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【第5話 アルフィード編:ランテルナの森の奥】

《5-1カフェ『フルール・ド・ネージュ』で、これからのことを話す》


「よっしゃ。まず国王に恩売って、金をせしめるんだな!」


 椅子(いす)に片足を乗せて、スープの椀を片手に触(ふれ)書を眺めるゴーフルの姿勢は、まるで山賊のよう。


「人聞きの悪い事を言うんじゃない!」


 周囲をはばかりながら注意したが、彼は「ナニ言ってんの?」と、キョトン顔をするばかり。


「別にいいじゃん。ちょっとくらい金の話してたって、目立たないよ。ここじゃあ」


 ゴーフルが視線を周囲に泳せると、その意味が瞬時に伝わった。


 見渡す限りは地獄。


 朝から酒をかっ喰らい、昨夜の首尾について語り合う、薄汚い輩どもの騒ぎ声。


 窓の外には花咲く木の枝でさえずる、可愛らしい小鳥がいる。


 しかしその鳴き声は客の笑い声に掻き消され、まるで小鳥が「ガハハハハ」と笑っているよう。


 追い打ちをかけるようにゴーフルが、確認してくる。


「『雪の花』って意味なんだよね? このお店の名前」


「……自分の記憶が正しいか、自信がなくなってきたよ」


 早速別のテーブルでは「王女を取り戻したら、恩賞金がっぽりだぜ」という話題が上っている。


「さっそくタイムリーな話に、花が咲いてるよ」


 カルリノ=ボタニー王から出たふれについて改めて述べると、彼の娘であるセレフィナ王女が誘拐されたという話だ。


 詳しくお触書を読むと「巫女長を務めていた王女が、忽然(こつぜん)と姿を消した。すると国王のもとに悪魔が現れ、王女を拉致(らち)した旨と、監禁場所だけを伝えて消えた」という。


 しかしどういうわけか「王女はすぐに殺さない」と知らされていて、身代金や、その他の要求すら伝えられていない。


 国王は恩賞を掛け、娘の救出を呼び掛けた。


 傭兵や騎士などが、その場所に意気揚々と赴(おもむい)いたが、誰ひとり戻っていない……これが大まかな話だ。


「ところでさあ、おふれとは関係ないんだけど」


 ゴーフルは顔をしかめて、視線を辺りにぐるりと泳がせた。


「宿屋のメシ屋の方が、よかったんじゃない? お目当てのウエイトレスがいる、ってワケじゃねえんだろ?」


 こんなにうるさくては普通の会話すら、相手の声を聞き漏らさないように、神経を使わなければならない。


 そんな状況に彼も、うんざりしてきたのだろう。

「いたんだよ」


 緑豆粥を食べながら、さりげなく店内に姿を捜した。


 どこをどう見ても、年齢問わずガラの悪い男しかいない。


「あー、ゆうべ言ってた『ミスティ』だったっけ? チョコクリスプくれた人」


「少し前までここで働いていたから、ひょっとしたら……と思ったんだけど」


 でなければ、こんな場所など選ばない。


 連れて帰るのは無理でも、元気な姿だけは確認できれば。


 そう思い、ダメもとで来てみたのだが、見事に宛(あて)は外れた。


「なんも言わずに、いなくなったの?」


「……うん。彼女、小さい頃に母親を亡くして、村長の家で世話になってたんだけど、その村長も、行方を知らないらしくて」


 出ていく前日まで、何も変わった所はなかった。


 だとするとあの娘(こ)はもう、前々から出ていく算段を立てていたのかもしれない。


「ヨォお兄さん、あいつならもう、ここにはいないですぜ」


 いきなり話しかけてきた声の方を見ると、顔見知りの若いウエイターが、空のジョッキを両手にたくさん持って立っていた。


「いないって……お店の方も、やめちゃったんですか?」


「レオパルテに、奉公に呼ばれたんだと。宰相が、直々に話に来たよ」


「レオパルテ?」


 ウエイターの腕のペイントを、物珍しそうに眺めていたゴーフルが反応する。


「遠くにある、裕福な国だよ」


 ざっくりとした答えが返ってくると、ゴーフルがわざとらしく含み笑いをする。


「へー……その宰相に、ねえ。見そめられたんじゃない? 可愛いんでしょ?」


 まったく悪意を隠す事無く、それどころか顔面一杯に湛えて見せつけてくれている所悪いが、むしろ安心している。


「そうだな、なら心配ない」


「まあまあ元気出せ。今回の食事代は、俺のおごりにしてやるから」


 ウエイターは気を遣ってくれるが、その必要はない。


「むしろ安心してるよ。高貴な人の傍なら安全だし、生活していくにも困らないじゃないか」


 なんだ。

 今までの環境よりもずっと、良さそうじゃないか。心配して損した。


 ……だからその同情に満ちたまなざしで、俺を見るのはやめてくれ。


「それじゃあ行こうか。王女が監禁されてるっていう『ランテルナの森』へ」


 王様のふれに頭を切り替え、席を立った。


 街の門を出て橋を渡る。


 村からなら首都を経由する必要があるが、ゼーンズフトからなら、林道を歩けば直行できる。


「なあ兄ちゃん。さっきのメシ屋、出してる食べ物と店主のオッサンの面(つら)が一致してないよな?」


 林道を歩く道すがら、ゴーフルが俺も遠慮して言わなかった事実を口にした。


「そうでもないさ。今は朝食向けにあっさりしたものを出してるんだ。あそこのディナー向けメニューでのおすすめは、マスターが獲(と)ってくる新鮮なドラゴン料理だって」


 人里離れた山奥に生息する飛竜をナタでぶった切り、そのブロック肉を香草と一緒にローストして出すのだそうだ。


「すっげえよな。そのミスティとかいう兄ちゃんの彼女も、近いうちにドラゴン狩り教えられる予定だったなんてね」


「違うよ。妹みたいなもんさ」


 実は内心レオパルテでの奉公も、手放しでは良く思えなかったけど。


 どちらにしろあの店には見切りをつけるべきではあったと、ドラゴン狩りの話のくだりで思った(何が『まず、小型のワイバーンから……』だ!)。


「なあ……ゴーフル。本当に俺でいいのか? あのカフェの人達に頼んだ方が、確実なんじゃないのか?」


 あえて王女とは関係ない会話をしながら、ゴーフルに目配せする。


「強そうならいいってもんじゃないんだよ。悪人にしか見えないもん。あれで凱旋(がいせん)式なんかやってみなよ、盛大な連行と間違えられちゃうよ!」


「見た目で人を判断するなんて、失礼だろ……と言いたいけど、否定できない」


「だろ?」


 彼も気付いているのか、俺の話に相槌を打っているだけなのかは分からないが。


(やっぱり、聞こえる)


 ざわめきに紛れた小さな、しかし明らかに人間の足音が、こちらのペースに合わせて、後ろからついてきている。


 木々の隙間から感じる視線は、一方からだけではない。


(たぶんゼーンズフトから、つけられてるな)


「広い所に出よ……」


 小声でゴーフルに言いかけた、その時だった。


 彼が木々の隙間からの「視線」に向けて話しかける。


「まー、いいや。出てきなよ!」




《5-2ランテルナの青い瞳》

 ゴーフルは事もあろうに、つけてきた連中を挑発し始めた。


「バカ!」

 と、つい口走ってしまう。


 せっかく、どう対処しようか考えていたのに。


 味方から不意打ちを喰らった気分になって、頭痛がした。


 街で見かけた顔が木々の影からぞろぞろ現れ、俺達の前に立ち塞(ふさ)がった。


「なあに、通行料を頂きにね。お前さん、この辺のモンじゃねえだろ?」


 言葉のイントネーションが少しだけ、ユングを思い出させた。


 彼の言葉遣いを「ゴロツキ喋り」とか、「チンピラ弁」とからかった事があったっけ。


 こいつらは品がないばかりで、彼のような愛嬌は微塵(みじん)もないけど。


 ひと悶着(もんちゃく)は免れないかも、と思った時には、手はすでに剣を抜いていた。


「ワレ、結構いいとこの坊ちゃんだろ。街で見た時から、目ェつけてたんだ」


「親からがっぽり絞ったろーか? それとも娼館に、売り飛ばしてやろうか?」


 彼らの脅しなど聞こえていないかのように、ぽかーんとした顔で、彼らを見つめるゴーフル。


「なー、兄ちゃん。頭の毛と他の毛の生存率って、両立しないんだな。同じ毛なのに」


「知らないよ!」


 確かにそうだが、今はそんなことを考えてる場合ではない。


「ん、のガキ! 死にさらせえ!」


 向かって来る一番痩せた奴を迎え撃ち、手に持った円月刀(シミター)を剣で叩き折って、鳩尾(みぞおち)を殴ってやる。


 敵は六人だったが、今一人気絶したので、あと五人。


 俺はゴーフルを守りながら戦うべく、彼の真正面に移動する。おそらく、こいつらは子供のゴーフルを確実に狙うだろうから。


 しかし……


「売れるかどうか、よ~く見て品定めしてみなよ~だ。ほーれほれほれ、おしりペンペン」


 そんな俺の心中などそしらぬ様子で、ゴーフルはお尻をたたき始める。


(殴りたい……おっと、いけないいけない!)


 ふっと湧いた一抹の悪意を、頭から打ち消す。


「館に放り込んで、悪魔の餌にしてやるよ!」


 子分と思しき男達が先陣切って、こちらに向かって駆けて来る。


 ゴーフルが小さな声で「アウレオラ」と呟く。


 それからスッと、頭の上の輪に手を伸ばして取った。


(あれ、取れるのか!?)


 リングは二つに分裂し、それを持ったままゴーフルは連中の合間を縫って、ダガーの要領で斬りつけていく。


 いや、「合間を縫って」というより、ゴーフルは一瞬半透明になって、彼らの体を通り抜けたように見えた。


「調子に乗りやがって、ブチ殺すぞ! クソガキ共!!」


 最後に残った頭目が、彼に飛びかかる。ゴーフルがリングをチャクラムのように投げつけると、頭目の体は地面に落ちた。


 彼が飛び出していった時「ゴーフル、危ない!」と言葉を出しそこねた俺の口が、開いたままだった。


 開いたままだった口から、遅れて言葉がこぼれる。


「だ……大丈夫か?」


「安心しなよ、死なないからさ。命令なしに天使の輪(アウレオラ)で人間殺すと、やばいんだよ」


 よく見ると、倒された連中の体には、傷一つついていない。腹や肩は上下に動いていて、呼吸をしているのが確認できた。


「そうじゃなくてさ……君が」


 言った後で何だが、一撃たりとも喰らっていない彼に対して、何が「大丈夫か?」なのだろう。


 ゴーフルは腰に手を当て、ふんぞり返る。


「まーね。いちおう下級天使も、訓練は受けてんだ」 


「それにしてもすごいな。相手は強盗だぞ?」


 子供にしては、いや普通の大人でも殺されたり、貴重品を奪われたりしているのだ。子供の見た目をしているくせに、彼はかなり強い。


「オイラが受けてる訓練は、粛清用なんだよ。人間どもがチョーシこいたとき用の」


「なるほど。最後の審判、てやつか」

 天界の恐ろしさを垣間見て、唾を飲み込んだ。


「そうでもないよ。たとえて言うなら下級天使は、ただのお仕置き部隊だもん」


 さて「盗賊に注意」と書かれた看板が立っている。結構新しい。


 大方、生き残る為に、強盗に走る連中も増えたのだろう。この不安定な時世で、人々の心にも大分影響があるようだ。


「この看板建てたヤツも、大変だったろうね」


 看板に肘を置くゴーフル。


 こんな強盗の出るような危ない森に、わざわざ看板を建てるのは、さぞかし危険な仕事だろう。


「さあ? 用心棒でも雇ったか、襲われても『盗賊なんてボコシバにできるぜ』って奴が立てたんだろ……」


 看板の隅に「カフェ、フルール・ド・ネージュ店主」と書かれていた。

「兄ちゃん、そういえばさっき『館に引きずりこんでやる』とか『悪魔のエサ』とか、こいつら言ってたね」


「それじゃあ、訊いてみるか」


 俺は適当に、その辺で伸びたままの強盗を一人選んで頬を叩き、尋ねた。


「さっき言ってた、館と悪魔について、詳しく説明してくれ」


 舌打ち混じりに、強盗は答えた。


「知らねえよ。俺達はもともと、この辺を縄張りにしてたんだ。そしたら悪魔が現れて『この辺を通る人間を殺して、館に持って来い。そいつの持ってる金品は、全てくれてやる』って約束でな。


 俺達のアジト周辺も、悪魔の力のおかげで魔物や猛獣が避けるし、安全でうま味のある仕事だから……」


 強盗の男はそう言って、草木の生い茂る方を指した。目を凝らすと、獣道(けものみち)と見まがうほどの、細くて目立たない道がそこに確認できた。


 暗い森の奥をそこから覗くと、白い色の、顔の形をした不気味な木の実が、こちらを見て「笑っていた」。誘うような闇は外の光と混じって、逢魔(おうま)が時を連想させる。


「なるほど、まさしくランテルナの森だ。ありがとう」


 用の済んだ彼を、再び殴って気絶させる。


「兄ちゃん時々、怖いよな。なんでもない顔で殴るとかさ」


 失礼なことに、まるで俺こそ悪魔や悪党だと言わんばかりに、ゴーフルは言った。


「俺からしたら、自分より弱い通行人を寄ってたかって殺して、悪魔に差し出してた奴らの方が、ずっと恐ろしいよ」


 悪魔の力で魔物も野生動物も来ないのでは、放置しても大丈夫だろう。保証はしないし、する気もない。

 そもそも、こいつらはどうなっても、自業自得である。


 強盗を放置して、ゴーフルとともに森に入っていく。


 森は名の通り、収穫祭の時に作るカブのお化けランタン(『ランテルナ』はランタンの別の言い方。おそらくランテルナという言葉を使っていた者が、この森に名前をつけたのだろう)にそっくりな実が、木からなっている。魔除けか、呪いの儀式にでも使いそうだ。


 無数の「青い瞳」は爛々(らんらん)と、こちらを見つめていた。目や口をよく見ると、実の中には青い光の玉が入っている。


 盗賊や、例の悪魔にでもやられて死んだ者達の霊だろうかと、勝手な想像が浮かぶ。


(昔セドナおばさんから聞いた怪談、思い出すなあ)


 死後の世界から拒否された悪党が、成仏できずにランタンの中で永遠に孤独に暮らす物語。


 その男が別の景色を見る事ができるのは、ランタンを所有する悪魔が、それを持って外出する時だけだ。


 ランタンの実に宿る人魂(ひとだま)——ウィル・オ・ウィスプ——は、ずっとずっと「目」の部分を通してこちらを追いかけていた。


 笑うような目から覗く青い光は、悲しそうな、涙の膜の光にも、憎しみの炎を湛えているようにも感じられる。


 そんな視線を浴びながらたどり着いたそこは、工房を思わせる無骨な古い建物。


 敷地内は、草が好き勝手に伸びている。ゴーフルの背丈ほどある草の陰に隠れて、様子を伺った。




《5-3血塗られ廃墟のわらべ歌》

「見張りは、いないようだな」


 それどころか出入り口の扉は開いていて、侵入者を招いているかのよう。


「『来い』って、誘ってるね」


 ゴーフルは「では遠慮なく」と言わんばかりに、生い茂る雑草を踏みしめて足音を立てて歩く。


 入口との距離が縮まってくる。建物内の空気が顔に当たると、眉が中央に寄った。


 嗅いだ事のない、嫌な臭い。血とは違うこの臭いについて考えていると、鼻を押さえながらゴーフルが言った。


「当然っちゃ当然だけどさ、死体の匂いするね」


 窓はあるものの、鬱蒼(うっそう)とした木々の葉や蔦に覆われて、外からの光はうっすらとしか入って来ない。


 奥への通路はほぼ、真っ暗といっていい。


 なのに悪臭は、さっきよりもずっと強くなっているようだった。


 薄闇に浮かぶ白い骨の絨毯(じゅうたん)を見ても、驚いて叫ばないように舌の先まで気を張る。大きな声なんて上げたら、臭いが肺深くまで、入ってしまうから。


 暗さに目が慣れると、奥に人影が立っているのを認識できるようになる。鼻を押さえても、呼吸のたびに器官に入って来る臭いに吐き気を催しつつ、その影に近付いた。


 人影をチラチラ視線を盗み見するように、こそっとゴーフルが嫌なことを囁(ささや)いた。


「なあ、あれ『生きてる』かな?」


 彼の言葉に、毛穴から冷たい、しかしじっとりした嫌な汗が噴き出る。生きている人間だったとしても、こんな中に立っているなんて、まともではない。


「……さあ。でも確かめない限りは、ここを出られない」


 近づくにつれ、影の形がはっきりしてくる。髪の長い華奢な体つきの、おそらく女性だろう。


 至近距離まで来ても、その影は微動だにしない。


 人影かと思ったそれは、石像だった。


 聳(そび)え立つ狂人ではなかったことに、とりあえずはホッとした。


「どうして石像が?」


 間違いなく、モデルはセレフィナ王女だった。


 お触書に添えられた顔写真にそっくりだ。素人が作ったとは思えない「モデルが生きたまま塗り込められていそうな」とてもリアルな石像。


 だけど人造石の壁と、白骨死体があるばかりのこの部屋は、美術品を飾るような場所ではない。


 ゴーフルが、石像の胸のあたりに耳をそばだてた。


「ちがうよ兄ちゃん、これ生きてる。セレフィナ王女だよ!」

 と言われても、俺には石像にしか見えない。


「呪いの類か、何かか?」


「ああ! ちゃんと聞こえるよ」


「何が?」

 なんだか彼から返って来る言葉が、おかしい。


「もちろん、すぐ助けるよ」


 どうやら彼が答えているのは俺ではなく、たぶんこの石像……セレフィナ王女にのようだ。


「え? 胸は勘弁だって? ウルセエな、こんな時に。んなモン気にするなよ。減るもんじゃあるまいし、これ以上減りようがないんだから!」


「口は慎めよ。あんまり無礼な事を言うと、助けた後、処されるぞ」


 死刑は廃止されたから命はあるだろうけど、死刑じゃなきゃいいってものでもない。


「兄ちゃん、ここに転がってる骨の連中は、さっきの連中に殺された通行人だけじゃない。この娘(コ)を助けにきて、殺され奴もいっぱいいるって!」


 ゴーフルに聞こえて俺には聞こえない所から察するに、普通の人間には、どんなに訴えても声が届かないのだろう。


「そうか、早く戻さないとな。待ってて」


 ゴーフルがまた彼女に向き直って、俺には聞こえない言葉に返事をした。かと思うと、持っている鞄をまさぐっている。


(……ゴーフルがいて、よかった)


 一人で来たら、俺はこの像が王女だとも気が付かず、彼女をここに放置したかもしれない。


 助けが来たと胸を躍らせた直後に、外界との扉が閉ざされ、自分の訴えも聞こえない。


 そんな状況を自分の身で想像して、首筋の神経がざわめく錯覚に襲われる。


 奥に続く廊下から、音がする。


 ほんの僅(わず)かな異音だが、ただならぬ気配を直感し、咄嗟に剣をゴーフルの前に翳(かざ)す。


 赤い線状の光が、刃に反射した。跳ね返った光はの壁を直撃し、穴を開けた。


「ゴーフル、良かった」


「おーアリガト」


 ゴーフルも、そして手に持ったクリスタル状の小瓶も、無事なようだった。


 音はさっきよりも大きくなっている。


 引きずる音と、長いこと油を差していない機械の軋(きし)むような音が重なり合い、機械音の合間

合間には、人のような声が小さく小さく挟まっている。


 ………………キィ…………キぃ…………ギィィ――――――…………………


「頭の悪い山羊に金貨を投げたら、追いかけて食べた。


 勲章を遠くへ投げたら追いかけて、そのまま崖に落ちた」


 

 声はわらべ歌のような響きを含んでいた。


 その内容の不愉快さに顔をしかめるのとほぼ同時に、ピエロのような服装の人型の何かが視認できた。


 ピエロは両足を真横に大きく開いたり閉じたりをしながら、滑るように移動し、こちらに向かってくる。不規則な速さで回される首は、今にももぎ取れそう。


 深淵のような黒だけの目は、笑っていた。


 ジ――――………………ギィー…………



 ノイズに似合わぬ素早い動きで、ピエロの異形は大きく鎌を振りかぶった。あえて迎え討ち、剣を大きく横に振って、まず大鎌を薙ぎ払う。


 武器を奪われたピエロだが、笑みも崩れず不愉快な歌を歌い続けた。



「暗い洞穴には山羊の骨。おろかなおろかな山羊の骨」



 歌う口の中に、小さな赤い光が見えた。


 すると、後ろから光の輪が飛んできて、奴の顎から上を吹き飛ばす。




《5-4きわめて簡単な方法》

「るっせぇ野郎だな、キモイ歌うたいやがって」


 奴の頭を飛ばした光の輪、それはゴーフルのチャクラムだった。


「兄ちゃん、こいつから闇の力を感じる! こいつが例の悪魔だ!」


 頭の上半分がなくなっても武器を取り返そうと、ピエロは鎌に腕を伸ばしたが、その手は武器を再び握ることはできなかった。


 奴の残ったの頭部(つまり下顎)が、自らの二の腕から滴る血と、床に転がる腕の先を交互に見比べているように動く。


 奴に隙ができている、この好機を逃すまいと奴に走り寄り、俺は剣を振る。


 だが、ピエロはもう片手で鎌を構えてガードした。


(頭が飛んでるのに、こっちの動きが見えてるのか、コイツ!?)



「山羊が谷に落ちた。金貨の袋を取りに行って、橋ごと落ちた」


 

 首の上に残った下顎の上で、剥(む)き出しの舌が、ビロビロと動いている。歌とともにまた、光球が舌の上に生まれる。


(やばい!)


 あの赤いビームが繰り出されると思い身構えると、チャクラムが今度は前から飛んできて、奴の首を切断した……が、


「え!?」


 俺の首も切断する気か、と思い後ろへ飛びのいたが間に合わない。


「兄ちゃん、何やってんだよ!?」


 ……俺の首はつながったまま。


「お前こそ何するんだよ!?」


「生きた人間は殺せないって、さっき言ったじゃん!」


 ゴーフルの足元には、二つに割れた丸いものが転がっている。


 そこがさっきピエロの顎から上が落ちた場所だと思い出し、その「丸いもの」の正体が分かった。


「それより兄ちゃん! 首を切っても生きてるってことは、心臓取らないとだめみたい!」


「……そ、そうか」


 真っ二つに割れた眼球から目を背けつつ、吐き気をこらえながら返事をした。


 本当の意味で視界を失ったピエロは、残った方の腕で鎌をもはや出鱈目(でたらめ)に振り回す。



「おろかな山羊……」



 弱い動きで、さっき落ちた首の部分が、舌を動かし歌っている。


 ゴーフルの投げたチャクラムが、奴の手首から先を奪う。


 俺が懐に飛び込むと、ゼンマイが切れたように、歌が止まる。


 次の瞬間、ザクロの実が割れるような、水気のある炸裂(さくれつ)音を立て、二つになった。


「で、その瓶の中身を、どうすればいいんだ?」


「コカトリスとかバジリスクじゃ、そういうわけにもいかないけど。この程度の石化なら、聖水で治るよ」


「聖水って……あの、その辺の店とかでよく売ってるやつ!?」


「そーだよ」


 洗礼や祭事に使う、特別な方法で清めた水のことだ。


 簡単なまじないや魔除け、占い道具として一般人向けにも売られている。


 あまりにも簡単な方法に、拍子抜けした。


「じゃあ、どうして?」


 しかし、そんな簡単な方法で治るなら、何故、誰も使わなかったんだろう。


「王女さんが石化してるって知らずに、行くからじゃないかな? それにしても、田舎の子供に倒される悪魔にやられてるこいつら、なんだろうな?」


(田舎の子供だと?)


 田舎はともかく子供だとか、こいつには言われたくない。


 俺が無言で睨みつけると、彼は慌てて言い訳を始めた。


「あ、ゴメンゴメン。だって、倒しにくるのは兵士とか、傭兵みたいな戦闘が仕事の奴だろ!?」


 倒せたのは君の協力があったから……と言いたいが。


 どうしてだろうか。素直に礼を言いたくない。


 会話中に、急にゴーフルが像に向き直った。


「あ、悪ぃ。助けるからさ」


 セレフィナ王女に「あの……早く助けて」とでも言われたのだろうか。


 外にあった荷車を持ってきて像を運ぶと、ゴーフルが頭の上から聖水を注ぐ。


 ほぼ無色だった彼女の肌が、色を取り戻していく。


「森の『彼ら』は、どうするんだ?」


 ランテルナの実達は、これからも永遠に訪問者を待つのだろうか。


 それとも、天使である彼は、何とか死者達を助ける術があるのだろうか。


「実が自然に腐って落ちる時が、こいつらが成仏できる時だと思えばいいかな。無理に壊しても、居場所を奪うだけだから、手は出さねえ方がいいよ」


「あの、ありがとう」


 怯えたような消え入る声で、セレフィナ王女は頭(こうべ)を垂れる。


 品のあるプラチナブロンドの髪に、エメラルドグリーンの瞳に、白磁の肌に差しこむバラの血色。


 可愛い娘だな、と素直に思った。


「目の前で、人が殺されていくのを見て……私」


 滲(にじ)んだ涙を、白いグローブが拭う。


 今の話や、さっきゴーフルとは会話できた事からも、いくら石化していても意識はあるのだ、ということが伺(うかが)われた。


 可哀想に。


 彼女がもし、恩賞も掛けられないような普通の家の子だったら、誰も助けに来ないのだ。


 こんな暗くて汚い空間に、一人ぼっちで。


「じゃあ、帰ろう。君が今すべきことは一刻も早く、自分の無事を知らせることだよ」

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