【第23話 エンカウント/アルフィード編:契約取り消しの為の契約】《23-1君のの罪にはさせない》
ミスティは死んだように、ぐったりと横たわっている。
さっきまで暴れていたのが嘘のようだと、その顔を眺め、そして今だに痛む手を凝視した。
(殴って……しまったんだ)
冷や汗が背中を伝うのに反して、体の中には妙な熱が渦を巻いていた。
「どこかで、休ませなきゃ……」
抱き上げようとした所で、嫌な考えが胸をかすめる。
お腹が動いているのは幻で、本当は、息をしていないのではないか。
そう思うと、彼女に触れるのが怖くなる。
「……アル、大丈夫? …………じゃないわね」
いつの間にかそこにいたセレフィナの声で、我に返った。
マクベスはバツの悪い顔で、頭を掻く。
「あれには、参りましたね」
彼の出血は止まっているので、セレフィナが治癒魔法をかけてくれたのだろう。
「あのさー……取ってくれると、ありがたいんだけどぉ」
珊瑚の枷がついたままのゴーフルに呼ばれ「あぁ、ゴメン」と駆け寄る。
「動くなよ」
剣を抜いて、彼本体を傷つけないように枷に刃を当て、珊瑚を切ってやる。
ゴーフルの拘束を解いてひとまずホッとしていると、シュットガイストがフッと、幽霊のように眼前に現れる。
その手がミスティに触れようとしたので、俺は奴に剣を向けた。
「汚い手でミスティに触るな!」
少しだけ動きを止めたものの、無視して奴は彼女を抱き上げる。
怒りが爆発するとはこういうことなのだろう。
考えるより先に、俺の剣は奴の頭に振り下ろされた。
だが剣は片手で受け止められ、岩にでも刺さったみたいに微動だにしなくなる。
「ふざけるなよ……誰が、お前にその娘を渡すって言った!?」
この光景ですら、また幻なのか。
剣の刃の部分を素手で握っているくせに、奴の手は血も流さなければ、痛みすら感じていないようだ。
「恨まれる筋合いはないな。言っておくが契約を望んだのは、こいつ自身だ」
急に手を離されたので、よろけた。
「お前が心の傷に付け込んだんだろ!」
どうやってセドナおばさんの死の真相を知らせたのかは分からないし、知りたくもないが、そうやって堕とす……という手口だということは、容易に想像できる。
「母親の最期を知りたがったのも、復讐を誓ったのも、こいつだ。そして何も持たないこいつは、差し出せる全てを俺に差し出した。こいつの覚悟が本物だと思ったから、手を貸した。それだけだ」
「もう一つ答えろ。何の目的で、この娘に近付いた?」
するとマクベスが割って入り、剣に手を添えて「下ろせ」という動作をした。
「だったら、彼女のした契約を取り消せませんかね?」
「無理だな。すでに対価は受け取っている」
「見た所、復讐はまだ、完遂できてませんよね?」
ミスティの願いはまだ、叶っていない。
それなら間に合うのではと、ダメもとで提案する。
「だったら『村長達を殺すのをやめさせる』という内容で、俺と契約できないか? この娘に、殺しなんてさせたくない。魂ならくれてやるから!」
セドナおばさんの為の復讐なのに、彼女にとって最悪の結果になっては本末転倒だ。
どうして他人の俺に「最悪の結果」だと分かるかって?
理不尽な死を受け入れたおばさんが、ミスティの生活を保障するよう村長達に約束させた。
一人残された彼女が生きて、幸せになる事を望んでいたからからに、他ならない。
「ダメよ、アル! そんなことしたら許さないから!」
今度はセレフィナが、俺に喰って掛かる。
だが俺も、渡せるような財産は自分の魂以外は持っていない。
「別に誰かに……君にも許してもらう気はないよ」
しかしシュットガイストは、こう言い捨てた。
「お前の二束三文の魂など要らん」
解ってる。
ミスティの恨みが俺なんかの魂一つに、釣り合うわけがない。
またしてもマクベスが間に入る。
「僕も賛成できません。彼女の望みが最低でも、村長さんの死だったとして。失礼ですが、近い内に自然死するんじゃないですか? そんな人を今だけ救うために、命を張りますか?」
「は?」
「他の役人の方々はまだまだ生きそうですが、ご近所や家族からの扱いは……今後どうなるでしょうね?」
「何が言いたいのさ?」
彼の視線は、シュットガイストにチラチラ向いているのに気付く。
どうやらマクベスは俺に言っていると見せかけて、シュットガイストの奴に対して「村長や役人を殺すのが、いかに無駄か」とアピールしているようだ。
通用するわけがない。
その自然死をさせてやる気が、ミスティにはないのだ。
他の役人だって、これからの人生がいかに暗いものになろうとも、引っ越すとか、やりようはいくらでもある。
そうマクベスに言い返そうとすると、シュットガイストが反応した。
「なるほどな」
(へ!?)
口からこんな声が出そうになるくらい、今の俺は間抜けな顔をしていたであろう。
更にゴーフルが、饒舌にまくし立てた。
「兄ちゃんよぉ、今さらこの娘が手ェ下すまでもないって! 村長のジィさんは余命いくばくもないのは見てて明らかだし、死んだ後もロクな処遇にはならねぇだろうよ。寄ってたかって生贄を強要するって、すっげえ罪、重いんだぜ? 人間界と違って冥界の裁判には、その土地の風習だ文化だなんて言い訳は、一切通用しねえよ」
「確かに、無駄かもな」
とシュットガイスト。
助かっているはずの村長が、今から処刑でもされるかのようにガタガタ震えていた。
「だが、無断で契約の破棄や変更は、俺にはできない。一応、願いを叶える側にも掟はある。お前がどうしてもそうしたければ、こいつが起きたら交渉するんだな」
そう言って奴は、ミスティを抱えて宿屋に入っていった。




