【第3話 ミスティ編:暗い森の道の中で】
《3-1森の中の焚火》
「うげあぁああっ!!」
物凄い悲鳴が突然、夜のしじまを破る。
「何ッ!?」
無意識に声を上げてしまっていた。体は反射的に悲鳴のした方を向く。
目を凝らすも、黒洞々とした暗闇があるばかりで、確認する事ができない。
この間の、ワイルドドッグの事が鮮明に蘇った。
強い痛みを一気に加えられて、絞り出されたような悲痛な叫び声を、もう一度思い出す。
体の表面に寒気が走り、銃の弾の残数をチェックした。
何も考えずに走りたいと急ごうとする足を、グッと理性で抑え、音を立てないようにつま先まで神経を注ぐ。
しばらく進むと、木々の向こうから焦げ臭い匂いと、焚火の音がした。
(誰か、いるの?)
こんな所でキャンプを張るなんて。
村や街の周辺は、王都から派遣された魔導師や神官によって施された、特別な魔物除けの措置がされている。
そのため魔物が近づいてくる事はない。
しかしその中間の森には、時々出るのだ。
テリトリーはもっと深い場所だけど、そこを外れたのが時たま現れる。
土地勘のある地元の住民は、出ないポイントを知っていて、そこを街道として使っているにすぎない。
それでもこんな時間まで、森の中にいるという事は、決してないだろう。……私のように、意図的にこの時間に、追い出されたのでもない限りは。
(旅の人? 迷ったまま日没を迎えたのかしら。気の毒に)
それで夜中でも、交代か、一人ならば寝ずに火を焚いて、周囲を警戒しなければならなくなったのか。
音を立てずにと心掛けつつも、焚火の音と匂いをたどる気持ちは焦る。
私とて、いくら慣れた道とはいえ、こんな夜に放り出されたのだから、心細い。
パチパチ火のはぜる音と、肉の焦げる匂いが強くなる。
人に会えるという安堵と、心の隅に「何者か分からない」という少しの警戒心を置きつつ、木の陰に隠れて様子を伺いつつ明るい方を伺った。
焚火の主が分かると、明るい気持ちは吹き飛んだ。
また音を立てないようにと、足元に注意を払う。しかし目も離せない。
結論から言うと、焚き火をしていたのは人ではなかった。
二匹のオーガが、骨つき肉を食べていたのだ。
オーガの好物と、さきほどの悲鳴……この二つの情報だけで、彼らが食べていたのものが何なのか、すぐに想像できた。
やはり街へ急いだほうがよさそうだ。
他の動物型の魔物ならまだしも、オーガがこんな所に出たなんて、聞いた事がない。
今まで信じていた常識が崩れ、「街も安全ではないかも」という所にまで、考えが飛躍する。
それでも
(森で夜明かしなんて、冗談じゃあない!)
せめて、壁や屋根のある場所で、夜を過ごしたかった。
気が付くと、私の足は音など気にせず走り出している。もう気付かれているかなんて、どうでもいい。
辺りが少し明るくなる。
月明かりだ。
街道に戻ったのだ。
しかしまたすぐ、ふっと闇が私の周辺を包む。嫌な気持ちになって横に跳ぶと、私のいた場所には、鉄の塊がめり込んでいた。
私の頭上に落とされるはずだった鉄の棍棒を見て、ゾッとする。
一瞬避けるのが遅れたら、ぺしゃんこどころか、いろいろなものが飛び散って、つぶれたひき肉だろう。
しかし武器を拾い上げるオーガが動作がのっそりしているのを見て、これ幸いと足を速める。
明るい所に出たのは、場所を知られてしまった原因の一端かもしれない。
だけど、月明かりがない場所で襲われていたら、棍棒の影には気が付かなかっただろう。
(どっちが正解だったかなんて考えても、後の祭りだろうけど!)
振り返ってすぐに銃を構えて、引き金に指をかける。
その間にも、一体のオーガがすごい速さで突進してきて、距離は縮まっていく。
だいぶ近づいたところで、オーガの足は減速した。その瞬間を逃さず、左胸を撃った。
胸から血を流したオーガは、傷口を押さえて呻く。しかし……
「いってぇな」
と言って、オーガは手に着いた血を払う。
一瞬ホッとした事を後悔する。黄色い目がギョロリと睨んだ。
絶望しながらも、同時に頭を撃ったが、やはり表面が傷ついただけだった。
「……うそ」
脳天も、心臓も狙えない。
しかも一度存在と殺意を知られてしまっている。
そんな相手を仕留め損ねた絶望感は大きい。
逃げなければ。
後ろから追ってくる足音が増える。
目の前の一体に気を取られていたけれど、オーガは「二体」で、焚火を囲んでいたじゃないか。
(ドラゴン用の弾丸、少しは持っておくんだった)
街の武器ショップで高い弾丸を勧められた時に「この周辺では使わない」と、断ってしまった。
あの時の自分を殴って説教してやりたいほど悔やんだが、もう遅い。
一体は無視して、もう一体に集中する。
そいつが棍棒を使うために腕を振り下ろしたところで、足首を撃った。体を支える軸がぶれて、バランスを崩して転倒する。
その隙に、無視していたもう片方の顔面……あわよくば目を狙って、逃げながら撃つ。
右目に、弾が一発命中してくれた。
彼らが痛みを感じてくれるのは幸い(というと聞こえ悪いけど、私の助かる唯一の道だ)だろう、目を撃った方は天を仰ぐようにして咆哮を上げた。
後ろに回り、隙だらけの足元に飛び込んで剣を抜き、ふくらはぎと踵の間にある踵骨腱を斬る。背中から、心臓を突き刺した。
安堵する暇もなく、もう一つの、引きずるような足音が追いついてくる。
(どうしよう)
再び走り出したが、正直とても疲れている。
昼間立ち仕事だった上に、さっきまで走っていたのだ。
オーガの足音よりも、自分の切れ切れの息の方が、大きく聞こえる。
加えてこのオーガ……と、チラリと振り返る。
巨体のくせに、速い。足を引きずってはいるが、それでも走れるのは持久力ゆえか、皮膚や骨そのものの強度なのか。
突然、オーガが消えた。死体を含めた二体ともだ。
本当に、ふっと。
繰り返すがランプの灯を消すように、「消えた」。
「え? え?」
あまりに突然の事に、私は狼狽し、ひざが崩れ落ちた。
一瞬だけだったが黒い炎と、オーガの驚きの表情が見えた気がした。苦悶の表情に変わる前、いやもしかして、熱いと認識する前に燃えてしまった……とでもいうのだろうか?
「短い、夢だったのかな?」
今しがた見えた炎の幻が、まだ暗い視界の中チカチカする。静かになった森の中に、また足音がした。
「……ええ? またぁ?」
疲れから、後ろを振り返りながら不満が漏れるのを、我慢できなかった。もう、走れるかですら、怪しいのだ。
しかしそこにいたのは、オーガではなかった。
「あなたは」
《3-2ベリオット=シュットガイストの問い。『叶えたい願いはないか?』》
現れたのは、あの昼間の客の護衛の方だった。
確か名前は、ベリオットといった。
「え、と。……ありがとう」
彼は私を一瞥し、歩き去ろうとしたように見えた。私はその後ろ姿を見送ろうとした。
「ついて来い」
静かに、しかしはっきりした口調で彼は言った。
「ギャラクスからお前を迎えに行けとの命令で、俺はここまで来た」
森を抜けて、ゼーンズフトの街に出る。
彼に連れて来られたのは、港のそばにある大きな、高級感のある宿屋だった。
一瞬ギョッとしたものの、今日の理不尽な出来事で半ばヤケ気味だった為、反抗する元気はもはやない。
そんなわけで、今しがた「ベリオット=シュットガイスト」というフルネームだと判明しただけの彼に、のこのこついて宿に入る。
洗練された制服を着た受付係から鍵を預かった後、彼は言った。
「伝言だ。『話したいことがあるから、明日『金剛館』に来てほしい。時間も時間だから、今日の所は私の取った宿屋で休んでくれ』だと」
(……なあんだ)
肩の力が抜ける。
どうやら「やらしいこと」を考えていたのは、私だけだったようだ。
(口に出さなくてよかった)
無駄に終わった危惧を胸にしまう。
さてさて彼のご主人、ギャラクスさん。
レオパルテ王国の人だとは言っていたが、金剛館、つまり迎賓館にいるってことは、相当偉い人なんだろうけど。
予め部屋を、しかも会ったばかりの小娘一人の為に、こんな豪華な宿屋を用意してくれたのはありがたいし、その財力はさすがといったところ。
けれど、迎えをよこしたところで、私が「嫌」と言ったらどうしたのだろう。
キャンセルするのか。
それとも自分か、この彼が泊まるのか。
どうでもいいことを考えながら、ドアを開けて通してくれるベリオットに頭を軽く下げる。
「ちょっと待て」
ベリオットが私を止めると、手も触れていないのに窓側にあった肘掛け椅子が、ふわりと飛んで中央の小さなテーブルの所に移動した。
「どうした、座れ」
向かいにすでに座っているベリオットが、今飛ばしたひじ掛け椅子を私にすすめた。
おそらく、手で椅子を運ぶのと同じくらい、彼にとっては何の変哲もない行為なのだ。
「いいの? 座っちゃって」
まるで生き物みたいに動いから、ちょっぴりかわいそうな気がして、腰を下ろすのが躊躇
われる。
「なんだ? 言っておくがこの椅子は、噛みついたりなどはしないぞ」
「『この椅子』は?」
妙に引っかかる言い方をされて、顔をしかめてオウム返ししてしまう。
「嫁いびり女のように細かい奴だ。とにかく座れ」
椅子が噛みつきはしないのは常識だ。「この椅子」も含めて。だから私が言葉尻を引っ掴んだ形になったであろう。
今の会話を整理していると、彼は思い出したように言った。
「魔界のベルガー伯爵の城のイスは、噛みつく奴が多いが、この街のものは」
「あるんじゃないのよ。噛みつく椅子が!」
そんなものがこの世に存在するのに、警戒したら嫁イビリだなんて、失礼しちゃう。
「え、いいやちょっと待って!」
頭の中でぶつくさ文句を言っている途中、おかしなことに気が付いて、目を見開いて彼を問いただす。
「噛みつくの!? 椅子が!?」
「魔法生物がいないのか? この地方には」
魔法の研究が盛んな、プリムスコロナ帝国ではあるまいし。そんなものは書物の中だけの話だ。
「ちなみに……あなた、噛まれた事あるの?」
「凶暴な奴にはよく、尻を噛まれる」
それにしてもと、部屋を見回す余裕ができる。
立派な部屋だった。ごくふつうのベッドに、武骨な木のデスクがあるだけの、村の宿屋とはえらい違いだ。
窓に掛けられた、大きなレースのカーテンをまじまじ見てしまう。
この椅子だってビロードが張ってあって、ふかふかだ。この一本足の丸いテーブルも、白い花のようなティーカップや、一輪挿しのガラスの花瓶や、バラの香りのキャンドルなんか置いたら、さぞかし似合うだろう。
それに、とカーテンを開いてみる。
こんな絵画のような用途の窓、村の宿にはついていない。
窓は換気の為のものだと、ずっと信じていた。
外に広がる夜の海なんて、初めて見る。
波間に揺れる月の青白い光が、息を呑むほどきれい。入ったら二度と戻れなくなる、といった深い闇。ゾッとするほど惹き付けられた。
この星を、最初に「ガドル・サピール」と呼んだのは誰だろう。
「まあいい。お前、叶えたい願いはないか?」
「できるの? そんなこと」
脈絡もなくこんな話が出て来るので、窓に張り付いたまま、訊き返してしまった。
「これはギャラクス関係なく、俺個人の話になる。俺は、魔族だ。代償次第では、どんな願いも聞いてやろう」
「どんな願いも?」
興味を引かれて身を乗り出した。
魔族、という言葉に怯えるよりも、神秘的なこの話に、正直にわくわくした。
それに、さっきの夜道に放り出された時の門の閉まる音や、オーガの方がよほど怖かった。
「話だけなら聞いてやる」
「……なにそれ? 叶えてくれるんじゃないの?」
勝手に期待しておいてなんだが、落胆を隠せず不満が口をつく。
「『叶えてやる』とは言ってない」
「そんなんで代償とるの?」
話だけで代償が取られるなら、そんなバカな話はない。
その辺で井戸端会議をしている話好きのおばちゃん達は、もれなく大富豪になれてしまう。
「全てを叶えてやる事はできない。禁止事項もある」
「ああ、そういう意味」
だったら確かに「何でも願いを叶えてやる」とは言えない。
「ひとつだけ?」
「代償次第だ」
なるほど。
いくらでも願いは叶えてくれるけど、その分払いも厳しくなる、というわけか。
「そうすると、あんまりポンポン言えないね。うーん、どうしよう?」
あのしょっぱい村を守るボロい門を吹きとばしてやったら、さぞかし気持ちいいだろうな。と、被害者意識全開の妄想をしてしまう。
(戦争の写真で見たあれ、『ライフルグレネード』。いやいや、せっかくの契約なら高射砲で……。あとはそれが持てる筋力があれば)
考えるだけは誰にも迷惑かけないし、くだらない妄想くらいしたって、バチは当たらないだろう。
叶えたい願いなら、実は他にある。「不可能」「禁止事項」だと、突っぱねられる可能性が高くて、躊躇しているが。
(言うだけなら、構わないわよね)
《3-3叶えたい願い》
ダメもとで願ってみようと、口を開こうとした時だった。
「死人を生き返らせる場合は」
私の心を読んだようなタイミングで、ベリオットがルールについて説明を始めた。
「死体が存在していることが絶対の条件だ。なおかつ原型をとどめていて、腐乱していない場合に限られる」
「……そりゃそうね」
声に出して呟いた。自分に言い聞かせる為に。
言い損ねた「母さんを生き返らせて」の願いを、いったん胸に留めて考え直す。
「どうしてもと言われれば、やってやらんことはないが。全員、生き返った奴を拒否した」
ベリオットの言う形で叶った願いを想像して、血肉の臭いが鼻腔内に蘇る。
あの日見た、飛び散る赤黒い骨肉が、集まって生き返るということだ。
私が見た時はもう、いくらか鳥や獣に食い荒らされて、原形はほぼなくなっていた。
生きててくれるなら、どんな形でも。
そんなことを思っていたくせに、喉から声に出す勇気は出ない。
第一、とっくに火葬されて、お墓に入ってしまったじゃないか。
さて、私自身はどんなにしんどくても、これから先、生きていかなければならない。
それならば「生きるに必要なものをもらう」という選択肢が出た。だったら、と、候補を絞る。
「一人でやってくには、やっぱりお金がいるよね。あ、でも力も欲しいな。それなら戦士とか……魔導師になって、お金稼ぐっていう手も」
整理する為に口に出していると「将校でもない限り、戦士は危険な仕事の割には報酬が少なく、すごく強くても貧乏な場合も多い」と、聞いた事があったのを思い出した。
「魔導師も、研究にはかなりのお金かかるらしいし……うーん」
それなら、やっぱりシンプルに「お金持ち」にしてもらうか。
……しかしお金を持つ器がなければ、一瞬で全て失うこともある、と考えが堂々巡りになる。
「お前、俺と契約しないか?」
「け、契約? この願いを叶えてもらうのとは、別の話?」
「言い方が悪かったな。今言ったのは、俺の眷属になるかどうかの話だ。人間を捨て、魔族になる」
私は人間側に未練なんてない。悪魔が人間の敵ならば、それでも結構だ。
「だけど」
と、二つ返事をしたいのをいったん踏みとどまり、「悪魔になる」という事の意味を考える。
単に種族が変わるだけなのか。
私は、私のままでいられるか。
うまく言い表せない不安が、返事をしたい私の口を凍結させている。
急にベリオットが立ち上がる。背が高いので迫力がある。
「何? 何?」
びくつく私を両手で抱き上げ、ベッドに放り投げた。
起き上がれないままベリオットを見つめ、私は身を固くした。
「寝ろ。明日の朝にまた迎えに来るから。考えておけ」
そう言って、ベリオットは部屋を出た。
出入り口以外にもドアがあるのが気になっていたので、何だろうと思って[[rb:覗 > のぞ]]く。
「え!? お風呂がある」
村の宿屋の風呂や、仕事終わりが遅くなる時に使っていた安宿には、時間制の大きな浴場しかない。
だから個室にあるなんて驚きだった。
私が知らなかっただけで、上客のために風呂つきの個室はあったのかもしれないけれど。
「やった、体洗っちゃおう」
怖い思いをして走り回ったので、部屋を出ずに汗を流せるのは素直に嬉しい。
(ラッキー……と言いたいとこだけど、この部屋一泊いくらなの?)
会ったばかりの、ほぼ面識のない人にお金を出してもらうのは、ちょっぴり気が引ける。
服をはだける際に下を見ると、さっと顔の力が抜けていく。血の気が引くとはまさに、この事だろう。
「ネックレスが……ない!」
母さんの形見のネックレスは、二つ。
ベッドの下に隠し持っていた方とは別に、もう片方は肌身離さず、服の中に下げていた。だから服を脱ぐまで気が付かなかったのだ。
「きっと……落としたんだ」
探さなければと、夢中で宿を飛び出した。
これまで来た道を辿ったが、残念ながら見つけられなかった。
拾われてしまったか、もしくは……
(まさか、森の中で)
森に戻るのは恐ろしい。
途方に暮れていると、ベリオットの言っていた「願い」が頭をよぎった。
彼のいる時に気付いていれば、迷わず私は「ネックレスを探して」と言っただろう。
たかがネックレスと、事情を知らない人は思うだろう。
だけど母さんから、生まれた時に授かった。そして彼女がいない今、形見の品になってしまった。
よって「かなり珍しい貴重な宝石らしい(その宝石の詳細については、もう永久に訊けなくなるものとは、その時は知らなかった)」という事実を差し引いても、替えはきかない。
(金剛館、行ってみようかな)
ベリオットがいれば、ネックレスを探してもらう。
でも館までは距離がある上に、こんな夜中である。
いてもたってもいられず、私は最悪に愚かな選択をした。森へ、入ったのだ。
もし見つからなかったら、朝彼が来た時すぐに、さっきの「願い」を使おう。
私の願いもむなしく、いくら探しても見つからない。気が付くと、村の前まで戻って来てしまっていた。
すると、月明かりに反射した何かが、視界の中で光った。
(まさか……!)
祈る気持ちでその光る物に駆け寄る。まさしくそれは、私の探していた石のネックレスだ。
下げていた革紐が脆くなって、擦り切れていたみたいだ。
「よかったぁ」
すっかり安堵し、紐を今度はしっかり結び直す。
その瞬間、高い破裂音が辺りに響く。
何事か理解する前に、地面に倒れた。銃声だと気付くと同時に、地面に赤い水たまりが広がる。
手についたその生暖かいものを目で認識すると、鋭い痛みと恐怖が襲った。足音が近づいて来たが、逃げようにも立ち上がれない。それどころか痛いし、血が足りなくて、足すら動かない。
次の瞬間の彼らの言葉は、恐怖のどん底だと思っていた私を、更に底に突き落とした。
「この疫病神、戻って来たやがったか!」
彼らは、私だと「気付いて」撃ったのだ。魔物や野生動物と、間違って撃ったわけではなく。
「いいのか? 殺さないで追い出すって事になってたんだろ?」
「いいんだよ!」
「でも、村長に知れたら事だぞ」
私の体は、木の床に乗せられた。荷車だ。
狩りの時や、肉を売りに行くときに、獲物を乗せるあれだ。処分、という言葉が頭をよぎる。気絶しているフリをして薄目を開け、様子を伺う。体の自由は利かない。
「クソッ、手間かけさせやがってクソガキ」
「もう少し行った所に下ろそう。獣に喰われた姿で見つけたって報告すりゃあ、誰も疑わないさ」
「母親と同じだな。因果応報ってモンだ」
指が、自然と握りしめられた。
冗談で思っていた、グレネードをぶち込んでやりたい、という気持ちが、私の中で本気に変わっていく。
「だけど」
一方の男のこの言葉に、私は耳をピンと立てた。他は出血で思うようにいかないのに、耳だけは全ての
神経が集まったようによく聴こえる。
「確かあの時来た魔物って、卵」
視界が、ぐにゃり、と曲がって頭痛が意識を保つのを妨げた。続きが、聴きたいのに。そこから目が、強制的に閉じた。
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