エンカウント/アルフィード《23-4悪魔にも踏み込めない領域》
「服?」
ミスティはキョトン、とした顔になったが、一瞬だけ「しまった」という顔になる。
別に怒っているわけではないので、彼女を畏縮させてしまわないように言葉を選ぶ。
「……いや。そういうの、好きだったっけ?」
ミスティが新しいもの好きで、他の土地から来た文化や品物に興味を持つのは、珍しいことではない。
持ち物や服装にそれが現れていることもあった。
だが、今回の系統の服——布面積のほとんどない上着(服と言っていいのか疑わしい布切れ)や、踊り子、下手したら商売女と言われても信じてしまいそうな、目を引くドギツイ光沢の、短い腰布。
こんなの、持っていたっけ? と、思わざるを得ない。
「好き。買ってくれたのはベリオットだけど」
意外な服の趣味よりも、聞き捨てならない返事。
「シュットガイストが? なんで?」
無意識に声が低くなる。
「契約した後、私達少しの間クリシュナにいたんだけど。その間私がご飯作ってたから、そのお礼にって」
ミスティは事も無げに言うが、どう見てもセレクトには悪意しか感じない。
目の前で突っ立っているだけの大男が、どういう目でこの娘を見ていたかと想像すると、虫唾が走る。
待て。
服装にばかり気を取られていたけど、そもそも奴がこの服をミスティに買い与えた経緯は……。
「……ちょっと待って。『クリシュナにいる期間、ご飯作ってた』って」
なんでクリシュナに行くことになったか。
どの程度の期間過ごしていたか。
そして「手料理を作る」状況は、どんな状況だったのか。
浮かんだ質問の数々を整理できないでいると、シュットガイストが言った。
「三週間くらいだったか。こいつが体調悪い時以外は、ほとんど毎日」
「なにそれ……まさか一緒に暮らしてたの?」
三週間という期間は微妙だとしても、普通の滞在だったら食事は宿屋の食堂や、現地の飲食店を使うのが、一般的ではないだろうか。
それを毎日料理しているだなんて、単なる逗留とは、とても思えたものじゃない。
ミスティが割り込むようにして、まくし立てた。
「違うわよ。同じ宿屋に逗留してたけど、部屋は別。家事設備つきのとこで、料理や掃除のサービスを頼むこともできたんだけど、節約のために自炊してたの!」
「ん? 確かに寝るとこは別だけど、あれ同じ部屋じゃないのか?」
シュットガイストのこの突っ込みによって、ミスティは「あっちゃー……」と言いたげに額に手を当てた。
このリアクションから、ミスティは部屋について問いたださなければ、隠しておくつもりだったという意図がうかがえた。
「……どういうこと?」
つとめて穏やかな口調で尋ねると、ミスティは白状するように言った。
「確かに部屋番号は同じ。でも寝室はドアで仕切られてるの」
つまりは仕切り付きの同室で、一緒に過ごしていたということじゃないか。
「一度だけ、同じベッドで寝たよな」
シュットガイストの奴の言葉に「この悪魔」と、頭の中に罵声が浮かぶ。
ミスティは諦めたような、疲れた顔を奴に向ける。
「あー……うん。私もあなたも、前の日の朝からぶっ通しで働いてたもんね。寝るというよりは、気絶に近かったかも」
「お前が来いって言ったんじゃないか」
この次々と「爆弾」を投下してくる悪魔を、俺は殴りたい。
意地悪でもマウントでもなく、致命的に空気の読めない、この「馬鹿」を。
なんだか怒るのも疲れた。
「ふーん、ああそう。それはどうでもいいんだけどさ。君、神仕院での家庭の授業の成績、良くなかったって言ってたじゃないか。手料理なんか他人に出して、大丈夫だったの?」
聞いている限りでは、女子達の実習の出来栄えやシスター達の評価について噂が耳に入って来ることもあった。
何よりミスティ自身も「お裁縫も料理も、苦手なのよねえ」と言っていたのを覚えている。
「それなら『私の料理気に入らなかったら、自分で適当にして』って、最初に言ったから。ねえねえ、試合の時一回だけ、実習で作ったやつ持ってったの、覚えてる?」
それは覚えてる。「うまくいった。シスター達から『美味しい』って言葉、引き出せた!」って、嬉々として持ってきた焼き菓子。
「名前なんだっけ? あの甘じょっぱいやつ。確か帝国から輸入されたお菓子で、港街で流行ってたって言ってたよね」
帝国の貴族達がおやつに好んで食べていて、港街から入って来たっていう……そこまで思い出せたのに、名前が出て来ない。
「塩キャラメルブリオッシュ。実習の焼き菓子づくりで、うまくできたから持ってったのよね。アルが『もらった中で一番うまい』って言ってくれて。あれで結構、自信ついた」
ミスティがその時の事を思い出しているかのように明るく微笑んでいるのを見て、やっと「ミスティが帰って来た」と実感して、目の周りが熱くなった。
「褒めてたのは俺だけじゃないだろ。ユングも、アリアも『美味しい』って、絶賛してたじゃないか」
連鎖的に思い出してくる。
ユングが「俺、ミッちゃんのおかげで帝国貴族の心を知ったわ。『キャラメルもブリオッシュも、最高じゃ』って」変な誉め言葉を贈りながら、口に詰め込んでいたのも。
アリアが不満げに「シスター達の評価、ミスティに異様に厳しいのよ。一番先に手を着けて、完食するくせに。ちょっとした崩れとか、焼きすぎをやたら指摘するのよね」と言っていたこと。
勤め先の厨房を手伝ったら褒められたと、喜んでいたことも。
懐かしい記憶に浸っていると、シュットガイストがそれをぶった切る。
「話を聴く限り、こいつができないというよりは、この村の女達のレベルが高いんじゃないか? 飯もうまかったし、掃除も洗濯も不満を感じたことはなかった」
「掃除洗濯までさせてたのかよ」
いつミスティはお前の召使いになった?
内心で毒づいた。
まさかパンツまで洗わせてないだろうな?
「料理教えてもらったこともあった。その時に爪切られて」
しかも男のくせに料理? で、爪を切ってもらったって……。
「ベリオット、爪切り怖がるから大変だったわよ。『その剣でも鋏でもない、変な刃物はなんだ!?』って」
ミスティの言葉で、悪魔の情けなさすぎる姿を想像して、ちょっと気を削がれる。
同時に、母親のように優しくなだめて手入れしてやるミスティを想像すると「相手が子供や動物だったらな」と、思わざるを得ない。
こんなゴツくてデカい男が爪切りを怖がっていても、少しも可愛くない!
「はー……疲れちゃったから、ちょっと休ませて」
大きく息を吐いて、ミスティは言った。
唇の端を少し上げ微笑む、いつもの彼女だった。
「うん。あとでゆっくり話そう」
話したいことは、たくさんある。
だけど、ひとまず彼女を休ませてからだと、部屋を出る。
それにこれから、シュットガイストの奴と話さなくてはならないことも、まだまだある。
ふと思いつき、もう一度ドアを開ける。
「……また作ってよ。塩キャラメルブリオッシュ」
ドアを閉める寸前、ミスティは奴を呼び止めた。
「ベリオット、今までありがとう」
部屋を出ると、セレフィナは壁に寄りかかって待っていた。
「礼には及ばんさ。そういえば、ギャラクスとの話は、どう返事する?」
ここで宰相としての、アンジェの名前が出る。
セレフィナにも聞こえたらしく、視線がシュットガイストの方に行っている。
(アンジェとシュットガイスト……やっぱり、手を組んでいたのか。こいつら)
ミスティが尋ねられているのは、アンジェのもとでの奉公の件だろうか。詳しい内容と彼女の返事を、黙って待つ。
「やめとく。宰相の養子ってことでしょ? こんな村でも滅ぼそうとしたのがパパラッチにバレでもしたら、立場がまずくなるのは明らかだしね」
「そうか。ではそう伝えておく」
フルール・ド・ネージュのウエイターが言っていた話とは違うようだ。
だがいずれにせよ、ミスティが奴のもとへ行く選択をしなかったので、ホッとした。
(養子ね。てっきり奉公は表向きで、嫁や愛人に……っていう話だと思ったけど)
俺のことを、フラれただの何だのとからかった、ウエイターの顔が脳裏に浮かんだ。
おごってくれたから、許すけどさ。




