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エンカウント/ミスティ《23-4うつし合う病気》

「とりあえず、ゼーンズフトに行こうよ。どっちにしろ宿屋に荷物を預けてるから、寄らなきゃいけないし」


 自分で取った、港近くにある宿屋の一室に、ベリオットと、ついでにヨハンも招き入れる。


「この前の宿屋は、気に入らなかったのか?」


 ドアを閉めながら、ベリオットが言った。


 ヨハンは村の外にある宿屋など初めて見るのか、物珍しそうに首を動かしている。


「ううん。ギャラクスさんが取ってくれたとこ、私には、スタンダードの部屋でも高すぎるからやめにしたの。手頃な宿(Casual Inn)の割には広くてキレイだし、悪くないでしょ」


 ギャラクスさんが取ってくれた宿屋だが、クリシュナに行く前に、こっそり受付の人にお値段を訊いたのだけど。


 一泊でアパルトマンひと月分の家賃くらいの料金を、ポン、と払うような金銭感覚は持ち合わせていない。

 二人を疑似革張りの長椅子に通し、私はベッドに腰かけ、森での話の続きを求めた。


「で、ベリオットは今度は、コイツと契約したって?」


 私の口から発せられる「コイツ」の言い方に、自然に棘(とげ)が含まれる。


「お前相当、嫌われてるな」

 というベリオットを指差し、ヨハンが言い募る。

「言ってとくけどな、こいつから先に持ち掛けたんだよ! 俺とロバートに」


 ここでベリオットが話したのは、信じられない内容だった。


「こいつらは前日、ロック鳥の女王の卵を盗んだ。怒った女王が、村を襲って騒ぎになったそうだ」


「卵は、無事に返せたの!?」


 私達が来た時、鳥の死骸がたくさんあった原因は、それだったのか。


 最悪の予感を抱きながら、ヨハンに尋ねる。やっぱり彼は言葉を発さず、首を横に振った。


「……まさかそれを、帳消しにする契約じゃあないでしょうね?」


 私が契約内容についての推測を立てると、ヨハンの顔が分かりやすく引きつった。


 まるで私が考えていること「怪鳥に内臓裂かれればよかったのに」が、実際の声として伝わっているような。


 こいつが無事だということは、ロックの女王は、大方アルあたりにでも倒されてしまったのだろう。


(私が先に着いてたら、生(い)け作りにして女王に献上(けんじょう)してやったのに)[


 過ぎ去ってしまった機会を惜しみながら、もう少し、早く行けばよかったと悔やむ。


「そうだ。昨夜のロックの件がばれたこいつらの処遇については、これからあの村で審議になる予定だった」


 ベリオットの言葉に、ヨハンは驚いた顔で反応した。


「知らなかったのか? だからお前は、あのデカイ奴に知らせる為に、急いで村を出たんじゃなかったのか?」


「知らなかった……ただ、村の連中の俺を見る目が、明らかに冷たくなって」


 そりゃあそうよ。

 心の中の声が、驚くほど冷たいのを自覚する。


「怖くなって、ロバートのもとへ逃げたの。無理もないわよね。私の母親の末路や、私たち母娘(おやこ)が一〇年間、どう言われてきたか知ってれば」


 ましてや彼自身が私に浴びせていた言葉の意味が、自分で理解できていないなど、ありえないだろう。


 下に首を傾けた情けない姿勢のまま、ヨハンは続けた。


「それでこれからどうしようって、ロバートと相談してるときに、この……ベリオットに、会ったんだ。『困り事があるなら、解決してやる』って」


「その時はまだ、アンタら一緒だったのね」


 それでいつ、どういうつもりで、ベリオットは彼らに声を掛けたのだろう。


 私が質問しようと思っていた内容を口に出す前に、ベリオットが答えを言う。


「お前がまだ、気絶してる時の話だ。建物の陰でこいつらが、真っ青な顔で何か話してたから、声を掛けた」


 黙って聴いていれば、「クズコンビがロック鳥の卵を盗んだ」とか、「村の連中に冷たくされたから、それを帳消しに」だとか、関係ない話ばかり。


 私の聴きたい話が出て来ず、若干機嫌が悪くなる。


「ふーん。で、そんなの私にわざわざ聴かせる意味、ある? 結局私に話って、一体何だったの?」


「前置きが長くなったな。お前に関係があるというのは、こいつらが払った、代償の話だ。お前ともう一人の身に何が起こったか。こいつに説明しろ」


 ベリオットに話をふられると、ヨハンは、震える声で話し始めた。


「病気に、なったんだ」


「どんな?」


 元気じゃないのよ。どう見ても。


「……最初、俺の腹に痣ができてた。ベリオットが言うには、大きな病気の初期サインだって。だけど一シェル、こいつに払えば助かるって聞いて、言う通りにしたらなくなった。そしたら今度、その痣はロバートに移ったんだ。それからロバートは、二シェル払って治った」


 なるほど。

 内容を整理すると「病気は他の誰かに移さないと治らない。だけど移すにはお金が必要」と。


「感染したら、倍払えば助かるのね。だけどまさか、それで終わりじゃないでしょ?」


 普通は他の誰かに移して終わりだけど、安い内に払ってしまえば終わり。本当に村を滅ぼしかけた代償にしては、甘い。


 だったら、二人の契約だからそれを互いに移し合うのか。その度に多額のお金が必要になる。


「金については、前の奴『以上』の額を払えばいい。もちろんお前が言うように、それで終わりではない。次はロバートに、次の患者を選ばせた」


「選べるということは。へえ……ヨハンは『親友』のロバートを指名したの」


 口調には、勝手に皮肉がこもる。


「違う! 一シェル払ったら勝手に」


 ヨハンの弁解が終わる前に、ベリオットが否定する。


「それも少し違う。この呪いは俺が決めた『一定の条件を持つ集団』にかかる」


 ベリオットは続けた。


「最初の条件は『ロックの女王の卵を盗んだ者』。この条件に当てはまるグループは、こいつと相棒の、二人しかいない。だからこいつに、選択の余地はない」


「ロバートは、次に誰を選んだの?」


 私の質問に、ヨハンは「知らない」と首を振る。


「ただ、ロバートが金を払った後、ベリオットに聞かされたのは、『これで村の連中の記憶から、お前達がしでかした事の記憶は消える』って」


 不満を口に出したいのを我慢し、ベリオットの解説に、引き続き耳を傾ける姿勢を見せる。


「ロバートって奴の次の選択肢は、父親と祖父のどちらか。つまり『一〇年前の事件に関係ある、家族の誰か』から選べと、俺が要求した。だが、制限時間内に選べなかった。だから両方が感染した。次に選ぶのはそいつらの番だ」


 つまりロバート、ヨハンの話はいったん終わり。


 今度は村長かロバートの父親が、今度は犠牲者を自分の属する集団から選ぶ……と。


「父親は『一〇年前の、度胸試しの参加者』から、祖父の方は『一〇年前の事件に関わった村役人』から選ぶことになる。三シェルで助かると聞いたら、父親は即座に指名しようとした。だが村長のじーさんは、それを止めた。で、感染者候補全員を集めて、悪魔の呪いに対抗する会議を開く事にしたそうだ」


 ここまでまた整理する。


 一〇年前の事件で、母さんの冤罪をでっち上げた役人と、それを知ってて頬かむりした本当の原因達が、一堂に会して会議を開く……と。


「前の奴が払ったのと金額が同じ場合は、次に指名される奴の病気がでかくなる」


 私はそれ「より上」の金額と思い込んでいた。考えてみれば「以上」だから、その金額も含まれる。


 解決策が見つかるまでは、一シェル一シェル金額を積んでいって移し合っていくか、もしくは金額ではなく病気を一段階、もう一段階と積んでいくのが、彼らが一番長生きする最良の手段ということになる。


 ヨハンの顔が血の気を失い、呼吸が荒くなっている。


 少額を払うだけの、簡単な取引だと思っていたのだろう。


 だけど話はもっと大きく、村の人間が次々に病気に感染していくのだ。


「質問いい? これ繰り返してたら、最終的には関係ない人とか、村の外にも病気が広がっちゃうんじゃない? あともし次を指名する前に、死んじゃったらどうなるの?」


 例えば単純に「払えなくて病気で死んじゃった」とか、第三者が「感染者全員を集めて、『消毒』の為に、村の集会所にでも彼らを集めて、そこに火を放つ」とか。


 それについても、ベリオットは答えてくれた。


「俺の決めた範囲でしか、この病気は感染しない。俺の指定した最大規模は、あくまで『度胸試しの参加者と、村役人』だ。感染者が指名する前に死んだ場合は、選べなかった時と同じ。一定時間決定がなかったら、集団全員が病に感染し、今度は俺に金を払った者のみが免れる。しかし、前に払った奴『以上』の額でなくてはならない」


「その『以上』っていうのは」


「同額も含まれる。しかし、病気はデカくなる」


 卵泥棒と役人の集団が最大規模で、ベリオットにお金を払えた者から助かる。


 最終的には確実に、人数は減っていく。しかも後になればなるほど、払うべき金額か、病気が大きくなる。


「なるほど、最後の最後にババを引いた奴が死ねば、終わりなのね」


「それかお前から、村の連中への恨みが消えた時だ」


 ベリオットが話を締めくくる。


 ぶるぶる震えていたヨハンが、ベリオットに喰って掛かった。


「……じゃあっ、俺達を利用したのかよ! 助けてやるって、俺達を騙して……」


 胸倉を掴まれても、ベリオットはヨハンの手を引き剥がそうともせず、淡々と告げた。


「願いは叶えやった。さっきも言ったが、村の奴の記憶から、お前達の盗みの件はなかった事になってる。嘘だと思うなら、帰って確かめてみろ」


 ベリオットが言い終わると、ヨハンの姿は消えた。幽霊のように、フッと。

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