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【第24話 ミスティ編:トリフィラートからの出奔】《24-1契約書の買い取り》

「払い過ぎの代償について、もう一度確認するが、どうする? 本当に地獄に落ちた時の為に、取っておくのか?」


 払い過ぎた代償についてどうするか、ベリオットは言及した。


「そっか。確か私、そう言ったわね」


 私の払い過ぎは、金二KG(キーリ・グラン)分。

 私が差し出した、連続殺人犯の魂の値段だ。


「ちょっと待っててくれる?」


 ソファから立ち上がると、私はベリオットをその場に待たせ、いったん宿屋を出る。


 訪れたのは、バザール「ガレスティア」。


 小売り店や飲食店が密集する、ショッピングストリートの一番前にあるのは「バンコ」と看板を掲(かか)げた、貨幣商会(マネーギルド)の営む店。


 そこのかっちりした服装のオジサンに、支払指図書……つまり小切手を差し出す。


 若い私が提示した金額に、彼は不審そうな顔をした。


 ハンターズ・ギルド発行の手帳を差し出しし報酬証明(日付、賞金首の名前と指名手配番号、賞金額の項目が記載され、ギルドの確認印が押される)を見せると誤解は解け、カウンターの内側に招き入れられる。


 宿屋に戻ると、私は今下ろしたお金、八〇〇〇万シェルをベリオットの前に差し出した。


「どういうつもりだ?」


 二KG(キーリ・グラン)分の金を、私に返すかどうかという話をしていたのに、その私から突然眼前に現金を出されて、彼は訝し気な顔をする。


「ベリオット、覚えてる? クリシュナにいた時に、私が訊いたこと。『もし殺人鬼の魂の価値分、代償を安くしろ、って言ったらどうなるの?』って」


「悪い。まったく覚えてない。『一億払えるなら考えてやらなくもない』って、答えたことなんて覚えてない」


「覚えてるじゃない。この八〇〇〇万と、余剰(よじょう)分を足して……」


「『地獄に落ちる覚悟』はどうした?」

 少し強めの語気で、ベリオットは私の話を遮った。


「買い戻すのは、私の契約じゃない。さっきあなたがアルフィード=エースペードと交わした契約の権利、私に譲って欲しいの」


 アルは私に復讐をやめさせる為に、あの契約をした。


 言い換えれば、「私の契約をなかったことにするため」に交わされたことになる。


 ベリオットは即答した。

「断る。『考えてやる』とは言ったが、『実行する』とは言ってない」


「だけどその契約、代償取り立てちゃったらマズいんじゃない?」


 あの場にいて契約書の中身を見ていた私は、引っかかるものがあった。


 それは代償の欄(らん)に書かれた「大事なものをひとつ」は、あまりにも抽象的すぎる。


「彼が差し出す『大事なもの』って何なの? あの書き方だと『寿命』とか、『視力』みたいな体の機能とか。もっと範囲を広げれば、一緒に連れてた『仲間の誰か』とか。極端な話、アルの大事なものの中に私も入ってたら、彼の願いそのものが反故(ほご)になっちゃうじゃない」


 私を救おうとしてしている契約なのに、取り立てられる代償が「私」だったら、元も子もない。


「……まあ、そうかもな」


「約束破ったり、契約者が一方的に損するような契約は、ペナルティの対象になるんでしょ?」


 そうしたら、契約で得するはずのベリオットが、ペナルティを受けて損をしてしまう。


 それだけじゃない。


「しかも誰がジャッジして、罰の内容決めてるかは知らないけど、どんな形でペナルティ負うのか分かんないなら、ギャラクスさんにも迷惑かかるかもしれないわよ」


 さすがに上の者へのとばっちりは、まずいのだろう。


 ベリオットは考え込むように黙った。

「……うーん」


「ここで一億受け取って、いったんチャラにした方が、リスク少ないんじゃないの?」


「だが、契約者の許可なく内容の変更は」


「だからその必要がないように『権利を買い取る』って言ってるんじゃない」


 ここまで言うと、もう何も言い返して来なくなる。


「あいつのことが、そんなに大事か?」


「当たり前でしょ」

 アルは大事な友達で、ずっと私を守ってくれていた兄貴分だ。


 私の手を汚させない為にと、魔族相手に何が起こるか分からないリスクを取ってくれた彼を、大事ではないとはとても言えない。


「そうか、分かった。奴の契約の権利は、お前に売る。…………これでいいんだろ?」


 出された契約書の名義が「ベリオット=シュットガイスト」から「ミスティ=ヴィリアンズ」に変わる。


「それで、お前はレオパルテにも、来ないんだな?」


「そうね。やっぱり私に『宰相(さいしょう)の娘』は、重すぎるわ」


 養子縁組を断っても、単なる移住をすればいいんじゃないかとも思った。 


 しかしベリオットが、表向き宰相の側近と思い出し、その選択肢はなくなった。脛(すね)に傷のある私が行ったって、いずれベリオットにとって、邪魔になるだけだろう。


「でも港までは、見送りに行く」


 港の船着き場からは、すでにレオパルテ行きの船が見えていた。


 同じ船に乗る人々が手に大きな荷物を持って、集まって来る。


 着いた船がタラップを下ろすと、ベリオットが別れを告げた。


「達者でな」


「ベリオットも、元気で」


 一瞬だけ、「やっぱり一緒に行く」という願いが口から出そうになったが、喉(のど)の奥に引っ込んでしまった。


 その一瞬のためらいの間に、ベリオットは背を向けて、船に向かって行ってしまった。


 宿屋に戻ると疲れが一気に押し寄せ、ドアに背中をつけたまま座り込む。


 私の仇討ちは幕を閉じた。


 村長及び役人を殺すことも、喪失を味わわせることもできなかった。


 だが母さんの無実と、連中の罪を村中に伝えることはできた。


 加えてベリオットの救済措置で、「私が許すまで」という条件付きの呪いがかけられ、彼らは長く苦しむことになった。


 誇らしいとか、達成感とかいうよりは、長い長い夢を見た後のようだ。


 ベッドにダラダラと寝そべりながら、頭の中で追体験をしてはみるが、現実感が湧いてこない。


 きっと、短い期間の間にいろいろな事が起こりすぎて、私自身がついていけていないのだと思う。


「……夢だったら、何してもよかったんだよなあ」


 村で思い切り銃や魔法を乱射したかったとか、そういう話ではない。


 私が考えているのは、ベリオットのこと。


(夢に出てくるベリオットに、話しかけてみればよかったかも)


 あの夢は、ベリオットの不在の日には見る事が出来ない。


 寝室に繰り返しやって来て、寝ている私の顔を覗き込んだり、ベッドの上に乗って来たり、耳元で何かを囁いたりしている最中の彼に、私が目を開けて「なあに?」と尋ねたら、どんな返事が返って来ただろう?


 お腹が「ぐぅ」と空腹を訴えたので時計を見ると、お昼を過ぎていた。 


 一人で外に出て、適当に食事を腹に詰め込みながら、これからどうしようか考える。


 今の私に訪れているもの。


 それは喪失感だった。


 生きる目的を私は、失ってしまったのだ。


 これから何をすればいいか、分からなくて街をさまよっていると、図書館が目に入った。


 ここなら無限に時間を潰せると、どこか救いでも求める気持ちで入館した。


(神仕院(しんじいん)にふらっと入る人って、こういう気持ちなんだろうな)


 棚にあった悪魔事典を手に取り、パラパラっとめくった。


 契約についての項目が目を引く。


 クリシュナまで船で出向いて、魔族化の儀式の真似事をした記憶が、脳裏に蘇った。


 そこで犯罪者どもを相手にドンパチやらかし、初の殺人まで体験する。


 初めての外国の思い出だというのに、非常にろくでもない。


 だけど今は無性に懐かしい。


 ところで昔は「魔族化する」より、「超越した力を手に入れる」を求めて、これをしようとする人もいた……という内容が、記されていた。


 挿絵には、まだあどけなさの残る少女を周りの大人が押さえつけ、髭の中年男がナイフを振り下ろそうとしている様子が描かれていた。 


 これがベリオットの言っていた、そして私にさせようとしていた「生贄」か。


 客観的に、そして絵で誇張(こちょう)されている分、見ていて気分が悪くなる。


 読み進めて他の契約方法にぶつかり、思わず声を上げてしまった。


「は!?」


 慌てて周囲を見たが、誰もいないのでほっとする。


 この本に書いてある「もう一つの方法」について、私は何も、知らされていなかった。


 もう一つの条件「貞操(ていそう)を捧げる」。つまり悪魔と寝るということ。


 ベリオットは私の他にも契約をしているだろう。若い女だって、いるかもしれない。


「……やだ」


 口から漏れた。


 たぶん彼はこれからも、望まれれば契約をするだろう。


 単に願いを叶えるだけじゃなく、魔族化の契約も。


 そこで契約者が体を差し出したら。もしくは彼が要求したらと想像したら、頬が濡れた。


 持っている本を返却し、外へ出ると、宿屋に戻ってトランクを開いた。


 図書館にはいずれ、閉館時間が来てしまう。


 だったらいっそ、旅に出ようと思い立った。


 行先を考えていると、クリシュナにいた時に、地元の人から聴いた、山頂の神殿の話を思い出す。 


(天空王の神殿だったな)


 そこから連想が働き、同じ三大神王である、大地神王を祀(まつ)っているという神殿が、隣国の「レガリア」にあることを思い出す。


 そしてそのレガリアは、ここゼーンズフトの街からなら首都を経由して、列車一本で行けてしまうのである。


「『サラバールの街』でも目指してみようかしら」 


 豊穣(ほうじょう)の女神が降り立った「始まりの地」がどんな場所か、生きている間に見てみるのもいいかもしれない。


 そうと決まればと、荷物をさっさとまとめて駅へ急いだ。

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