エンカウント/ミスティ《22-2銃と海水の刃の、望まぬ使い道》
「古代語(現代語訳:夜空に星が輝く、お月さまも微笑む)……」
私が歌い出してすぐに、逃げていた役人や度胸試しの参加者達はバタバタとその場に倒れる。
「何なんだ!? この歌が、原因か……!?」
アルは、正気を保っているみたい。その仲間達も。
それどころか、村人の何人か……塔に括りつけた役人の家族に至っては、誰も眠っていない。
異常事態に困惑していると、青い髪の男の口が動いているのが見えた。
眠りの魔法といった、状態異常を回避するタイプの魔法を、自分を中心とした周囲の人間にかけているのだろうと悟る。
「古代語(深くお眠りなさい、一番鶏が鳴くまで)」
諦めて歌うのをやめると、私は別の魔法に切り替える為に、胸の前に手をかざす。
「ブライン……」
手の中が徐々に冷たくなり、薄氷の輪ができる。
氷の輪は回転しながら層を重ねていき、白い氷の竜巻ができた。仕上げに刃のスペルを付け加える。
「エッジ」
氷の竜巻はバラけて刃となり、役人達……青髪男の魔法の効果で子守歌が効かず、走って逃げている者、あるいは倒れて眠っている者構わず、刃は彼らの首目掛けて飛ぶ。
すると小天使が頭上の輪を手に取って投げる。
私の刃と同じ数だけ分裂したそれは、ブライン・エッジを全て砕いてしまった。
天使の輪が武器になるのは初耳だけど、体の一部のようなものなだけあって、熟練度も速さも、私より断然上なのだろう。
自負があるのか彼はふんぞり返って、高笑いをし始めた。
「オイラがいるのにチャクラム(?)でケンカ売ろうってのが、そもそもの失敗だったね。まー、ワルくはないけどまだまだっていうか……あと一〇世紀鍛錬すれば、互角に並べると、お墨付きを与えてやろう!」
天使に気を取られていると、地面に重いものが落ちる音とともに、金属の音がした。
振り向くとアルが、塔に繋いである連中の鎖を斬ってしまっていた。
ここからなら一人くらいはと銃を手にして、アルに銃を向けた。
ベリオットと視線が一瞬だけ合う。
無表情に見える彼の目が、何か言いたげに見える。
アルに気を取られている間に、すでに解放されていた人質達は、セレフィナ王女と青い髪の男に誘導され、近くの家へ逃げて行ってしまった。
してやられたと、奥歯を噛む。
「ワリぃな、姉ちゃん!」
小天使はまた大きな声と、さっきよりも露骨な、大ぶりな動きで攻撃することをこちらに伝えた。
(次は何するつもり!?)
あえて彼の思惑通りに、小天使の方に顔を向けて「注目している」というアピールをしてみせる。
今度は視界の外から迫ってくる足音を、聴き取ることができた。
横から迫っていた青い髪の男と、背後から来ていたセレフィナ王女をよけ、
「よそ見をしてる余裕はないぜ!」
と、またしてもワザとらしく叫ぶ小天使のチャクラムを銃で撃つ。
弾丸が命中すると、天使のチャクラムは光になって消えた。
「ゲッ!?」
自慢のチャクラムが潰されたのを見て、小天使は明らかに動揺している。
「ごめんなさいね。化け物といえど、当たったらケガしちゃうの」
すると今度は、上から剣の刃が、大きすぎるほどの動きで、頭上に迫る。
アルが私と切り結ぶ形になったまま、またしても警告をしてきた。
「ミスティ、もうやめてくれ! 本当に取り返しがつかなくなるぞ!」
身動きが取れない。
そうすると当然その隙を狙って、アルの仲間は三人同時に、こちらにやってくる。
急いで地面に意識を集中し、詠唱した。
「ブレイドウェイブ!」
地を滑る氷の刃を、彼らの間に走らせる。
魔法を地面に走らせたのが功を奏して、土の煙膜ができた。
切り結びながら私が、攻撃魔法を発動するとは思っていなかったらしい。
アルは分かりやすく動揺し、刃を離してくれたので、土煙の中に素早く駆け込んだ。
「しまった!」
と、アル。
どうして彼と切り結びながら、他の仲間の方に魔法を発動できたか。
だって、私は「あること」を確信していたからだ。
「アルが私を、斬れるわけないものね」
だから多少よそ見をして、攻魔魔法を使うことができた。
土煙に紛れて手を伸ばすと、細い、女性か子供の腕を捕まえた、手ごたえがあった。
「厄介だから、大人しくしててね。『レッド・プリズン』!」
土煙が晴れると、珊瑚の枷に腕を拘束された小天使が、芋虫みたいに地面に転がっていた。
「やれやれ。お転婆、どころではないね」
青い髪の男が挑発的な物言いで愚痴をこぼす。宙に上げられた手も、呆れた動作にも見えるし、攻撃魔法の準備動作にも見える。
「何発も喰らえば、武器を失うわね」
切っ先のない剣を手に、セレフィナ王女が肩で息をしながら言う。
私が発動したのは、金属を錆びさせる効果を大げさに高めた、塩水の氷なのだが。
「余計なお世話だろうけど、そんな立派な武器は使わない方がいいんじゃない? 二束三文の剣ならまだしも、王家の宝だったら事だわ」
舐めて言っているんじゃない。
切っ先がない彼女の剣は、レプリカや私の勘違いでなければ、世界初の死刑廃止国トリフィラートの象徴である。
王家の宝を壊すのは、いくら私の頭に血が上っているとはいえ、気が引ける。
「飾られるだけの剣に、何の価値が? ましてや国の民の危機に、使われない剣に」
セレフィナ王女はこう言うが、「慈悲の象徴」というだけで充分な価値があると、私は思う。
それでも、剣は剣なのか。
「剣である以上、血に染まる運命なのね」
「さて、どうしましょうかね? 塩水の刃相手では、こいつもすぐに使えなくなってしまうだろうし」
青髪男の両手には、金属のカードのようなものが握られている。どうやらカード型のナイフのようだが、投げるのか、それとも持ったまま斬りつけるのか。
今にも攻撃してきそうだが、私の足元に転がる小天使を気遣って、思うように動けないみたいだ。
「そうね。彼女の身の上を知ってしまうと。それに、下手に彼女を刺激したら、ゴーフルちゃんが」
「それだけじゃあ、ありません。実は……魔法を封じられてるみたいで、さっきから何も使えないんです」
眠り回避以来、さっきからずっと魔法を使うそぶりがないのは、そのせいだったようだ。
多分やっているのは、ベリオットだろう。
私はそんな魔法封じなんてものは使えない。
私と同じことを考えているようで、青い髪の男も、ベリオットの方を見ながら言った。
「傍観者の顔をしながら、彼女の援護に徹しているんでしょう」
青い髪の男がカードの形をした、金属の刃物を投げた。
遅れを取った私も、慌てて引き金を引く。
「いたっ」
カード型の刃物が私の指をかすめたので、銃を落としてしまった。
青い髪の男も無傷ではなかったらしく、頬から血が出ている。
すると、今まで見ているだけのベリオットが、一瞬にして青髪男の傍まで移動し、彼を殴り飛ばした。もう一度殴る体勢に入ったかと思うと、手に黒い炎をまとっている。
これはまずい。
「やめろ!」
と制止するアルの声と、
「ベリオット!」
と彼を呼ぶ私の声がほぼ被る。
「……!」
振り向いた彼の顔を見て、私は全身がざわめく。
腕に鳥肌が立っているのが、視界の隅に映った。
いつもの無表情に、少しだけ目が大きく見開かれているだけの変化だったが、あの綺麗な青い瞳を、恐ろしいと思うには充分だった。
それでも、声を振り絞る。
「やめて! ゴメン、私ちゃんとやるから、ちゃんと村の連中を殺すから……」
うまく言葉にならないのがもどかしい。
覚悟ができたつもりでいて、それなのに所々で躊躇したりヤケになったりして、中途半端な結果にばかりなっていた。
これまで付き合ってくれた彼には、大変申し訳ない。
それでも無関係な人は殺したくなくない。
整理がつかないまま、言葉を紡ごうとしてもうまくいかない。
もう一度、「ブライン・エッジ」を発動させようと、胸の前に再び手をかざす。
その時、鳩尾に大きな衝撃が走った。
「ごめん……ミスティ、ごめんね」
薄れゆく意識の中で、アルの声を聞いた。




