【第25話ミスティ編:一〇〇〇年を超える旅】]《25-1薬草を貼る冷たい手》
「……参った…………完っ全に、失敗した」
急いで港へ行こうと、森を突っ切る道を使って近道しようとして、迷ってしまったのだ。
というのも、道を遮る倒木が、実は擬態した魔物だったのが、悲劇の始まりだった。
倒木だと思ってまたいで通ろうとしたら、その木が急に起き上がり、枝を蔓のように伸ばして襲ってくるのだから、心臓に悪いったらない。
転びかけて動揺する私の視界に飛び込んできたのは、枝に生えている葉っぱ全てから、虫のような足が生えてくるという光景だった。
樹皮の半分を覆っている苔は、なんだか動いている……と思いきや、私の足元まで移動してきて靴の先端を飲み込もうとしている。
……つまり葉や苔に見えているのは、木の魔物に寄生する別の魔物。
「なにこれ、キッショ!」
足で苔と、すでに足元まで来ている葉っぱの虫を振り払い、魔法で凍らせて動きを奪う。
その隙に起き上がって逃げようとすると、木になっていた、干からびた実が「パカッ」という音を立てて爆ぜた。
爆ぜた赤紫の、木の実の中身……巨大な目玉が赤い汁を涙のように滴らせながら、こちらに黒い瞳を向けた。
お酒っぽさの混ざる甘い匂いがして、クラクラするのに心臓が高鳴るというおかしな感覚がする。
心臓の高鳴りは、この臭いを長く嗅いではいけないという「生存本能」が警告しているかのようで、とにかく走って逃げる。
走って逃げる内に、道の両サイドの木々の中から何か鳥のようなものが出てきて、顔目掛けて爪を立てた。
顔を庇いながら鳥の姿を見ると、梟の集団だった。
影のように真っ黒なもの、木目に似た目を大量に持つもの、時計の文字盤みたいな模様のもいれば、骨の梟までいた。
「何なのよぉ、もう!」
振り払う自分の手が、急にゆっくりになったり戻ったりと、奇妙な感覚になる。
目に黒い爪が迫ってきたところで、大慌てで氷の魔法を使って、木目のような目を持つ梟を地面に落とした。
逃げている最中に、変なことに気付く。
梟に襲われている間どうしてか、時計みたいなカチカチ音がしていたが、離れるとしなくなる。
「もしかして、梟から音してた?」
森の奥から重量感のある足音と、獣の匂いがしてくる。
(もしかして、熊!?)
大型の魔物用に新調した銃に手を掛けつつ、木々の隙間からチラつく影を注視ながら、足を急がせる。
ペースを緩めたつもりはないのに、急に景色が過ぎるのが遅くなる。
「え!?」
動揺していると、後ろからカッチカッチカッチ……という時計そっくりな音が迫っていた。
「ブライン・エッジ」
異様に遅い自分の声に苛立ちを覚えつつ、氷の刃を木々の中と、後ろから迫る梟の群れに飛ばす。
距離がある内に詠唱したのがよかったのか、氷の刃は木々の群れから出てきた巨大な梟のような頭を斬り落とした。
しかし首を失った胴体がこちら目掛けて飛んできて、避けようとした。
視界の隅で、追ってきた梟達が地面に落ちるのが見えたと同時に、体の動きが意思通りの速度に戻る。
「い……痛ったぁ…………」
自分も首を失うのは免れたものの、獣の爪が背中をかすって、血がドクドク流れた。
魔族化もどきの儀式で、体の丈夫さを上げてもらっていなければ、もっと大怪我をしていただろう。
「オウルベアまでいるの……!?」
早い所森を出ないと、本気でまずい。
血の匂いに惹かれてまた来るだろうと、疲労と、ケガで重くなる体をやっと支えながら、辺りを眺めまわす。
梟の魔物は夜、つまりこれから活発になるから、これだけでは終わるはずがない。
魔物という点で、またイヤな連想が働く。
前に、森の中でオーガのキャンプに出くわした事があったっけ。
あの焼かれていた骨つき肉は、少しタイミングがずれれば自分だったかもしれない。
あの時は必死で逃げた。
あんな目に遭ったのに、まだ日が高いからと高をくくり、大人しくサラバールで宿屋を探さなかった自分を恨む。
あの時は途中まで一人でなんとかやったけど、結局最後はベリオットに助けられた。
思い出すと、傷を受けていないはずの胸が、痛いほど疼いた。
(会いたい)
トリフィラートから出た方がいいと判断したのも、唯一の肉親である兄を捜す旅も、偽らざる本音だ。
だけど旅に出て、レオパルテに流れ着けば、「偶然会えるかもしれない」という下心は常にあった。
「我ながら、まじでキモ……」
この旅はつまり、すごく遠回りで壮大な、ストーキング旅行。
(普通のストーカーだって、相手が現地から遠く離れちゃえば、諦めるだろうに)
死んでも死にきれないと、剣と足を杖がわりに踏ん張り、なんとか背筋を伸ばす。
が、すぐにグラついて、コケる。
ネックレスの紐がちぎれかけていたので、また落とさないように、荷物の方にしまった。
顔を上げると、景色がさっきよりいくらか明るい。
どこからか、光が漏れている。
「もしかして、民家でもあるのかな?」
今の今まで死にそうだったのに、私はその明るい方に走り出した。
その先には小さな家があった。
「オーガのキャンプじゃなくて、よかった」
かといって、盗賊の家だったら笑えない。
こんな花壇のあるかわいい家に、盗賊なんているわけがない。
根拠のない願望を、自分に言い聞かせながらノックをした。
「あのー……ごめんください」
子供の声で「はい」と返って来た。
開いたドアから出てきたのは、小さな女の子だった。オールバックの眼鏡をかけた男の人が出て来る。彼は血まみれの私を見て、煩わしそうに眉間に皺を寄せた。
閉められる前に、バッグに入れた紙幣を適当に掴んで引っ張り出して、見えるように高く掲げた。
「すみません! お金払いますから……今夜一晩泊めてもらえませんか? 魔物から逃げていたら、道に迷ったんです」
「いいだろう。入りたまえ」
家主から許可が下りると、私は安堵と疲労から倒れ込んだ。
(あの子は、娘さんかしら?)
外の「薬草の花壇」といい、こんな魔物だらけの場所に平気で住んでいるのだから、この家の主は魔導師か何かの類だろう。
「起き上がるか、寝返り打てます?」
頭上から、さっきの女の子の声がした。
腕を立てる形でグッと力を入れて起き上がる。
痛みが走って体が震えると、ふわっと宙に浮いた。
「じっとしていてください」
彼女は私をひょい、と肩の上に乗せ、奥へ歩いて行ったのだ。
「え!? ちょっと……重くない!?」
「特に」
幼い女の子が、人一人を片手で担いでといる状況に驚いている間に、床に下ろされた。
(手が、冷たい)
冷えているとか、水や氷系統の精霊の感触ともまた違う感触が、ふと気になった。
「手当の前に体、洗います。痛かったら言ってくださいね」
そう言ってあっという間に彼女は私を裸にすると、バスルームに入って行った。
幼女に淡々と体の隅々まで洗われ、クロスで拭かれると、金の葉が傷口に貼られた。
彼女の手は、やっぱり冷たい。
それも、血の通っていない無機物の冷たさ。
彼女が私を軽々持ち上げたのは、単に力が強いからと思っていたが、違いそう。
(まさか人形?)
無機物に魂を吹き込んで作る、魔兵器なんかがあるくらいだし。
「ところで、オウルベアにやられて、よくこの程度で済みましたね」
「運よく……って、言っていいのかしらね」
魔族との取引のことは、ここでは伏せた。
オウルベアは簡単に言えば、熊と梟のいいとこ取りと言うか、怖いとこ取りのモンスターである。
熊の体と腕力、そして梟の鋭い嘴と爪、そして闇の中でもきく目を持っていて、当然攻撃を、まともに喰らえばひとたまりもない。
ラッキーでごまかしたが、そもそも本当に運が良ければ、あそこでオウルベアに遭遇自体しないだろう。
彼女の口から、恐ろしい話が語られた。
「いいと思いますよ。山の方から下りてきたオウルベアは、他の梟の魔物達を従えて狩りをするんです。協力した見返りに、好物の部分……例えは真っ黒な『シャドウオウル』には、獲物の影と目玉。木目のような目を持ち、木々に擬態する[[rb:樹梟 > じゅきょう]]や、時計のような心音を持ち、相手の周囲の時間を操る『トキノメ』は筋肉や脂肪。骨が集まって鳥の姿になっている[[rb:骸梟 > がいきょう]]には骨と脳を分け与えるんだそうで」
私を襲った梟と、同じ特徴の群れだ。
「聖都マルアークが滅んで、神官達がいなくなった影響も大きいか思います。ただでさえ魔物や動物が、テリトリーを外れて出てくるようになったのに。そういえば、トリフィラートでも似たような事が、あったみたいですね」
いるはずのない魔物が出現するのは、トリフィラートだけではないのか。
「あったわよ。やっぱりこの程度で済んで、ラッキーだったかも」
傷そのものは大きいけど深くはなかったのか、手当をしたことで気持ちが軽くなったのか、だいぶ楽になる。
食事をごちそうになり、空き部屋のベッドと毛布も、貸してもらえることになった。
「明日、王都から医者を呼ぶ」
とこの家の主、スリザスさんが言った。
ベッドに入るや否や、一日の疲れが出たのか、すぐに眠りについた。




