エンカウント/ミスティ《23-3ロバートと、取り巻き達からの報復》
村人の視線の中を走り抜けた。
腫れ物に触るような、怯えるような、うっとうしいだけの視線。
取れない油をかけられたような、どろりとした嫌な気分が皮膚を塞いだ。
厨房で黒い虫を見た時みたいな、無条件の気持ち悪さが体にしみこんでいくみたい。
(……私、ついに狂ったかも)
柵を抜けて森に入る。鬱蒼とした場所から、広い場所に出て立ち止まる。
疲れたからではない。
忌まわしい場所から出て、ほっとしているわけでもない。
獣でも魔物でもない、気配を感じたからだ。
木々の中、それもこの場所を囲むようにそれらは近付いて来る。
片付けないと厄介、というかうっとおしい。
だからやりやすいように、あえて広い場所を選んで止まったのだ。
「おい、バケモノ」
昔から聴き慣れた声と、台詞が聞こえる。
「木からはみ出てるから、すぐに分かったわ。出て来なさいよ」
ロバートが剣を棍棒のようにして、手の上を叩く動作をしながら、ゆっくり登場した。
「てめえ、よくもリエルを。このまま、無事に出られると思うなよ」
ロバートの脅し文句を合図に、一斉に木々や草の陰から矢の先が登場する。
「なあんだ。『おじいちゃんの仇』とか、『お父さんの名誉を傷つけた』とかの恨みじゃないの? ていうか、リエルの王子様を名乗るなら、少しは痩せたら? その体重じゃ白馬じゃなくて、白豚の王子様よ」
そこかしこから「プッ」と噴き出した音や、「クスクス」と噛み殺しきれていない笑いの声が漏れている。
そりゃあみんなの憧れであるリエルの隣に立つ男がこんなに太っていたら、滑稽以外の何物でもない。
「あ、でも賢くてきれい好きなのよね、豚って。足も細いし、体脂肪もそんなにないらしいし」
「くそっ、クソがあ! やっちまえ! この女やったら、好きにしていいぜ!」
顔を真っ赤にして、ロバートは周囲の取り巻きたちに命令した。
「撃ってもいいけど、『反対側にいる』お友達に別れを告げておきなさいよ」
忠告をしてから小さな声で詠唱し、その場に伏せた。
もちろん私は彼らを殺す気なんてないし、あったとしてもアルとベリオットの契約で、阻まれてしまう。
それでも殺す目的でなければ、攻撃魔法でも、ちゃんと使えるみたい。
まもなく草木の中の所々から乾いた破裂音と一緒に、「ひえっ!?」と短い叫び声がした。
辺りが静かになると、服についた砂を払って様子を伺う。
小鳥の声に混じって、草陰から「……痛い、いたいよお」と、小さな泣き声が聞こえた。
草陰からは、上に向かって伸びる手と、その主に刺さったのであろう矢が見えていた。
「情けないわね、本当」
今の今まで、女一人をリンチしようとして勇んでいたのも相まって、彼らがいっそう情けなく見えた。
木々の隙間や草むらの中に潜んで、彼らは私を挟み撃ちにようと、控えていた。
しかし足元で私の仕掛けた真珠型の小さな爆弾が弾け、驚いて弓から手を離してしまった。
結果反対側にいた仲間に、矢を誤射してしまったのである。
「ブライン・エッジ」
無傷の連中には、威力を弱めた氷の刃をあちこちに投げつけ、手足に死なない程度の傷や凍傷を負ってもらった。
引き続き攻撃が繰り出される気配はない。
「親玉が親玉だから。取り巻きもこんなものね」
木の根元で気絶している大将、ロバートを見下ろした。
伏せている時に見えたのだが、飛んできた矢が自分の剣に当たったことに驚いて後ろに倒れてしまい、そのまま頭を打って失神した次第。
倒れている場所を確認すると、怪我人はいるとしても死人はいなさそうだった。
少なくとも涙を浮かべた目で、私を睨むくらいの元気はある。
「早くここを離れなきゃ。血の匂いで獣が寄ってくるかもしれないし」
独り言が漏れた。
立ち去る前に、肩から血を流して倒れている奴の近くに落ちている弓矢を拾って、上に向けて撃った。
先端には威力高めにした真珠爆弾を、いくつか付けてある。
爆弾付きの矢は木よりも高く飛ぶと、派手な破裂音と閃光を出して弾けた。
「これだけ派手に爆発させれば、村の誰かが気付いてくれるでしょ。獣より早く、助けが来ればいいわね」
彼らに別れを告げて再び歩くと、ふと今の襲撃で、足りないものがあったのに気付く。
「そーいえばロバートの奴、腰巾着を連れてなかったわね。ケンカでもしたのかしら?」
「待て」
呼ばれて振り向くと、ベリオットがいた。
「契約は終わったんじゃ、なかったの?」
「話がまだ、終わっていない」
「そうだったの。で、それはいいんだけど、そこにいるのは何?」
目が自然に細くなったせいで、視界が歪むのを自覚した。
まさか今度はこいつが、ベリオットに力を与えてもらい私に復讐しに来たのかと、銃に手を掛けた。
「確かに契約はしたが、お前とは関係……」
台詞の途中であろう部分で、ベリオットは首をひねり、「ないのか?」と問いながら、新たな契約者……ヨハンの方を向いた。
「契約内容自体にはないだろ。お前……本当に大丈夫かよ!?」
「『自体には』……って。なんか他の部分では、関係があるような口ぶりね」
ベリオットは頷く。
「お前は村の連中を、殺すことはできなかった。だが、到底納得のいく結果ではあるまい」
「そうね。だけど、私の覚悟と実力が足りなかった結果でしょ? あなたが心配することじゃないわ」
「あの結果では、お前の恨みには見合わないと思ったから、かわりの結果を用意したことを伝えに来たのだが。お前が納得してると言うんだったら……」
「詳しく聴かせて」
考えが変わった。
悪いのは自分だと思っているのは、偽らざる本音だ。
しかし彼の……つまり悪魔の用意してくれた「かわりの結果」に、興味をそそられたのも、本音だった。
だって私とて、あんな結果で大人しく引き下がるつもりはなかった。
だから「(今は)復讐をやめる」と、しおらしい態度を取って引き下がり、機会を改める方向に舵を切ったのだ。
でも、アルの契約で「殺せない」となると、また別の方法も考えければいけないから、考える時間が欲しかったのもある。
村の方向から、大勢の足跡と、慌ただしい人の声がし始めた。
「ここじゃゆっくり話せないし、場所変えない?」




