エンカウント/アルフィード《22-2本当は、戦いたくなんかない》
ミスティが何かを歌い始める。
「………………(言葉が聴き取れない。おそらく、今の時代にこの世界で使われている言葉じゃない)」
すると逃げていた役人達や他の村人達も、その場に崩れるように倒れていく。
「何なんだ!? この歌が、原因か……!?」
セレフィナが「古代語の歌?」と疑問形で呟く。
しかし何人かの村人は「なんだ、あの歌?」とただ困惑していたり、塔に拘束された人々に至っては全員起きている。
歌が止む。
小さな低い声の詠唱と、最後に「……やっと、終わった」と、マクベスのぼやく声が聞こえた。
歌の間、ミスティにばれないように、歌声より小さな声で唱えていたらしい。
俺達が眠らずに済んだのは、彼の魔法のおかげだと分かった。
「ありがとう、マクベス」
お礼を言ったタイミングで、ミスティがまた歌い始めた。
警戒したが、すぐに彼女はやめた。
まるで最後まで歌い切ったような雰囲気が、歌詞の意味が理解できなくとも伝わってきた。
次にミスティは、胸の前に手をかざして呪文を詠唱し始める。
「ブライン……」
ミスティが詠唱すると、腕の中に発生した白い輪ができ、竜巻の形に成長する。
そして彼女が「エッジ」と続けると、竜巻は無数の輪になって飛ぶ。
塔の人質達を守ろうと踏み出したのに、輪は人質でも俺達でもなく、さきほど赤い檻から脱獄した囚人……役人達に直接向かっていった。
「危ない!」
あれだけ役人どもから、家族をことに固執していたのに、それが無理と解って、本人達の命を刈り取る方に変更したのだ。
「させないよ姉ちゃん」
ゴーフルの投げたチャクラムが、分裂しながらすごいスピードでミスティの放った氷の刃に追いつき、ことごとく砕いていった。
(すごい……さすが人間粛清部隊なだけあるな)
恐ろしいが、今は純粋に感謝だ。
俺と目が合うと、ゴーフルは「どんなもんでい!」と、ふんぞり返る。
「オイラがいるのにチャクラム(?)でケンカ売ろうってのが、そもそもの失敗だったね。まー、ワルくはないけどまだまだっていうか……あと一〇世紀鍛錬すれば互角に並べると、お墨付きを与えてやろう!」[
すごい上から目線の決め台詞で、ゴーフルは腰に手を当てて高笑いした。
マクベスに指で肩を叩かれる。
「今のうちに」
彼の言葉に小さく頷き、ゴーフルがミスティを挑発(だと思う)してくれている間に俺とマクベスとセレフィナは、塔に拘束されている方の人々の方へ走る。
祈るように下を向いて泣いている人質の一人に声をかける。
「枷を外すから、そっと逃げて」
捕らわれている少女が頷くのを確認して、枷を斬った。
「彼らを頼む」
マクベスとセレフィナに人質を託すと、ミスティに気付かれていないか確認するべく振り返る。
やはりばれていたらしく、こちらに向けられた銃口と「目が合った」。
一瞬だけ、ミスティの目が俺から逸れた。
シュットガイストと、無言で会話していたように見えた。
その直後にマクベスとセレフィナが、人質達を近くの家まで逃がしたのを見届ける。
ミスティもそれに気付いて、悔しそうに口元を歪めていた。
(そんな奴の言うことなんて、聴いてるからだよ!)
人質が逃げ切って、純粋な安堵が半分と、意地の悪い満足でホッとする。
「ワリぃな、姉ちゃん!」
ゴーフルが大きく声を上げて攻撃を宣言する。
ミスティが彼に気を取られていると、その背後からマクベスと、セレフィナが彼女を取り押さえようと向かっていた。
だが予測していたようにミスティは素早く反応し、避ける。
「よそ見をしてる余裕はないぜ!」
ゴーフルのチャクラムがミスティに襲い掛かると、彼女はそれを銃で撃ち落とした。
「ゲッ!?」
「ごめんなさいね。化け物といえど、当たったらケガしちゃうの」
俺が大きく振り下ろした剣を、狙い通りミスティは軽々受け止めた。
切り結ぶ形を作ると、力を入れて押す。
「ミスティ、もうやめてくれ! 本当に取り返しがつかなくなるぞ!」
やはり腕力は女性。
抵抗するにもかなり労力が要るだろう。
他の三人が、ギリギリまで近づいた時、ミスティの口からすかさず呪文が切り出された。
「ブレイドウェイブ」
叫ぶような詠唱と同時に、白い氷の刃が地面を伝って三人の間を走ると、潮の匂いと土煙が上がった。
混乱に乗じて、彼女は土煙の中に素早く紛れ混む。
「しまった!」
間もなく煙膜の中から「レッド・プリズン」と静かな声がした。
「厄介だから、大人しくしててね」
土煙が晴れ、ゴーフルが手を後ろに回される形で拘束されてしまっていた。
手足の自由を奪っているのは赤い枷。
さっきの檻と同じ、珊瑚だ。
「やれやれ。お転婆、どころではないね」
マクベスが宙に、両手の平を広げる。
気のせいか挑発的、というよりは焦っているようにも聞こえる。
「何発も喰らえば、武器を失うわね」
汗ばんだ声でセレフィナが、赤茶色の錆びがついた、自分のクルタナに視線を落とす。
その様子を見たミスティが、セレフィナに語り掛ける。
「余計なお世話なんだろうけど、そんな立派な武器は使わない方がいいんじゃない? 二束三文の剣ならまだしも、王家の宝だったら事だわ」
ミスティの忠告に、セレフィナは首を振る。
「飾られるだけの剣に、何の価値が? ましてや国の民の危機に、使われない剣に」
「剣である以上、血に染まる運命なのね」
「さて、どうしましょうかね? 塩水の刃相手では、こいつもすぐに使えなくなってしまうだろうし」
マクベスの手には、カード型の投げナイフ。
「そうね。彼女の身の上を知ってしまうと。それに、下手に彼女を刺激したら、ゴーフルちゃんが」
「それだけじゃあ、ありません。実は……魔法を封じられてるみたいで、さっきから何も使えないんです」
さっきからマクベスに抱いていた違和感、一番得意なはずの攻撃魔法を使わないこと、口調に焦りが感じられることの原因が、ここで判明する。
彼は塔の上にいるだけのシュットガイストに、視線をやった。
「傍観者の顔をしながら、彼女の援護に徹しているんでしょう」
マクベスがカード型のナイフを投げ、一瞬遅れてミスティも引き金を引いた。
銃を落としたミスティの手から血が滴り、マクベスも頬から出血している。
次の瞬間、マクベスの体が吹き飛んだ。
シュットガイストが彼を殴り飛ばしたのだと理解するのに、数秒の時間を費やしてしまった。
奴はもう一度殴る体勢を取ったかと思うと、その拳には黒い……炎のようなものが宿っている。
「やめろ!」
奴に斬りかかろうとすると
「ベリオット!」
と、ミスティが奴に呼びかけた。
奴と視線を合わせたミスティは、怯えたように体を震わせている。
「やめて! ゴメン、私ちゃんとやるから、ちゃんと村の連中を殺すから……」
泣きそうだったミスティの目つきが、再び鋭くなったかと思うと、胸の前に再び手を翳した。
魔法を詠唱する気だと察すると、俺は剣を捨て、ミスティのもとへ全速力で走る。
(……復讐のために、どれくらいの代償を払ったの?)
俺が、殺されるだろうな。
シュットガイストが瞬間移動で隣に並ぶのが、視界の隅に入る。
殺される前に、ミスティの鳩尾に拳を力いっぱい叩き込んだ。
「ごめん……ミスティ、ごめんね」
ミスティはその場に倒れる。




