
冷えていくとまた、その先の記憶が蘇ってきた。
「確か『あの時』来た魔物って、卵」
連中の言っていた「あの時」は、魔物が押し寄せた時か、母さんが死んだ時。
彼らに問いただすことはできないので想像になるが、たぶん「因果応報」とは、私達親子が「化け物のくせに、人里にいけしゃあしゃあと住んで魔物を引き付け、村を災いに落とした報い」ということだろう。
一〇年前の魔物襲来事件の原因が、いまだに母さんだと疑う人は一定数いたし、私だって、同じ疑いを掛けられて追い出され、さっきも撃たれたのだから。
だけど「卵」とは何なのだろう?
あの話の続きを、どうしても聴きたい。
思ってみれば、母さんの死には、疑問点が多すぎた。
なぜ行方不明になる前日に、この枕もとに置いてある、御守りの宝石「輝封石」と……もう一つの宝石を渡して、「決して失くさないように」と、きつく釘を刺したのか。
チラ、とトランクを見る。
特にトランクにしまった、もう一つの宝石「夜血石」については
「決して誰にも渡したり、見せてはダメよ。それができないなら、ミスティはもう、母さんの子じゃないからね!」
と、脅すように告げた。
今思えば、まるで自分が死ぬことを、もう悟っていたみたいに。
結局、いくら考えても「卵」には結びつかない。
もしかして「因果応報」には別の意味があるのか。
この言葉について「魔物」と「卵」を結び付けて考えてみる。
できた仮説は「母さんが魔物の卵を盗んで、その親が復讐にでも来た」。
しかし盗む動機は? やっぱりお金?
父親……彼女からすると夫がいない状態で私を抱えて、苦労していたのか。
(だから売るために?)
そうなると、また疑問点が湧いて来る。
あの村の、特にうわさ話や悪口が大好きで、小さかった私に伝わるような距離感で「ひそひそ話」をするような陰険な連中が、私に「それとなく」告げないのはおかしい。
村が滅びたかもしれない大罪を犯しただなんて、格好のネタのはずだ。
願いは決まった。
とりあえず気を取り直して体を洗おうと、着替えの入ったトランクに手を伸ばす。
「痛むか?」
急に聞こえたベリオットの声に、心臓が止まりかけた。
「い、いつからそこに!?」
下着だけの体を腕で隠し、後ろを向いて再び服を着た。
「お前が起きる前からだ」
(……うわあ)
自分にほとほとあきれ果て、恥ずかしさで体を丸めて顔を隠した。
すぐそばに他人がいるのにも気付かず、下着姿で間抜けにぼけーっとしていたのだ。
「いるんなら言って、くれればいいのに」
「いつ言えばいいものか考えてたら、お前が先に俺に気付いた。ところで、願いは決まったか?」
《6-2冥界の映写フィルム》
「あ、ゴメン。うん、決まった」
願いを言おうとしたところでまた「絶対に不可能だろう」という常識が頭をもたげたが、その直後に考えを打ち消した。
(……私、バカじゃないの!?)
せっかく、目の前に悪魔がいるいう「非常識」に遭遇しているのに今更「常識が云々」は、あまりにバカバカしい。
「ちょっと話長いけど、許してね」
こう前置きして、母さんが死んで私が村長に引き取られ、そして追い出された事実と、森の道で撃たれた事。
それから私を撃った門番達の会話が聞こえたことを話した。
ついでに「私を殺すな」という命令が、村長から下っているのはどういうことなのか……という疑問も。
みなしごが一人死んだところで、法の手の届かないような部分も多い田舎では、隠ぺいしようと思えば、できなくもない。簡単に事実ごと葬れそうだ。
「事故だと処理してしまえば」
第一今回の事がなくても、親を失った私が、こうして一六歳まで殺されずに育っていることが、そもそもおかしい。
前情報を伝え終わり、一つ目の願いを言う。
「私を撃った門番達の、話の続きが知りたいの。母さんが死んだ日のことについて詳しく知りたくて。考えてみれば、おかしな点が多すぎる」
しかしと言うか、やっぱりと言うべきか。ベリオットは「ぅ……ん」と、困ったようにうなる。
「やっぱり、ダメ?」
「というより、お前を荷車で運んでいたおっさんどもは『卵』と言った後すぐに、話すのをやめたんだ」
「どういうこと?」
まるで彼自身もその場にいて、話を聴いてでもいたような口ぶりだった。
「俺と目が合うやいなや、荷車を放り出して一目散に逃げた」
撃たれてからここに戻って、ベッドで寝るまでの記憶が途切れていたことについて、合点がいった。
「じゃあ、ここまで運んできてくれたのは」
彼がここまで運んで、介抱してくれたのだと悟る。
「ありがとう]
礼を言うと、淡々とした口調で返って来る。
「ギャラクスの奴も、お前を死なせるなと言っている」
ベリオットの仕える主人、ギャラクスさん。
私の両親の、生前の知人らしき人。父親とは親友だったとも言っていた。
「あの人もあなたも、レオパルテの人よね。どういう立場の人なの?」
「ギャラクスは、レオパルテ国王の宰相をやってる。今回ここに来たのは、まあ平たく言えば外交……と言えばいいのか」
「レオパルテ国王って。革命を起こして民を救ったっていう、あのルートヴィグ王が治めてる国よね」
前王は高い税を取っては浪費を繰り返していたという、典型的な暗愚だが、当時のルートヴィグ=フィドエリオ卿に革命を起こされて、断頭台送りになるという末路を遂げている。
「確かに国王は、ルートヴィグとかいう名前だ。民を救ったかは知らんが、貴族だった頃に参加した戦争でやらかして、前の王に辺鄙な田舎に左遷された仕返しに革命を起こして……前の王から王座を奪い取ったあげく、首を撥ねて、恨みを晴らしたオッサンであることは確かだ」
革命の動機はルートヴィグ卿の私怨ではあったけど、結果的に民も救われた……と言う話か。
「話戻るんだけど、せめて『卵』の意味だけでも知りたいんだけど、本当に話はそこで終わってたの?」
男達が逃げる時に、何か口走っていなかったかと期待したが、本当にちょうどそこで連中は話をやめたらしく、ベリオットは首を振った。
「お前の母親が死んだ時の、詳しい話が知りたいと言えば、話は別だが」
「それ!」
ずっとそれを言っているのだけど、通じていなかったらしい。
「少し待ってくれれば、冥界から映写フィルムを用意できる」
一瞬「映写フィルム?」と訊き返しそうになったが、外国で開発された映像技術の話を思い出した。
映像とはいっても、写真とは違うらしい。
その映写フィルムを使った「映画」というものが、プリムスコロナ帝国やレオパルテ王国のような大国で流行し始めているそう。
そういえば「この国にも、上陸してくれないかなあ」なんて、ダンスホールで仲良くなった子達と話していたけれど、今そのフィルムを見せてもらう機会が訪れようとは。
「そっか、レオパルテだったらあるよね。さすが流行と技術の先端」
「映写技術自体は、はるか昔六年前に作られ」
「……えらく最近じゃない?」
「悪い、間違えた。約六〇〇〇年前か。一度だけ、このガドルサピールにも作られてはいる」
「嘘でしょ? からかってんの?」
「今とは比べ物にならない技術が、宇宙から持ち込まれた時代があったんだそうだ。もたらされた技術によってガドル・サピールは文明時代を迎え、急激に繁栄した。すぐにその文明は滅んでしまったそうだがな」
宇宙はさておき。
魔界や冥界については詳しく分からないけど、実は神様の類が管理する、この世の全ての記録があるんだなど、勝手に想像した。
「その宇宙からもたらされた文明の時代については、ゆっくり話を聴いてみたいけど。今は冥界フィルムについて、詳しく教えて」
「冥界の記録フィルムだ。魔界・地上界・天界の生きとし生ける者の生の記録が、媒体として保管されている」
「見せてもらうには、どのくらいの対価がいるのかしら?」
「いらん」
さらっと言われてしまったので、聞き間違いかと思った。
「代償はいらんと言っている」
そういうわけにもいかない。
冥界に保管された、人の人生の記録媒体なんて、そんな貴重なもの、タダで見ていいわけがない。
「ううん。払わせて」
「なんでそう払いたがる?」
「胡散臭いのよ。ハッキリ言って。あなたが『悪魔だから』とかじゃなくて、話がうますぎるもの」
後で何か、手痛い犠牲を払うことになったって不思議はないし、むしろその方が自然だ。
「『セドナについて知りたがるようなら、代償は取るな』と、ギャラクスから言われている」
「? どうしてギャラクスさんが? あなた個人の契約だって、言ってなかった?」
「さあな。あいつの考えは、俺も解らん。俺がお前と取引をするのは自由だとは言っていたが、そのセドナとかいう奴については、別だそうだ。持って来るから、そこで待ってろ」
そう言うとベリオットの姿が、一瞬で消えた。
ひょっとして彼は幽霊か。
私は幽霊が苦手な方だが、昨夜のリアルな恐怖体験のせいで、今は怖くなかった。
それか彼がもっと線の細い、それらしい外見だったら、怖がったろうか。
突然、強烈な眠気に襲われる。
今寝てる場合じゃないのにと思いつつも、強烈な重さで、まぶたは閉じていった。
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《6-3見えたのは村の男達による……》
気が付くと、村長の家に私はいた。
目の前にある光景に、私は叫びに近い声をたどたどしく上げた。
「お……かあ…………さん!?」
しかし彼女は、私の声など聞こえていないようだ。しかも村長をはじめとする、村役人の男達と、何か話していた。
取り囲むようにする男達の様子と、怯えたように震える母さん。穏やかでない雰囲気は見て取れる。
「私達母娘の、せいだというんですか?」
「言いにくいのだが、そうとしか言えん。魔物は魔物に引き寄せられる」
村長が私を追い出した時と同じ、またあの重々しい口調で言った。
「何を、言って……」
すると男の一人が、母さんの言葉を遮った。
「しらばっくれるな、知ってるんだぞ! お前らが人間でない事くらい」
他の者も続いた。
「そうだそうだ!」
「ふつうの人間が、天気や川の荒れる日を当てられるわけがないだろう!」
彼らは口々に怒鳴り、役人達は彼女の言い分を潰していった。
はるか昔に行われていたという、魔女裁判の光景を見ているようだった。
魔女狩りは、雲行きや体調で天候を予測するというような、勘のいい女性がターゲットになると、文献には書いてある。
あとは動物を飼っている人とか。
裁く側の言い分でよくある「お前は動物と話せる」だって実際に会話をするというよりは、鳴き声の調子や、飼われている動物の場合は癖などで、体調や気持ちを読み取るのにすぎないのに。
母さんも勘が良くて、動物の気持ちを読み取るのは得意だった。
手先も器用で、まじない言葉を刺繍した護符や、魔除け効果のあると信じられている花でリースを作るのが得意だった。
魔法使いのようだと、冗談を言われていた事もあった。
とはいえ、それが特別な能力かと言うと、そうでもない。
まじない護符や魔除けのリースも、秋の収穫祭が近づくと、村のシスター達が女の子達全員に必ず教えながら作らせる。
「そんな……私のしていることは、普通の人でも不可能ではありま……」
母さんが言いかけた所で、男の平手が彼女の頬を打った。
村長にたしなめられると男は「すみません、つい」と謝り、母さんを親の仇のように睨みつけた。
村長は、聞き分けない子供を諭すように、訥々と彼女に言い聞かせる。
「では他に、どう説明する? この辺りに現れないはずの魔物が大挙して押し寄せた。しかも近隣の村も襲われたならまだしも、被害はこの村だけだった。残念ながら、庇ってやることはできない」
言い返せず黙り込む母さんに、さっき彼女の頬を叩いた男が追い打ちをかけた。
「娘の方を処罰すれば、魔物達も納得するかも」
ここで彼女の顔は蒼白し、目を見開いた。
別の男が「卵の事もかんがみると」と言いかけ、村長に大声で怒鳴られた。
普段声を荒げない村長が、だ。
彼のこの慌てぶりには、嫌悪感と同時に、違和感を覚えた。
ここまで見ると景色がゆらめき、また場面が変わる。
今度は宿屋の部屋に、真剣な顔の母さんと、差し向かいの小さな子供、つまり私がいた。
当時の私達は宿屋の手伝いをするかわりに、部屋を間借りして暮らしていた。
「いい? ミスティ。これから母さんの言うことを、よく聴くのよ」
これから村長の言うことをよく聴くこと、など、どうでもよさそうな話を少し大きすぎる声で私に言い聴かせていた。
その後、耳元でしか聞こえるはずのない小声が、私の頭に入って来る。
石のネックレスについてのこと。注意と、隠し場所。
(なんで急に小声で? 私しかいないのに)
そう思っていると、少し開いた窓の外や部屋のドアが、透けた。
実際に透けてはいないけど、私には全部見えた。
そこでは村役人の男達が、私達母娘の会話に聴き耳を立てているのが。
また光景が変わり、夜の森になる。
武装した村役人に囲まれ、母さんは目隠しと猿轡をかけられ、手足を縄で拘束されて荷車で運ばれていた。ここから見てもわかるほどに震えていた。
森の奥へ、一行は進んだ。
奥にあったのは、洞穴だった。
「不死の肉を生きたまま置いていく。これで許してくれ」
洞穴から少し離れた所から、村長が叫んだ。
不死の肉という言葉で悟る。
人魚の肉の、不老不死神話は私も知っている。
よそ者で、人外で、おまけに魔物の喜びそうな肉。生贄として、この上となく好都合だったのだ。
そんな出所の知れないオカルト話と冤罪で、母さんは差し出されたのかと思うと腸が煮えくり返った。
私も役人の一人を指差し、デタラメを叫ぶ。
「そいつの妻も仲間だ!」
誰にも声は届かない。
私の訴えももむなしく、一行はそそくさと去っていった。
そこから先は魔物が出てきて、拘束されたままの彼女に、その爪を剥いた。
私が吐きそうになったところで、映像は途切れた。
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「見たいものは、見られたか?」
いつの間にか冥界から戻って来たらしい、ベリオットの声が問いかけた。
だけど私は頷く事も首を振ることもできないほどに、疲れ切っていたと思う。
答えなければと口を動かそうにも、口はおろか、首も動かなかった。動かしたら、体の中のものを吐いてしまいそうだから。
悪寒と、震えが止まらなかった。汁気のある音と、骨の折れる音が耳の中でリフレインして、内臓が傷む感覚がする。
そのうちに、腹の中からの突き上げる感覚で、思考が現実に戻る。
(……やば)
私は上を向いて口を押え、足が洗面台の前へ駆け出した。着く前にあふれ出て来なかったのが不思議なほど、大量に吐いた。
「見たいものは見られたか?」
再びこの言葉を繰り返すベリオット。
今のがフィルムの内容だと悟ると、口を拭って答える。
「『卵』については見られなかった」
「『卵』に行き着く前に、よほど強烈なものを見たらしいな」
円盤状の何かを片手に、ベリオットが言う。
外周に薄い何かが巻かれている。これがフィルムというやつだろう。実物を見た事がなかったので、写真フィルムのようなものを勝手に想像していたけども。
落ち着く為に、深呼吸を心掛けた。呼吸を整える内に、頭が冷えてきた。
「ねえ『契約』したいんだけど」
「魔族化か?」
「うん」
「村を潰したいなら、眷属になんてならなくても、俺がやってやらなくもないが」
「自分の手で、アイツらを地獄に落としたいの。それと」
ベリオットに潰してもらうと、もっとも都合の悪い事が起きてしまう。
「あなたじゃあ一瞬で、終わっちゃうんじゃない?」
苦しんでもらわねば意味がない。
恨んでいる相手を、あえて「なまくらな刃物」で殺すという発想を、昔は怖いと思った。
けれど、今なら気持ちが理解できる。
というよりも私は今明らかに、そちらの意見に賛成している。
「そうか、解った。ただトリフィラートをいったん離れる関係で、一度ギャラクスに断りを入れる必要がある」
「どっちにしろ、今日会いに行くんでしょ。早速支度するから、ちょっと待ってて」




