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エンカウント/ミスティ《23-2クリシュナでの三週間》

「服?」

 オウム返ししたところで、アルとまともに目が合う。


(あ、しまった)


 これはお説教モードの時の顔だ。


 仇討ちの件やクリシュナでの生活と、短期間にいろいろありすぎて失念していた。


 街に働きに出ていた時の、膝(ひざうえ)上ワンピースや作業パンツにすら、渋(しぶ)い顔をしていたっけ。


「……いや。そういうの、好きだったっけ?」


 声を荒げたりはしないものの、不満げなのは丸分かりである。


「うん、好き。買ってくれたのはベリオットだけど」


 私はこういう、肩やお腹が出るタイプの服も好きだし、光沢のあるサテンやチュール布のヒップスカーフも好き。


 ただ、街はともかく村で暮らす前提がある時は着れないので、今まで買わなかっただけだ。


「シュットガイストが? なんで?」


 明らかにアルの声が低くなるので、つい言い訳したくなる。


「契約した後、私達少しの間クリシュナにいたんだけど。その間私がご飯作ってたからそのお礼にって」


 でもやめた。


 私がどんな服を着ていたって、彼に迷惑がかかるわけでもないのだと、この服をもらうことになったいきさつを正直に話す。


「……ちょっと待って。『クリシュナにいる期間、ご飯作ってた』って」


 新たな地雷を踏んだ。


 また何か問いただされて、お説教が始まるという未来が見えた。 


(……なんて言おう?)


 ではクリシュナへ何をしに行ったか、なんで行く必要があったか、何をしていたか説明することになるかな。


 そう考えていると、ベリオットがサラっとばらした。


「三週間くらいだったか。こいつが体調悪い時以外は、ほとんど毎日」


 思わず「あちゃー……」と心の中で溜息をつく。


 アルのリアクションは「やっぱり」と口に出してしまいそうなほど、予想通り。


「なにそれ……まさか一緒に暮らしてたの?」


 声は荒げないほど低く、目は据(す)わっていて笑ってない。


 でも変なことはしてもされてもいないし、どっちにしろ何か言われるのは確定なので、全部言う。


「違うわよ。同じ宿屋に逗留(とうりゅう)してたけど、部屋は別。家事設備つきのとこで、料理や掃除のサービスを頼むこともできたんだけど、節約のために自炊してたの!」


 普通の滞在の場合、食事は宿屋のサービスを使ったり、外食が主流だ。


 この常識が誤解の元になっていると思っていいだろう。


 だからこの場合、むしろ隠したりごまかしたりする方が、もっと良くない事態を招く。


 なのでえいっと開き直った。


 しかしまたもやベリオットが言う。


「ん? 確かに寝るとこは別だけど、あれ同じ部屋じゃないのか?」


 私の気付かなかった「アルのお説教スイッチ」が、ここにもあった。


「……どういうこと?」


 アルの纏(まと)っている空気が、目に見えてピリついている。


 諦めに近い感情で、私は言った。


「確かに部屋番号は同じ。でも寝室はドアで仕切られてるの」


 もう「一緒に寝てない」だけは、ハッキリさせておこう。


「一度だけ、同じベッドで寝たよな」


 ベリオット……少しは空気読んで。


「あー……うん。私もあなたも、前の日の朝からぶっ通しで働いてたもんね。寝るというよりは、気絶に近かったかも」


「お前が来いって言ったんじゃないか」


 彼は何一つ、嘘はついていない。悪意もない。


 ただただ致命的に言葉が足りなくて、空気を読めないだけなのだ。


「ふーん、ああそう。それはどうでもいいんだけどさ。君、神仕院(しんじいん)での家庭の授業の成績、良くなかったって言ってたじゃないか。手料理なんか他人に出して、大丈夫だったの?」


 アルは心配するけど、私だって強制したり、何の自信もなく他人に料理をふるまったわけではない。


「それなら『私の料理気に入らなかったら、自分で適当にして』って、最初に言ったから。ねえねえ、試合の時一回だけ、実習で作ったやつ持ってったの、覚えてる?」


 口元に手を当てて、アルは思い出そうとする。


「名前なんだっけ? あの甘じょっぱいやつ。確か帝国から輸入された材料を使ったお菓子で、港街で流行ってたって言ってたよね」


「塩キャラメルブリオッシュ。実習の焼き菓子づくりで、うまくできたから持ってったのよね。アルが『もらった中で一番うまい』って言ってくれて。あれで結構、自信ついた」


「褒めてたのは俺だけじゃないだろ。ユングも、アリアも『美味しい』って絶賛してたじゃないか」


 カフェで厨房手伝いをすることもあったけど、思ったより反応が良かったし、実習で作ったパンを港街で配ったりした時に、褒めてもらえたこともあった。


 彼女達曰く、村の女子全員が、一五歳までにパンを焼けること自体がすごいことらしい。


 ベリオットが言う。

「話を聴く限り、こいつができないというよりは、この村の女達のレベルが高いんじゃないか? 飯もうまかったし、掃除も洗濯も不満を感じたことはなかった」


「掃除洗濯までさせてたのかよ」

 とアル。


 マイペースに続けるベリオット。

「料理教えてもらったこともあった。その時に爪切られて」


「ベリオット、爪切り怖がるから大変だったわよ。『その剣でも鋏(はさみ)でもない変な刃物はなんだ!?』って」


 なにせ魔族は、目的がない限り爪を切る習慣がないのだそう。


 光の速さで手を引っ込めるので、なだめるのが大変だった。


 だが、料理をすると言う以上は、切ってもらわなければならない。


「はー……疲れちゃったから、ちょっと休ませて」


 実際に私は疲れていたので、こう頼んだ。


 何かが抜け落ちた感じがして、体が変に軽い。


「うん。あとでゆっくり話そう」


 アルは気遣うような優しい口調でいうと、ゆっくりドアを閉めようとした。


 昔暑さで高熱を出した私の、見舞いにきた時と同じ顔だ。


 何か思い出したようにアルは、もう一度ドアを開けた。


「……また作ってよ。塩キャラメルブリオッシュ」


 アルに続いて、部屋を出ようとしたベリオットを呼び止める。


「今までありがとう」


「礼には及ばんさ。そういえば、ギャラクスとの話はどう返事する?」


「やめとく。宰相(さいしょう)の養子ってことでしょ? こんな村でも滅ぼそうとしたのがパパラッチにバレでもしたら、立場がまずくなるのは明らかだしね」


「そうか。ではそう伝えておく」


 彼がドアを閉める音で、全てが終わったと、告げられた気がした。


 そっと窓を開けると、誰もいない。


 ここの宿賃は……と価格を記憶から引っ張り出す。


 幸い、お金は持っている。


 一番高い部屋の金額を払っても足りるくらいのお金をチェストの上に置き、音がしないように窓枠を飛び越えて、そのまま走った。

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