【第23話エンカウント/ミスティ:もうここには戻らない】《23-1アルの提示する条件》
私は夢の中にいるらしかった。
なんでそう思うかって、だってここは宿屋だ。
本来私がいるべき場所であるはずの、牢獄でも処刑場でもなければ、墓場でもないから。
あれだけのことをやらかしたはずの私が、清潔な布団にくるまれているなんて、絶対にありえない。
母さんが死ぬまで二人で暮らしていた宿屋は、昔と全く変わっておらず、泣けそうなほど懐かしい。
窓からの白い日差しが眩しい。
(早く目、覚まさなきゃ)
夢から覚めて、脱獄なりなんなりして目的を果たさなければ。
ふかふかの布団から、体を無理に起こした。起き上がると、胸の中央に痛みが走る。
鈍く痛む鳩尾をさすっているうちに、アルにしばき倒されて気絶した記憶も、少しずつ蘇ってくる。
「起きたか」
見上げると、ベリオットがベッドの脇に立っていた。
「……ゴメン。せっかく契約してくれたのに」
夢ではなく現実だと悟った私がしたのはまず、彼に失態を詫びることだった。
「今までありがとう。……今度は、一人でやる」
「そのことで、あいつが話があるんだそうだ」
ベリオットが開かれたドアの前に立つ、アルを視線で指した。
「ミスティ、大丈夫?」
「うん」
返事はするものの、彼の顔をまともに見ることはできない。
私や母さんの無罪を信じてくれた、数少ない村の人間だもの。
彼が不在だったとしても、いずれ耳に入る。それは解っていても、でもやっぱり「人を捨てた姿」というものは、あまり見られたいものではない。
「……まずは、乱暴してゴメン。でも君に殺しなんか、させたくなかった」
返事はできないでいた。
彼は「交渉は、自分でする」と言い出し、ベリオットは「そうか」と簡潔に返す。
どうやら私の気絶している間に、彼らの間で何らかのやり取りがあったようだ。「交渉」とか言っているし、私の契約に関係があるとみて、間違いはなさそう。
そうだったら、流されてしまわないように気を付けなければと、気を引き締める。
「当たり前だけど、許せないよな? 村長達のこと」
だったら、どうだというんだ。
「だけど、殺さないでほしい」
連中のした仕打ちの話をすべて聴いた上で、許せというのか。
「嘘つき……!」
口をついて出た言葉を、つい投げつけてしまう。
「何があっても私の味方だって、いつも言ってたくせに。やっぱり……いざとなったら手の平返すんだ」
声が駄々をこねる子供のような、ヒステリックな響きを帯びているのが自覚できて、余計惨めになる。
だけども彼の提案を、どうしても許すことが、私にはできなかった。
「話を聴け」
私の両手を掴むと、彼はブレのない、まっすぐ目で言った。
「それなら俺が、殺してやる」
思わぬ言葉に、私は頭の働きが止まったように錯覚した。
目の前にいるのはアルで、だけど言っていることはまるで別人だ。
文武両道で容姿端麗で、正義感が強くて人気者の、いつでも村のヒーロー然としていた彼が「殺してやる」などと言ったのだ。
それも魔物相手でもなければ、ごろつきでもない。
愛する故郷の人々をだ。
「村長もその息子も……役人共も。君が望むなら、誰であろうと殺す」
「アル!」
ドアが大きな音を立て、セレフィナ王女が入ってきた。目を吊り上げた彼女は、明らかに怒っていた。彼女は下を向いて拳を握りしめた。
「……セレフィナ」
「やっぱり。よくないこと、考えてた。だからさっき、村長さんや、その家族を見てたのね?」
王女からの追及に対し、アル自身はきょとん、とした顔でこう返したのだ。
「家族って? ロバートのことかい?」
このやり取りをちょっと聴いているだけで、アルから説明のつかない恐怖を感じてしまう。
「セレフィナ王女様、ですよね? 先ほどは、申し訳ありませんでした」
私が頭を下げると、王女は怒った表情を一変させ、困ったような顔になる。
「ううん、怒りはもっともだと思うわ。それに、私達を傷つけないように気を配ってたのも、みんな解ってた」
「でも、安心してください。私だってアルには頼まない。絶対に、逃がそうとするだろうし、殺してくれたとしても、苦しまないように手心加えるのが目に見えてます。こんな言い方もなんですが、一緒にいた青い髪の男の人に、お金でも払ってやってもらった方が確実だと思います」
アルが目に見えて悲しい顔をして俯く。
「……俺はここでも役立たずか」
すごく小さな声だったが、紛れもないアルの声を耳が拾ってしまった。
セレフィナ王女にも、聞こえてしまっているのだろうか。
彼女も、アルを見つめながら苦い顔をしていて、気まずい空気が流れてしまっている。
「分かった……復讐はやめる」
この沈黙の重さに負けて、私はついに折れた。
「本当!?」
パッと上げられたアルの顔が、打って変わって明るくなっている。光が宿った目を直視できず、視線をさりげなく逸らしながら言葉を紡いだ。
「やめない限り、アルは余計な事するだろうから、それは私も困る。アルにはずっと、お世話になってた……こんなんでも、恩は感じてるの。だから私の為に犯罪者には、なって欲しくないのよね。王女様にしたって、イヤでしょ。法廷で彼に不利な証言するの」
「いい子だ」
本当に嬉しそうに彼は、私の頭を撫でた。
その少し後ろで、セレフィナ王女が不機嫌そうにしているのも知らず。そして位置の関係で、その光景が見えてしまっている私の気まずさにも気付かずに。
「さて、交渉成立だ。契約書を書くよ」
アルが交渉の終わりを告げると、ベリオットが契約書とペンをベッドサイドチェストに置く。
「こいつが今の約束を破れないように、この書面で保証する」
私も覗いて内容を確かめる。
内容はというと、簡単に言えば「私が村の者を殺そうとすれば、必ず邪魔が入る」というもの。
ベリオットは誰にでも、こうするのだろう。
契約したいと言われればするし、その契約に誰かが異議を申し立てれば、躊躇なく当人同士で交渉させる。
当たり前と言われれば当たり前だけど、彼自身にとって契約なんて誰としても同じ。
私が約束は破らないという旨の書面にサインをし、最後の文字を書き終わったところで、アルの表情から張りつめた空気が消えた。
「アル、私は先に出てるわね」
セレフィナ王女が部屋を出る。
「ああ、俺も長くはならないと思うよ」
王女を見送ったアルが、思わぬことに言及した。
「ところでその服、どうしたの?」




