【第4話 アルフィード編:神も知らぬ、天使からの告知】
《4-1汚れた「憧れの街」》
どんよりした空気は、立ち並ぶ工場の煙突や近くに停まっている列車から吹き上がる、煙のせいだ。
鼻と口を押さえつつ、そう思うことにした。
王都イグドラシルに向かう途中で立ち寄った港街ゼーンズフトは、治安は良くなさそうだったが。
(……前来た時よりヒドいな)
憧れという意味を持つこの街は、オルカントリード地方随一の発展都市だ。
もっとも、のどかな村で生まれ育った俺にとってはただただ騒々しいだけで、とても好きになれたものではなかったが。
口に出せば「田舎者の偏見」と嘲笑われてしまうだろう。
しかし街に入るやいなや「あのガキどもなんか、いいカモじゃねえか」と、汚い笑い声が聞こえてきて、「素晴らしい街だ」という称賛ができるだろうか。
「……アルおにいちゃん」
ゴーフルが見上げながら、か細い声で俺を呼び、瞳をうるませていた。
アルフィード=エースペードだから「アル」。
親しくなった人からは、だいたいこう呼ばれる。
「どうした、ゴーフル?」
言葉での返事が返ってこないかわりに、袖を小さく引っ張られる。
その小さな手の震えを止めてやるべく、癖のあるカナリヤ色の髪を撫でてやった。
「大丈夫だよ、兄ちゃんが守ってやるからな」
この子は村を出てこの街に来る途中、森の街道で一人泣いていた。
話しかけて彼の名前や、家族は一緒じゃないのか。
なぜこんな場所にいるのかなどを尋ねたのだが。「ゴーフル」という名前以外は首を振るか「あ……う…………」と、言葉を詰まらせるのみで、要領を得なかった。
しかし一人にしておくわけにもいかず、こうして連れている次第だ。
村の子ではないのは確かだった。
村の住民の顔は全員知っているが見た事はなかったし、誰かが養子を取ったり親戚を預かったという話もなかった。
チョコレート・クリスプ片手に急ぎ足で工場へ走っていく、汚れたツナギの労働者とすれ違う。
そうだ、と思いつき、工場そばの売店でチョコレート・クリスプを買って、ゴーフルにもやった。
「おいしい……ありがとう、お兄ちゃん」
出会ってからずっと泣きそうな顔をしていた彼が、やっと笑った。
「だろ? 本当は工場の人が働きながら食べられるように、作られたらしいんだけどね。今はお土産としても、人気があるんだって」
実は俺も、村にいた時に土産でもらった事があった。
今回買ったのは、怯えているゴーフルの気を少しでも紛らわそうとしたのも事実だが、「あの娘」を思い出したのもある。
(こんな街で、あいつは働いてたんだよな。もっと強く反対するんだった。それにしても……どこに行ったんだろう?)
初めての給料でチョコレートクリスプを土産にくれたアイツ、平たく言えば妹分というのか。
彼女は少し前から、行方をくらましてしまった。
さて、陽が沈みかけた街は「安全」という面においては、俺から言わせれば森と大差ない。
昼間でさえ、そこかしこで見え隠れしていたこの街の闇が、夜の暗さに便乗して姿を露骨に見せてくる。
「男だがよ、あの顔なら高く売れそうだぜ」
「育ちが良さそうだから、その前に身代金を出させてもいいかもしれねえぞ」
建物の陰に潜む男達の視線や声は、こちらの胃をムカムカさせる。仕事帰りの労働者という体では、明らかにない。
(人を品定めするような目で見やがって)
他人を踏み台にして金を掴もうと考える輩など、ロクな奴じゃあない。
泥と汗、それから腐った血の混じった臭いがしてきそうで、吐き気すら催すレベルの不快さである。
奴らを視界に入れるのですら汚らわしく、ゴーフルの手を強めに引く。
(前来た時もあんまり好きになれなかったけど……ここまでヤバい所だったなんて、聞いてないぞ!)
こんな街でウエイトレスをしていて、あまつさえ時々夜遊びまでしていたという妹分を思い出し、もっと強く止めなかったことを悔いた。
「早く行こう」
はぐれないようにゴーフルを引き寄せる。
道端のゴミを無視する要領で、ガラの悪い連中を避けて歩みを進める。
早く大通りに出たいが、その辺に散っている酔っぱらいの吐しゃ物を、踏まないようにだけ注意しなければならない。
ガス灯の光がともる、広い中心街道に出る。「ギャベジ缶の周囲を這いまわる黒い虫」のような連中は、光の下にやっては来ないだろう。
ようやくゴーフルの小さな肩から手を離す。
それでも注意は逸らさないよう心がけながら、注意深く建物の群れの合間合間に、視線を走らせた。
もう少し行くと駅がある。汽笛とともに、列車が出ていく様子が見えた。その傍には客待ちの馬車が、所狭しと並んでいる。
あれで移動したらさぞかし速いだろう。
だけどむせるような煙が、そばを通るだけで病気になりそうで感動どころではなかった。
多少空気が汚くても、便利さに慣れてしまえば気にならないのかもしれない。それとも都会人はもともと、無神経なのかもしれない。
村で他人の噂話に精を出すおばさん達の、遠慮を知らない大声での井戸端会議を思い出す。
彼女らも、実は都会人だったりして。……その村のおばさん達も、大多数は永久におしゃべりできなくなってしまったけれど。
「あの森を越えた所にある村、ほとんど燃えちゃったんだって」
おかみさん達の立ち話が、すれ違いざまに耳に入る。
エルバの村を含む集落の話だと、すぐに解り、反射的に振り向いてしまう。
「兄ちゃん」
呼ぶ声といっしょに、また裾が引っ張られる。よほど険しい顔をしていたのか、ゴーフルに心配をかけてしまったらしい。
「アルはお兄ちゃんなんだから」
昔母に言われた言葉を思い出して気合を入れ直し、俺はつとめて明るい表情を作った。
「とりあえず、今日泊る場所を探そう」
先を急ぐとはいえ、駅などの主要な場所は見つかったのだ。
駐在所などを探すのは、明日にしよう。途中の森で何度か魔物に襲われて疲れたし、なにより辺りはもう暗かった。
適当な宿屋が見つかり、そこにチェックした。
(村とは大違いだ)
夜になっても外が明るくて、騒がしいなんて。そのせいでベッドに入っても、眠れやしない。
隣のベッドでゴーフルは、ゼンマイの切れた人形の如く、ころりと眠りに落ちてしまっていた。
寝顔が可愛いので、少し和む。
(可愛いな)
年の離れた弟ができた気分だったので、明日の別れが名残惜しい。一人っ子だから、きょうだいに憧れたことは何度もある。
さて、夜中になってもまだまだ街は眠る気配はなく、俺は寝付くことができなかった。
何より目を閉じようとすると赤黒い炎が視界に広がり、夜の闇という安らぎを消してしまう。
ゴーフルは安らかに眠っていて、羨ましくなる。
それでも疲れていたので何回か寝返りをうった後、うつらうつらとまどろんできた。
《4-2夢はすぐに醒める》
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「それまで!」
先生の審判の声に驚いたものだから、船をこいでいた腕のバランスが崩れた。
ここは道場の、庭だった。
目の前では武器を失いがっくり肩を落としている■■と、剣を天に上げて得意げにするヨハン。■■は俺達の方の年齢区分に、入ったばかりだったっけ。
「……あ、夢か」
ひとり言を言っていると、浅黒い指でおでこを弾かれた。
「お前なー、真面目に見とれ。次の相手になるかもしれんぞ」
ユングの手指はまだ、でこを弾く形になったまま。
「二人とも、カッコ良かったよ!」
華やかな笑顔でアリアが、汗拭き布を差し出した。
今日の実習で作ったらしく「アルフィード=エースペード」と刺繍が施されている。
「ありがとう」
苦笑いして受け取る。
嬉しくないわけではない。
だって、ユングのとお揃いだから。
アリアが「彼の為に特別に作ってあげる」なんて日は、いつ来るのやら。
その隣にいる女の子は、氷とフルーツの入った箱を開けて差し出してくる。
今日も丈の短いワンピースを着ている。
それを着ているということは、今日も街に働きに行くのだろう。
「また、街に働きに行くの?」
ついつい口調がお説教がかってしまう。
膝上のワンピースじゃない日は、足にぴったりくっついた、作業パンツの日もある。
年頃の女の子が脚を出すなんて。お嫁に行けなくなりやしないか、兄貴分としてはとても心配だ。
亡くなったセドナおばさんが見たら、なんて言うだろう。
だから「可愛いね、すごく似合うよ」などと、本当のことは言わない。
だって、調子に乗るから。
シティーガールを気取って、二度と田舎の村に、帰って来なくなるから。
波の音で我に返ると、海沿いにある石畳の道をミスティと歩いていた。
「あの店、本当に美味しかったよ」
「でしょ?」
「チーズ料理って、あんなに種類があるんだね」
「うん。あと他にも、紅茶とお菓子の専門店とか、スープ料理がおいしいお店とか。外国の料理を出してるお店もあるよ」
「へえ、いいね。……働くの、そっちにしない?」
「それは今触れないでよ。それよりもアルって、綺麗なもの好きだから、室内植物園つきのお店とか。併設水族館っていうの? 壁いっぱいのでっかい水槽見ながらご飯食べれるお店とかの方がいいかも。案内したいお店いっぱいあるから、また一緒に来ようよ」
また一緒に、か。
展望台の階段を上る。
地上からじゃ見えない大海原の貌が、そこにあった。
海原の金のきらめきが、これからの夕方の訪れを告げていて、その向こうにある水平線の向こうからは、潮風が吹きつけた。
「……きれいだ」
隣を見ると、ミスティが顔に掛かる長い髪と必死に戦っていて、「あーもう、しょうがないな」なんて言いながら払ってやる。
流れる雲の色が赤くなり、いつの間にか紫色になってきたところで下を見る。
街道では、点灯夫が街灯をつけて回り始めているのが、昼の終わりを告げていたので「帰ろう」と言って階段を降りた。
軽快に階段を駆け降りていき、先に下に着いたミスティに「待てよ」と、手を伸ばして呼びかける。
そこで目が覚めた。
「夢か……」
そこにあるのは、静寂と闇だけだった。
「あれからだったよな……、ミスティがいなくなったのは」
(あの時、俺が泊りを了承していれば)
彼女の仕事帰りに迎えに行くと、夜遊びを提案された。
「アルとなら、泊りになってもいいよ」
その後、男女別になっている宿屋の存在を提示されて。
結局食事して、展望台で海を見て、村に帰った。
本当は楽しかったし、もっと一緒の時間を共有したかった。
それなのに、彼女の手を引いて、村に帰ったんだ。
彼女の行方不明を知らされたのは、その翌日だった。
そしてその村の、あの呑気な賑やかさは、もう戻らない。
先日突然起こった原因不明の大火事で、焼けてしまったからだ。
俺達の村だけじゃない。
周辺の村の集合体である「オルカントリード地方」自体が、大火に包まれたのだ。
生き残った村人達は、ある無責任な噂を口々に話し合い、怯えたり、怒ったりしていた。
「ちょうどいいタイミングで、いなくなったよな」
と。
無意識にシーツを握りしめていたことに気が付いて、ハッとした。
(いいや! 弱気になってどうするんだ!)
村では、それでも生存者たちが復興に向かって、今でも励まし合っている。
その為に、自分だって首都イグドラシルへ向かっているのではないか。
王様からのふれを見事にクリアすれば、村にはかなりの金が入る。
それに王様に恩を売る、という言い方をすると卑しい感じもするが、事が事なだけに、あわよくば国からの助けも得られるかもしれない。
国王からのお[[rb:触書 > ふれがき]]を取り出して眺めている最中、さっき考えていたことが、再び蘇る。
(ミスティが見つかって話を聴ければ、無実だって証明できるはず)
イグドラシルに行く話を買って出たのは、彼女を捜す目的もあった。
「きゃああっ!!」
「バ、バケモノが出たぞ――――――――!!」
外からの叫びと絹を裂く悲鳴の伴奏に、思考が吹きとばされた。
「なんだ!?」
ベッドを飛び降り、剣を取って窓から飛び降りた。
アサシン・ビーの集団だった。すでに警備の者達が、撃つなどして応戦していた。
中心にいる、ひときわ大きい奴がリーダーだ。取り巻き達は、黒い制服の集団からリーダーの盾になることに、気を取られている。
「おい兄ちゃん! 危ない!」
誰かが声を荒げるが、俺は剣を抜いて、センターにいる雑魚ごとリーダーの首も落とす。
微かに音を立てて羽根を震わせると、二匹は絶命した。
リーダーの敗北に動揺したのか、殺人蜂の取り巻き達の統率が乱れる。その隙を逃さじと[[rb:監視員 > ウィギレス]]達が、瞬く間に殺人蜂の集団を制圧してしまった。
「兄ちゃん、大丈夫か?」
監視員の一人が、心配して声を掛けてくれる。
「ええ、すみません」
しおらしく頭を下げると、監視員達は怒ることもせず去っていった。
その時に「おかしいな、魔物への対策は、したばかりなのに」
という内容の会話が彼らから聞こえた。
村でも、塀や門に近辺の魔物や動物の、嫌いな匂いの花粉を定期的に塗ったりなどの対策もしていた。
効くわけがないと、反対する人も多かったが、魔除けの護符を柵に貼るとかも。
この街では、もっと強力な対策がされているみたいだ。
塀や看板などに書き込まれた呪文や魔法陣といった、村とは比べ物にならないほどの、本格的な対策の痕跡。
それらはこの街の人々の魔法、魔物への情報量、それに由来する知識と理解が、閉鎖的な田舎よりも圧倒的に進んでいる事実が伺える。
背後で拍手の音がした。
振り返ると、ゴーフルが手を叩いていた。
「さすがだね。オイラの目に狂いはなかった」
しかし、おかしい。雰囲気がまるで違うのだ。
「ゴーフル?」
つつましさの消えた笑い顔や、滑らかに動いている口などの違和感はさておき……さっき彼の言ったことについて質問する。
「どういうことなんだ? 『目に狂いはなかった』って」
「ちょっくら頼みたいことあってさ。それでいままで、兄ちゃんを品定めさせてもらってたってワケなん
だよね。ま、話は部屋でゆっくり」
《4-3暴露される天界の内情》
「あ゛ー、階段めんどくせぇ」
階段を上りながらぼやくゴーフルについて部屋に戻ると、彼はベッドにドカっと遠慮なく腰を下ろす。
「君は、本当にゴーフルなのかい?」
わざとやているのか、憎たらしい表情を作って彼はケラケラ笑う。
「じゃなかったら、誰なんだよ? 兄ちゃん、意外とバカ?」
(バ……バカだと!?)
俺はさっきまでの彼を思い浮かべて怒りを我慢し、たった今頑張って、好意的な解釈で立てた仮説を口に出した。
「だって、ありうる話だろ。悪いものに体を乗っ取られるとか、ストレスのせいで性格が変わっちゃうとかさ」
何かと国内で事件の多い昨今、あってもおかしくはない。
俺の仮説が当たっていたとして。
怒鳴って「本当のゴーフル」を驚かせてしまったら、かわいそうだ。
だからできるだけ、優しい口調を心掛けた。
しかし彼の腹を抱えての大爆笑に、せっかくの気遣いは見事に粉砕された。
「兄ちゃんさあ、魔物とか悪霊の前に、サギ師と悪い女には気をつけろよな」
(もういい! 真剣に心配するだけ時間のムダだ)
心の中でそう叫ぶと、やや投げやりに用件を尋ねる。
「で、俺に何の用?」
あからさまに態度を変えたので、さすがにまずいと思ったらしい。
ゴーフルの奴は笑うのをやめ、機嫌を取るように下から覗き込んでくる。
「怒んないでよ。うーん、オイラが天使で、世界滅ぼされるからそれを止めるための勇者を捜しにだねえ……」
目をうるうるさせながら、ゆっくりした甘ったるいトーンの声で言うも、憎たらしさを増幅させる効果しかない。
(何が勇者だよ……。第一、お前が天使だと!?)
ここまでバカにされると「あまり優しくしない方がいいかもしれない」という確信が更に深まる。
だいたい、こんな品のない天使が、どこの世界にいるというのだ。
「……って言っても、信用してないよね?」
「当たり前だ。人にものを頼んだり、信用してもらおうとする態度には、とうてい見えないからね」
指摘すると、気まずさを含んだごまかすような愛想笑いを向けられた。
それでも冷たく見下ろすと、今度はふてくされたみたいに頬を膨らませ、彼はいわゆる逆切れをしてきた。
「わーかったよ! これ見りゃ分かるかな?」
ゴーフルの背中に羽と、頭上に輪が現れる。触らせてもらうと、羽根は本物だった。
輪と頭の間に手を入れるが、何もない。
「兄ちゃんよぉ、心がせまいとモテないぜ」
憎まれ口を叩く彼の頭は、ちょうど目線の下。
「そうだな。ところでこのアングル、ゲンコツ落とすにはちょうどいいな」
聞えよがしに俺が呟くと、ゴーフルは本当に慌てて「ゴメン」を繰り返した。
「分かったよ」
本物の天使だということは嘘ではないと、「とりあえず」納得はした。
……とりあえずというより、「しぶしぶ」に近いけど。
「……で、『世界が滅ぼされる』だの『勇者を捜しに』というのは、どういう事?」
「その話については、ちゃんと証拠持ってきたよ。疑り深い人間に当たった時のため……兄ちゃんはそうでもないか」
わざとらしく設けられた「数秒の間」には、もう触れないとしよう。
ゴーフルは革の肩掛け鞄から、占い師が持っているような水晶玉を出した。
「これは?」
「『記憶する水晶』っていうのかな? 統率の神からかっぱらってきた」
「バチが当たりそうだな。神様の物を盗むなんて」
説教臭い台詞が自然と口をつく。
仮にも天使を名乗って人前に現れる者が、窃盗だなんて由々しき事態だ。しかしゴーフルは一瞬キョトン、とした後、さもおかしそうに首を振った。
「だいじょーぶだいじょーぶ。あいつ、統率なんてしてるヒマないんだよね。女引っ掛けるのに、忙しいから!」
「う、ウソ言うなよ。神様がそんなことするわけないだろ」
「いやいやホントホント! 孕ませても責任取るヒマもないくらいの、目の回るような忙しさなんだぜ。神ってヘンタ……タイヘンなんだよ」
彼の話が、今まで抱いていた神様のイメージと違いすぎて、組んだ腕がそのまま固まってしまう。
どう見ても一〇歳前後くらいの彼の外見で「孕ませる」という単語を知っていたのも驚きだが、話の内容についていけない。
「だって神様って、そういう人間に、罰を与えたり、人間を導くのが役割なんじゃないの?」
「誰だよ? そんな駄ボラ話地上に流してんの。神ってのも案外腐ってんだぜ。場合によっちゃあ、ウンコにたかる蝿もドン引きしちゃうレベルで」
「……下品な例えだなあ。蝿もドン引きって」
「どっかの神話とかでも読んだことない? あれ書いたやつ、スルドイよ。じつはもと天界にいたんじゃねえの? って思う。オイラの立てた説では、『振り回されてる大天使の誰かが書いた、バクロ本』の可能性が有力だね。……おっとと、話がずれた」
ゴーフルは水晶玉を、ベッドの間にある小さなタンスに乗せた。
「今は統率の神の信用の危機より、世界の危機。みてよ」
玉は光って、それから中で何かが動いていた。見ている内に映像が鮮明になってくる。
映し出されているのは、神官を連想させる法衣に似た服を着た、白く輝く人々だった。
「オイラ会議んとき、お茶くみやらされてさ。この映像はそん時の」
会議の内容は、とんでもない話だった。
人間が増えすぎたからという理由のリセットが目的で、地上に『魔王』を放って災厄を起こしましょうというもの。
「じょ……冗談じゃない!」
これを見てはもうゴーフルの話を、法螺話や悪戯で片付けるわけにもいかなくなった。
《挿入文:コルカノ城塞における、神々の決議》
ここからは、ゴーフルの持つ水晶の見せた内容である。
「増殖する害虫どもに死を!」
統率の神が高らかに宣言すると、評議場は賛成の拍手に包まれる。
それから狩猟の神が、続くように声を上げた。
「そうとも! 我らが『青き宝玉』を汚した罪は重い!」
神々が支配・管理する惑星「エレツ・コハブ」。
もっとも、星の住民は『ガドル・サピール』と呼んでいるが。
三大神王——この一帯の宇宙と空を支配する最高神「天空王」。
生命の源たる海を支配する「海神王」。
母なる大地を治め、地上と冥界の境目を守護する「大地神王」——に、彼らは仕え、また管轄する星々の生命に、働きかける執行人の役割を担っている。
さて、その三大神王からの賜りものでもあるロイヤルブルーの星では日々生命が誕生し、彼らはあるサイクルを営みながら生きている。
いや、星そのものが生命であると言った方が、正しいのかもしれない。
しかし異変は起こる。美しかった星のある部分はひび割れ、ある一部は黒ずむ……といった具合に、神々の宝は目に見えて汚れ、壊れていった。
この由々しき事態に、原因の究明が急がれた。
結果、ヒト型種族、主に人間の急激な増殖のせいであると判明した。当然ながら神々は怒り、人間駆除の方向に意見が傾いた。
薔薇の花に巣くうアブラムシのごとき害虫に成り下がった奴らを、退治しなければならない。美しいものは害虫から、守らねばならない。
おおむねこれが、満場一致の意見であった。
「お待ちください、生きているものの命を単に奪うのは、残酷ともいえましょう」
評議の幕引きに、待ったをかけたのは慈悲の女神。
「こうしてはいかがでしょう? 地獄の牢獄にいる囚人を送り込みます。生き残る事ができた者のみ、罪を許し、復興させましょう」
下級天使の少年が、神々の席にお茶を運ぶ。
会議の内容は、絶対機密として外に持ち出す事はできない。
人間は逆境の中、実は首謀者である神に祈りながら、災いが去るのを待つのである。
さて、神々は評決を終えると、さっそく、冥界への手配を開始する。
所変わり、熱気と、血と、肉が焦げる匂いが漂い、悲鳴が絶えず響き渡るここは、人間達からは「地獄」と呼ばれる。
すでにほとんど骨だけになった死者が互いに武器を交え殺し合い、またとある方面では、罪人が切り刻まれている。
釜ゆでの刑場を抜けると、収容所が見える。
二七九〇八六八番の札がついた鉄の扉の前で、獄卒に連れられた神々の足は止まった。鉄格子の向こうの暗闇から、ぎらつく瞳が、外の世界を凝視していた。
この囚人の名は「アンジェ」という、もとは人間の王だった男。
さて、人間の世で起こったありとあらゆる事件を記録したものの中に「世界大虐殺」という名がある。これは上の歴史で五本の指に入る凶悪事件とされている。
彼は事件の首謀者であり、その残酷さから「魔王」と呼ばれていた。扉が慎重に開かれ、囚人は解放される。
「さあ、仕事だ」
統率の神が命じるも、アンジェは返事すらしない。
さて、先ほどお茶汲みをしていた小天使ゴーフル。
彼は天界の神たちを良く思っておらず、というより、露骨になめていた。
彼はしばしば、天界で、問題を起こしていた。
例えばある時は、ある神の浮気を妻にバラすと脅した。
その妻は天界でも評判の恐妻である。
他にも太った神が昇降装置を使うのを見計らって扉に「故障中」などの張り紙をして、階段を使わせ苦
しめる……など。次々神達を立腹させていた。
いわゆる天界の鼻つまみ者だったのだ。
今回、お茶汲みという役を命じられたのも、神達の見ていない間に悪戯をするのを防ぐ、いわば監視の為である事は、ゴーフル自身もうすうすどころではなく、ハッキリ感づいている。
早速ゴーフルは、神の検索装置に手を掛けた。
平和の神の書斎の鍵を開け、忍び込むのなんて、彼には朝飯前の行為だ。針金一本でできる。
「ちょっくら『バベル』借りるぜ。使ってみたかったんだよね」
この「バベル」と呼ばれる情報術機。
地上の『科学の国カルミア』と呼ばれた文明都市に派遣された、惑星ニビルより派遣された『シュメール』と呼ばれる使者の協力を得て、現地の住民達が作ったものだ。
簡単に言えば人間が千里眼のようにあらゆる情報を取得する機械である。
今はもうその国も、バベルをはじめとする世界中の情報術機も、存在しない。
千里眼を持たぬ下級神達が怒り、カルミアの都市を住民とそこにいたシュメール人ともども、焼き尽くしたからである。
千里眼は、三大神王だけが持つ能力だ。それを地上人が模倣した事に、神々は嫉妬したのである。
二ビルの神々も、ガドル・サピールでの失敗を受けて、他の星の生命体に技術を授けることに、慎重になっている。
「おまえらが魔王やった方が、ピッタリだってーの。さーてと、誰がいっかなー」
この機械にはガトル・サピールはおろか、宇宙の全てのデータが詰まっている。
これで個人を特定して褒美や天罰を下したり、どこに災害をもたらすかも決めるのだ。
早速、検索エンジンを。
すると、自動的に出て来た履歴に、ゴーフルは馬鹿笑いを禁じ得ない。
「わはは、サイッテ―! 裸の女ばっかり」
監視の為の情報集めの道具として使われているこの機械。
統率の神の使い道は、好みの女性を検索するなど、ナンパの道具だった模様。
「千里眼欲しいなら、素直にそう言えばいいのによ」
技術の向上に邁進し、結果、知りすぎたために滅ぼされることになった古代の技術と、知恵を授けたがゆえにとばっちりに遭ったシュメール人を、ゴーフルは憐れんだ。
気を取り直して、彼は候補を絞る。
「出身地はしなびた田舎がいいかな。一五~一八歳。元気と勇気は必須、やっぱヒーローだしね。武器はやっぱり剣でしょ! これ重要! 頭と顔は十人並みよりは上程度……かな」
こっそり遊びに行った地上界で見つけた、お気に入りの物語の主人公のような基準。
この条件で絞り込むと、森林大国トリフィラートの、へんぴな田舎の少年が引っ掛かる。
少年の名はアルフィード=エースペード。
既に村を潰されている。
誠実で勇気のある、今年一七歳の少年。
濃いヘーゼルブラウンの髪と深緑の大きな瞳が印象的で、家柄の項目を見ると、やはり中流ほどの、村では比較的裕福な部類に入る家庭の育ちだ。
「ま、悪かぁないか。よし、こいつに決めた!」
こうして、ゴーフルはアルフィードに会うために、地上へ降り立った。
《本文に戻る》
「人間に非がないわけではない。人間が愚かな行いをしすぎたから、リセットしようというのだろう」
今の映像に対して、そういう解釈をしただろう。
今までの、たったの何分(※時間の単位、地球の『分』にあたる)前の俺であれば。
「今ゴーフルから断片的に聞いた話だけでも、こんな神様達に、罰する資格なんて、あるかどうかですら疑問なのに」
非常に罰当たりな発言だが、監視などしていないのなら別にいいだろう。敬う気も、もうない。
「うんうん。だけどなんかの拍子に……そうだねえ、たとえば統率の神あたりが道歩いてるネエちゃんでも物色してるついでに、見られちゃうこともあるから、その辺は気をつけてね」
道徳はなくても、能力は全能。なんてタチが悪い。
「ぶつくさ言っても仕方ない。とりあえず、差し向けられる『魔王』をなんとかすればいいんだな」
英雄になろうとか、大それた考えはない。『魔王』と呼ばれた奴をなんとかできるとも思えない。
だけど同じ死ぬなら、それまでに何かした方がいい。
至極単純で次元の低い話だし、俺はただの剣をちょっと使えるだけの一般庶民だ。
幼い頃から本格的な軍事訓練をしているとか、そういうわけでもない。
「兄ちゃんとこの村が火事になる前にさ、なにか変なことなかった? たとえばさっきみたいに野生の魔物とか、動物がテリトリーの外に出てくるようになったりとか」
「なんだって!? もう一回言って」
思いがけない情報に、ゴーフルの肩を強く揺さぶる。
つい、加減を忘れてしまったことを思い出して、ハッとした。
「わわっ!? オイラまた、怒らせるようなこと、言った!?」
あの日の何日か前から、狩りで取れる獲物の質が変わった。
少し村から離れると、この辺では見たこともないはずの魔物や、野生生物達に襲われる事が多くなった。
俺も、親友のユングや他の男達も、もう何体倒したか分からないほどに。
倒したものは持ち帰るが、この目新しい品々を、村のみんなは喜ぶどころか気味悪がっていた。
近辺の村への行商も、「必ず複数人」で「最低でも一人は銃を持っていく」という決まりまで、できたくらいだ。
「じゃあ、今までの異変に……ミスティは関係ないんだな!?」
「……へ!? 兄ちゃんナニ言って…………」
とにかく、彼女は何も悪くない!
この事を知って、霧が晴れたように心が明るくなった。早く再会して、このことを知らせてあげなければ。
「ということは……あいつら」
しかしその直後に、無責任な根拠を並べて彼女を、災いを呼ぶ怪物呼ばわりした連中への憎しみが一気に湧いた。
生き物の不安定な状態は、ミスティがいるせいだと陰口を叩く奴も、残念ながらいた。
一〇年前に、魔物が大挙して村へ押し寄せた時と、同じように。
一〇年前の子供世代の連中(つまり俺の同年代前後)が、今日の異変について、声を大にして騒いでいた。
大人達もそれを信じていたり、噂話のネタとしてもヒソヒソ話をしているのもいた。
突然いなくなった原因は、たぶんそんな中居辛くなってしまったのだろう。
間の悪い事に今回、彼女の失踪直後に、オルカントリード地方の村一帯は,大火事に見舞われた。
その事でまた「危機を察して一人だけ逃げた」「村に火を放ったのはあいつだ」という噂が,一部ではまことしやかに囁かれていた。
もちろん俺も、ごく一部のミスティの無実を信じる人達と一緒に、彼女を捜した。
あの村にいたままで彼女が幸せかとは疑問だったが、今はどこもかしこも、女の子が一人で生きていくには過酷すぎる。
「ねー……さっきから一人で盛り上がってるケド、『ミスティ』って、誰?」
「ゴ、ゴメン。今行方不明の、知り合いでさ。昼間買ったチョコレート・クリスプは、彼女から、お土産でもらって知ったんだよ」
ハードな仕事をこなす労働者の携行食だから、体を動かす人にはぴったりじゃないかと、道場の定期試合の時に差し入れでくれたのだ。
肩身の狭い思いをしていた彼女も、村のみんなと仲良くなろうと、初めての給料で買ったものだった。
だけど村長の孫ロバートを筆頭に「底辺職があくせくしながら食うようなもん渡すなんて、俺達をバカにしてるのか!?」と、村の男子どもの大多数が捨ててしまったという、最悪の結果になってしまった。
俺とユングと、そしてアリアで拾って食べた(個別包装なので、中身は問題なく食べられる)。
それ以来ミスティは、道場に差し入れを持って来る時も俺とユング以外の男子には、差し入れをしなくなった。
頭を切り替え、話を戻す。
「分かった、しぶしぶながらも君を信じるよ。それはそうと、君はどうして俺に?」
「あー、アヤしい。急に話切り変えるとか」
「だって、もっと頼りになりそうな人は、他にもいっぱいいそうじゃないか」
同じ条件であれば身近な例だと、ユングとかでもいい。
勇者とかヒーローと呼ばれる立場になるなら、一部の男からは蛇蝎の如く嫌われる俺よりも、愛想が良くて、男女問わず仲良くなれる彼の方が向いている気がする。
「ま、いいや。それはねえ。ははは、じつはオイラ、地上界の本好きでさあ。それに出てくる勇者に似てる奴って基準にしたんだよねえ。で、しばらく言わなかったのは、悪いけど、チョット試させてもらったんだ。猫かぶってたのは、見極める前に『あっち行け、クソガキ!』って、追い払われたら困るから」
「へー、自覚はあったんだな」
自分をよく知ったやり口に、感心するやら呆れるやら。「では改めろ」と言ったって、この手の奴には通じないだろうけど。
「で、その魔王はどこにいるんだ? それとも、次に攻撃される場所が決まっていて、そこに先回りするのか?」
尋ねるとゴーフルは深刻そうに、眉間にしわを寄せて両腕を組んだ。
「……うーん」
「何だよ?」
「むむむむむ」
嫌な想像をして、次の言葉に備えた。
「わかんない、どうしようか?」
頼みに来ておきながら、その相手に何をして欲しいのか分からないとは。
俺はがくり、と大きく肩を落とさずにはいられなかった。
「しっかりしてくれよ! 君は俺に何とかして欲しくて来たんだろ!?」
「だってさ……急いで来たからさ。ゴメン。反省してる。これはホント、ゴメンなさい!」




