エンカウント/アルフィード《23-2交渉決裂の場合は》
俺達も宿屋に入る。
セレフィナが次の目的地に向かう支度をすると部屋に戻り、ゴーフルも疲れたので休むと部屋に入った。
俺は入ってすぐの所にある歓談スペースのソファに座って、ミスティが起きるのを待っている。
隣にはマクベス、斜め向かい側には、シュットガイストの奴もいる。
煙草は平気かマクベスに訊かれ、一応大丈夫だと答える。
「彼女は最初から、あんな攻撃魔法を?」
マクベスの言葉に、俺は首を振った。
「いいや。少しだけ、水と氷と……あと冷たい空気を出せるだけで、攻撃魔法は使えなかったはずだ」
ミスティが攻撃魔法はおろか、その他の魔法らしい魔法を使っているのを見た事は、ほぼない。
「そうですか。素質はなくはないみたいですし、アルさんの前では使う機会がなかったのか。あるいは意図的に隠していたか」
奥歯にものの挟まったような言い方を。
「……やっぱり君も、俺が信頼されてないって思う?」
機嫌が悪くなった時のセレフィナから、チクチク指摘されていたので、気にはしていたけど。
「分かりません。人には墓の下まで持っていきたい秘密の、一つや二つあって当たり前だと思っていますし」
マクベスにもあるのだろうか。「墓の下まで持っていきたい秘密」とやらが。
「それよりも心配なのが、彼女の契約内容……」
彼はシュットガイストにチラっと視線を泳がせ、俺に尋ねてきた。
「アルさん、あなたは、その……ミスティさんをどう思っていますか?」
そしてどういうわけか、悪魔や契約とは全く関係ない質問をしだす。
「い……いきなり何だよ!?」
「真面目に話してるんです。場合によっては、もっと辛い結果になるかもしれませんから」
「……前にも言ったけど、妹みたいなものだよ」
できるだけ、変な誤解を与えないようにさらっと言った。
実際に血が繋がってるわけではないから、言葉選びを間違ったり、変に間が空いたりすると必ずカン違いされるからだ。
「よかった。一人の女性としてとかは、ないんですね。ただ普通に願いを叶えてもらうのと、眷属になる契約とがあるんですが」
「どちらにせよ、いいものではないよ。悪魔と契約している事には変わりないんだし」
普通の願いを叶えるだけの契約だったにしても、何も持たない彼女は、命を差し出している可能性が高い。
もっとも、それを中止させる為の交渉を、これからするわけだけど。
「眷属の契約の方法は、二つあります。生贄を捧げるやり方と、もう一つ」
生贄か。
やはり悪魔の眷属になるには、悪魔の所業をやり遂げなければならないのか。
そう思うとゾッとした。
「自分の欲の為に、関係ない人まで手に掛けるなんて。それでこそ、後戻りできない」
「それもそうですが、もう一つの方法は、悪魔……この場合はそこにいる彼と、肉体関係を持つんです」
「ミスティは、そんなことする娘じゃないよ!」
思わず立ち上がって、声を荒げてしまった。
ありえないし、くだらない。
そこまで彼女は馬鹿じゃない。
それでも一瞬だけ想像してしまって、カッと頭に血が上った。
動じることもなく、マクベスは淡々と告げる。
「何も持っていない女性が差し出せる、手っ取り早い財産ですよ」
今まで黙っていたシュットガイストが、口を開いた。
「お前の知ってるあいつがどんな女か、俺は知らない。だがそれは通常の場合だろ? 今みたいな普通じゃない状態は、そうとも言い切れないんじゃないのか。あいつが失っているのは母親だ」
嘲るとか煽るとか、そういう悪意のない、残酷な正論が胸に刺さる。
更に奴は続けた。
「身も心も魔族になった方が、情に流されずに目的を果たせたかもな。その男の言う選択肢は考えてなかったが、あいつがそうしたいと言えば、それもありだ」
何でもないような軽い言い方だが、つまり奴はミスティを…………!
「ふざけるなよ、あの子が……そんな道を選ぶとでも?」
また声を荒げてしまわないように心を落ち着けようとしたが、無意識のうちに拳が握られる。
ミスティは確かに、村への憎しみに支配されていた。
だけど邪魔をしようとした俺達を、殺そうとしなかった。
俺はただ、信じるんだと決意し直したところで、シュットガイストがまた、追い打ちをかける。
「あいつは『村役人どもが人間だと言うのなら、人の道なんて、もう未練はない』と言ってたぞ。『母親の仇をまだ討ちたい』と思うか、あとは俺と寝るのが嫌じゃなければ成立する。まずお前の交渉が成立するかどうか。もし決裂すれば、俺から今の提案を、あいつにさせてもらう」
奴の肩越しに、カウンターに立つ宿屋のご主人が、不安げにこちらをチラチラ見ているのと目が合った。
気付いたシュットガイストが振り向き、的外れな言葉を掛ける。
「心配しなくていい。するならもっと、壁の厚そうな宿屋にする」
ご主人が心配してるのは、そこじゃない。だが突っ込める空気でもない。
シュットガイストは立ち上がり、ミスティのいる部屋に向かって歩いていく。
「おい、何する気だ!?」
「様子を見て来る。起きてたらすぐ呼ぶ。さっきの話は、お前の交渉が決裂した後だ」
そう奴は言い残し、部屋に入っていった。
宿屋のご主人がすっと寄って来て、小声で言った。
「……何もできなくてすまないが、ミスティちゃんをあんな男に渡すなよ」
もちろん、奴にミスティを渡す気はない。
だけど。
セドナおばさんの事での怒りや悲しみはもちろんだ。それに加えてミスティの言動の端々から、奴への信頼や好意が見え隠れしていて、それが不安だった。
もしかしたら「何が何でも、母さんの仇は討つ」だったり「ベリオットにだったら、抱かれてもいい」とか、言うんじゃないかって。
部屋の前で耳を澄ますが、大きな音や声はしない。
ノックをして、ドアを開けた。




