《25-2処刑用の魔兵器アメミット》
このお家に御厄介になって、何日か経った。
「治ってる!?」
腕の包帯を取ると、傷どころか、痕すら残っていない。
王都の医者からは「トキノメ」の爪のせいで、完全に治るまで結構かかると言われていたのに。
いくら回復力も上がっているとはいえ、本当の魔族化ならいざ知らず、こんなに早く治るのはありだろうか。
なんでも、梟の魔物トキノメは、相手の周りに流れる時間を速めたり遅くしたりするだけでなく、その時に負っている怪我や病気の回復を遅くするという特殊な毒を持った爪を持っているのだとか。
だから治るまで、家にいていいという許可をもらった。
賞金稼ぎで稼いでいたおかげで、食費といったお金の面では迷惑をかけずに済むのは幸いだったが、なんだか心苦しいので、無理のない範囲で家事を手伝わせてもらうことにした。
この家では家事全般は、女の子……アミーが担当しているようだった。
痛み止めが効いている間、私は彼女と並んで食事の支度や、掃除や洗濯をしたり、物置部屋に並んだものの手入れや、時にはスリザスさんの書き物を手伝ったりもした。
最初私は、スリザスさんと彼女を親子だと思っていた。
でも彼女は彼を「先生」と呼んでいたので、どういう関係か、訊いてみた事があった。
「先生って呼んでるけど、住み込みで魔法とか教わってるの?」
実験器具の手入れを一緒にしている時だった。私はその時、試験管やフラスコを洗っていた。
「はい。『つい最近』、身寄りのない私を、先生が引き取ってくださって」
アミーは庭から採って来たばかりの植物を詰めた籠を、棚にしまいながら答えた。
「……なんかゴメン、悲しいこと思い出させちゃったね」
「いえ。でも先生に会えてよかったとは思います」
体が冷たい理由については、尋ねられないままだった。
理由なく長居も悪いし、明日もう一度施療院に行って大丈夫そうだったら、お暇させてもらおうと思い、その日の夜は眠りについた。
ドアの外で床が軋む音がした。
誰か起きたかなと、なんとなく覗くと玄関が開いていて、この家の主、スリザスさんが煙草を吸っていた。
「起きてしまったか」
私に気付くと、彼は煙管を片手にこちらに振り向く。
「何してるんですか?」
「煙草を知らんのか。まさか、オルカントリード地方の出身とか、言わないだろうな?」
田舎だもんな、あそこ。
オルカントリード地方というより、あの村どうしで固まった集落は、物や情報の流通を、わざと拒んでいるような土地だ。
外の人からすれば、さぞかし無知に映るだろう。
だから村の中に、街灯ができていたのには私も驚いた。
「煙草は知ってますけど、そうです。その言い方だと、オルカントリードに知り合いでもいるんですか?」
「まあな……しかし」
包帯も取れた、無傷の両腕を見て、スリザスさんが言う。
「もう、治ったんだな」
「はい。施療院に連れて行ってくれたのと。分けてくれた薬草のおかげですっかり。でもお医者さんは、当分かかるって言ってたのに、どうして?」
私の今の言葉で、スリザスさんは驚いたような表情をしている。
「それとも包帯に、特殊な魔法……治癒魔法みたいのがかかってる、とか?」
「いや、いたって普通の包帯しか、使ってない」
「それにしては、効き目が早くないですか?」
「薬の効き目を強化する魔法なら使ったが」
「なるほど。すごい、そんな魔法もあるんですね」
するとここで彼の口から、小さい声だが「効くんだな、あの草」と、嫌な台詞が聞こえる。
ひょっとしたら薬草かどうかすら、判明していないのではないか。
「ちょっと!? なに得体のしれないもん、人の傷口に塗り込めてんですか!?」
「失礼なことを言うな。最近発見されたばかりの、貴重な植物なんだぞ」
「……効果、判明してるんですよね?」
「ぁあ、したした」
ぼそっと「今お前の体で」と、付け足される。
あれを持って来たのは、アミーだったけど。
「子供に人体実験の片棒、担がせてんじゃないわよ」
危険は夜の森だけじゃない、と思い知らされる。
「冗談だ。一〇〇〇年以上前に滅んだある小国で、傷薬として使われていたことが判明してるよ」
だいぶ持って回った言い方をしているが、問題はその一〇〇〇年前の薬が、現代でも使われているかどうか。
「今は?」
「流通は『まだ、させていない』」
「はぁ!?」
やっぱり信用できないではないか。
そんなに古くから発見されておきながら、現在流通していない意味は、考えたくもない。
もっと安価だったり効き目のあるものが出てきたりして、廃れてしまったのならまだいいが。後になって、とんでもない毒だったと、判明するものだってある(水銀やオピウムなんか、最近になって騒がれ始めた)。
「『最近発見されたばかり』だと言っただろう。件の小国は焼け野原になり、その国固有の植物だったその薬草も、絶滅してしまった。だが、小国があった場所の地層から種子が見つかって、今日まで花壇で育てていたんだ」
「で、その効能を私で試した……と」
「見つけたのは、アミーだった。資材に使う鉱物を採っていた時に、見つけたんだ」
「あの子が? すごいじゃない。ていうか魔導師って子供の頃から随分、ハードなことするんですね」
彼女の名前が出たので、あの感触のことを尋ねてみようかと思いつく。
尋ねてみようと思ったが、すんでのところで思い留まった。
会ったばかりの他人に話してくれないだろうし、好奇の目で見ていると思われたくはない。
少し長い沈黙の後、スリザスさんが言った。
「少しばかり、長話をしてもいいか? 泊っていく客人は、久しぶりだ」
だろうね。
助けてもらっておいてなんだけど、この人偏屈だし、友達いなさそうだもの。
「その、アミーの話だ。初めて出会った日、雨の中森に一人でいたから、家に上がらせたんだ」
黙ってはいたがもう一つ、ちょっと別の違和感が、ここに来た時からずっとあった。
しかし今のスリザスさんの言葉で、私の失礼な想像は否定された。他人事ながらホッとしてしまった。
彼女の正体が人形タイプの魔法生物(食物をエネルギーに変換できるタイプもいて、本物の人間との区別ができないと、ゼーンズフトにいた頃、聞いた事がある)だったとして。
顔がいくら良くても友達のいない中年男性が、幼い少女人形だけを話し相手に暮らしているというのも、なかなかに不気味である。
その人形が本人によって、作られたり買われたりしたのなら尚更。
こんな失礼な想像をしているだなんて口には出せないと、引き続き、彼の話に耳を傾けた。
「身の上について尋ねても、『家はもうない』『親はいない』と言う。他の質問には答えない。最後に名前を尋ねると『アメミット』と答えた」
「怪物の名前じゃない! ずいぶん、ヒドイ趣味の親ね」
思わず眉をひそめた。どこの親が、子供、しかも女の子にそんな名前を付ける?
「呼びにくいというだけの意図で、アミーと呼び始めたんだが。あの子自身、公式の場でもそう名乗るようになったよ」
そりゃそうだ。
化け物と呼ばれていた私は、親から怪物の名前を頂戴することについてイメージし、心の中で毒づいた。
「結局名前と、居場所がないことしか判らなかったから、弟子入りという形で住まわせた。ただ、一緒に過ごす内に、妙な点に気付いた」
「妙って」
あの手の感触が、真っ先に候補に浮かぶ。
「俺が教えたことをすぐに、かつ完璧に覚えるんだが」
「いいことじゃないですか。本人の素質だったり努力だったりがあってもが、スリザスさんが教えるの、それだけ上手ってことですよね?」
弟子の自慢か。それとも、子供にしては出来過ぎで、逆に将来が心配になりそうと言いたいのか。
「それが、完璧すぎた。不自然なくらいに。どうも最初から知っていて、なのに初めて知ったかのようなふりをしている雰囲気があった」
「確かに変ね。逆ならまだしも、そんなことする意味ってある?」
「初めて見るはずの鉱物や植物といった資材が、触るだけで危険な場合とか。知らずに私が触ろうとすると『危ない!』『触らないで』と、声を荒げたり。言語統一前の言葉……それも大人の魔導師も知らない奴が多いような、かなりマイナーな言語を知っていたり」
「言語統一?」
「約二七〇〇年前、簡単に言えば世界が魔王に支配されていた時期があった。その支配の一環として、言語が統一されたんだ。その時廃止された言語が、一般的に『古代語』と呼ばれている」
世界中が同じ言葉を使っているのを、当たり前すぎて疑問に思ったことはなかったけど、そういう経緯があったのか。
「話戻ると、知識量が、勉強熱心な子供の範囲を超えてるかもですね。アミーちゃん、実は前世の記憶でもあったりして」
それか実は子供に姿を変える魔法でも、使っていたりして。
煙を吐いた後、スリザスさんは「いや」と否定した。
「ある日誤って、アミーがガラスの器具を割ってしまった事があった。手に傷を負ったのに、血が出なかったんだ。その傷も一時刻もしない内に、消えてしまっていた。その時まで気にしていなかった彼女の素性が、急に気になって問いただした」
そこまで言うと、少し話しにくそうにスリザスさんはまごついた。
「さっき、アミーがある小国のあった場所の地層で、植物の種子を見つけたと言っただろ? その国が滅びたのは」
こう前置きして彼は続けた。
「一〇〇〇年前、戦好きだった当時のレガリア王が、神官に兵器として作らせたゴーレムの手によって、滅びた。そのゴーレムの名は…………アメミット」
この名前が出て、彼女が子供らしくないという話と、傷の話が一本の線で繋がる。
「え!? じゃあ……」
「ああ」
吐かれた煙草の白い煙が、闇夜の風に消える。
「この名の由来は、死者の裁判の話に出てくる怪物の名前。あの娘は罪人、つまり敵国の者を喰い殺す怪物として作られた。この惨劇の数日前、その小国の王の一〇歳になる娘が行方不明になった。アメミットの容姿は、その娘に瓜二つだったそうだ」
「そのお姫様に似せて、作ったのね。残酷」
古今東西、いわゆる「そっくりさん攻撃」とは常套手段なようだ。やっぱり、効くから。敵を油断させるにも、精神的なダメージを負わせるのにも。
「半分正解で半分違うな。ゴーレムの作り方を知っているか?」
私は首を横に振った。土の体を持つ魔法生物、という漠然としたイメージしか持っていなかったから。
「その人物の体の一部を核として使う」
「……ひどい」
以外の言葉が見つからなかった。
国王の娘は入れ替わっていたのではなく、その兵器の中にいた。姫は殺されたばかりでなく、兵器として祖国や国民、家族すらも手に掛け、永い孤独を生きることになった。
敵国の王の娘の哀れな末路を含めて、当時のレガリア王は計算していたのだろうか。
「そして真理を意味する『エメト』の呪文を、体のどこかに仕込む。紙を額に貼るのが本来のやり方だが、その紙が弱点になるので、服で隠れる場所に貼ったり、焼き印をするやり方が多いな。そうすると、土の人形は、その本人瓜二つの外見と、声を得る。やり方は作る魔導師になってバラつきがあるが。当時は、使ったパーツが多ければ多いほど、怨念が籠って強い個体ができると信じられていたせいで、ベースとなる土にも、血や切り刻んだ内臓を練り込むなんてやり方を取る奴が、多かったそうだ」




