【第22話 エンカウント/アルフィード編:VSミスティ】《22-1崩れゆく認識と、芽生える憎しみ》
以下は村長が村人達の前でした、懺悔の内容である。
――かつて北の森の奥には、魔物の巣窟があった。
鳥型とも小型の竜型ともいえない、この近辺では見ない型のものであったというとことから、おそらく他の地から、移住してきたのだろう。
噂を聞いた村の男達は、魔物の巣から卵を盗んでくるという、いわば度胸試しを催した。
皆、巣の前で怖気づくか、見つける前に魔物が戻る気配を察して逃げ帰るかだった。が、ある日一人が見事成功し、卵を持ち帰った。
その卵の親が気付き、魔物の群れを率いて村にやってきた。
卵は返されたが、怒りの収まらない魔物は暴れるのをやめなかった。
体を鍛え、自警もしているとはいえ、戦の経験のない村の男達では、魔物の大群には歯が立たない。
村長は頭を地にこすりつけ、魔物に頼み込む。
「悪かった。わしらにできる事なら、どんな詫びでもしよう」
すると魔物は言った。
「よろしい。ならば、お前らの中から贄をよこせ。期限は三日後の日没だ」
人語を理解できたのが幸いして、いったん群れは村を去り、猶予が与えられた。
その日の夜、村長を含む役人達の間で、緊急の会議が行われた。
生贄は女と、昔から相場が決まっている。
そして村人からは、犠牲を出さない。
この条件で、誰を選ぶかもすぐに決まった。
会議とはいっても、話し合うまでもなく役人達の意見は、前提条件から結論まで、全て一致しているようなものだった。
「よそ者親子の、母親の方を差し出そう」
「そもそも、どこの馬の骨ともわからない母娘をこうして村に置いてやっているんだから、こういう時くらい、恩返しをさせてもいいだろう」
わざわざ集まったのは意見の一致と、共犯関係の確認をし合う為に過ぎない。
そうと決まればと、宿屋の一室で幼い娘と二人で暮らすセドナを、役人達は村長の家へ呼び出し、会議の結果を伝える。
人間でないお前達がいるから村が狙われたと言い、責任を取れと、彼女を罪人のごとく責めた。
当然拒否したセドナだったが、かわりに娘を差し出す事をほのめかし、遺された娘の生活は保障するという条件を出すと、彼女は大人しく従った。
巣穴の前に贄を置いていくと、約束通り、魔物は村に来なくなった。
村長は約束の条件として、セドナの一人娘であるミスティを引き取り、大切に育てた。
しかし当然と言えば当然だが、ミスティは日を追うごとに、セドナに似てくる。
当たり前の成長が村長や役人達には、セドナの蘇生と復讐を思わせ、恐ろしくなっていった。
加えてミスティは女であるにも関わらず、武術を習得している。
始めは、森を経由しての通勤の為、護身用にということで黙認していたが、それも次第に、危険要素として見られるのに、時間はかからなかった。
ミスティが満一六歳になる誕生日を迎えた頃にはもう耐えられなくなり、役人達は会議を開いた。
最近の周囲の魔物や野生動物が不安定になっている事象と、彼女の種族を理由に追い出した。
ところで、件の卵泥棒という度胸試しに成功した若者は、村長の息子である。
つまり若き頃のロバートの父親だ。
村長は度胸試しに参加した者や、役人達にはいくらか金を持たせて、固く口止めをした。
村長の告白を聴く間も、野次馬達は「信じられない」といった顔で立ち尽くした。
武器がわりの農具はもう、地面に下ろされている。
囚われた……つまり全てを知っている村役人達は、俯いていた。
頭の中では「自分たちは悪くないんだ」という自己弁護でいっぱいだろう。
そして今更だが、捕らえられている役人達が、古株の人達ばかりなのに気付いた。
当時の、つまりセドナおばさんの死刑執行に手を貸した連中だと、改めて心に刻んだ。
俺はというと、開いたまま塞がらない口の中が、嫌な渇きを帯びていた。
全容が明かされた後、シュットガイストの奴が、ミスティに向かって言った。
「お前を撃った門番のオッサンが言っていた『卵』というのは、この事だったんだな」
今の言葉の中に聞き捨てならない箇所があった。
檻の中にいる門番達が、汗の滴った顔を背けたのが視界に入り、その汚らしさに胸がムカムカする。
その不快な胃酸のこみ上げる感覚で、無意識に彼らに視線を向けていたことを、この時自覚した。
(嘘……だろ!?)
何回も自分に確認しながら、知っている内容を頭から必死に引っ張り出した。
「この村に何故か、普段は人を襲わない魔物が大挙して押し寄せて来た事があった。それは魔物の親子のせいだと、人々は噂した。
その噂を裏付けるように、ミスティの母が魔物に喰われたのか行方不明になると、被害はぱったり止んだ。
娘が残っていたが、もう魔物は来なかった為『子供にとりあえず罪は無い』という事になった。それ以来、ミスティは村長の家に預けられ大切に育てられた」
どう思い出しても、知っていた話はこれだった。
「そんなの嘘よ。セドナのせいじゃないわ」
セドナおばさんが死んで間もなくの頃、今は亡き母が、悪ガキどもに石を投げられて泣いていたミスティを、手当てしながら慰めていた光景が、フラッシュバックした。
俺や両親は「魔物がいちいち一個人を追いかけて、村ごと滅ぼすなんてありえない。卵でも盗んだわけじゃああるまいし!」と、憤っていたのを覚えている。
本当に魔物の巣から卵が盗まれているとは、この時は思わなかったが。
同じ村の男でも、ガラの悪い人達からは、「あいつは面倒くさい奴」と、煙たがられるタイプだったから。
何があってもミスティを守ろうと、誓ったのはこの時だ。
道場に通い始める前だったので木剣を取り、周囲からの信用を築くべく、お行儀よく振舞うことに、心を砕いた。
一〇歳になって道場に通ってからは、剣術だけでなく屋外で行われる読み書き計算の勉強、それから身だしなみも、手を抜かなかった。
大人達はとりわけ、成績のいい子、身ぎれいな子には甘いからだ。
一度目の魔物の襲来は、ロバートの父親が度胸試しで魔物の卵を盗んだのが原因だった。
それが隠され、セドナおばさんの人魚という種族のせいにされた。
二度目は息子のロバートが、復興資金稼ぎの為に、ロック鳥の女王から卵を盗んで怒らせた。
ミスティは再び種族の血のせいで、周囲の魔物や野生動物が不安定になったと、村を追い出された。
ロバート父子は実際に罪を犯しながら、ぬけぬけと生きて、セドナおばさんとミスティは、ただの種族の血を理由に理不尽に裁かれている。
俺は、ただ「ミスティは悪くない」という姿勢でいた。
自分さえ、ミスティの味方で居続けるのだけが、最善だと信じていた。
冤罪。
本人にのしかかる言葉の重さも、思い付けなかった。
ミスティの味方であったつもりが、彼女にとって俺は、いつ手の平を返すか分からない、敵だったのかもしれない。
自分はなんて、馬鹿で役立たずなんだろう。
自己嫌悪が体を支配して、頭痛が起こる。
「最っ低……胸糞悪いわ。よくもまあ人を化け物扱いできたもんよね」
「どうする?」
シュットガイストが、地べたにへたり込んで泣くミスティに、淡々と言った。
「疲れた……なんか、どうでもいい。どうしたらいいかも、もう……わからない」
「分かった。では、あのじいさんに吐くものだけ吐いてもらうか。そういうわけでじいさん、その『度胸試し』の参加者の名前を言え」
シュットガイストがこう言うと、村長の口は次々と男達の……度胸試しの参加者であろう名前を吐き出していった。
自分の親や夫、子供や友人の名前が出ると、檻の中の役人も野次馬達の中からも、真っ青になったり、泣いたり、震えたり、嘘だと喚いたり……といった反応が見られた。
名前が全て出終わったらしく、ミスティが「お疲れ様」と一言。
村長を拘束していた縄がひとりでに解けていき、シュットガイストの視線の動きの速さに合わせるようにゆっくりと、地上に降りていった。
どうでもいいのなら、もう終わりだろう。
ほっとしながら、ミスティに歩み寄る。
だけど彼女はゆっくり立ち上がると、檻の扉に近付いた。
中の奴らは。わっと出口に向かって駆け出す。
「じゃあバンおじさん。奥さんと娘さん、どっち取る?」
硬直した彼の手には、鍵が「ひとつだけ」渡されている。
これじゃあ約束が違う。
もしかしたら守る気のない約束も、仕返しの内に入っているのかもしれないが、これはやりすぎだ。
「待ってよミスティ、もうどうでもいいんじゃ、なかったのか? 村長が本当のことを言えば、彼らを助けてくれるって約束じゃないのか!?」
生前のセドナおばさんからのお願い「ミスティをよろしくね」の声が、鮮明に蘇る。
本当に彼女の為を思うならば、この復讐を完遂させてしまうのは間違っている。
それよりもセドナおばさんの大切な一人娘が、本物の悪魔になってしまうのを、何が何でも止めなければ。
そんな思いも虚しく、俺の言葉はミスティに一蹴されてしまう。
「自分からは言ってないからね。本当は、こいつらが一番苦しむ見せつけ方は何か……とか、いろいろ考えてた。けど、今はもうそんなのはどうでもいい。てきとうに斬るなり撃つなりして殺す。それだけ。こいつらが何も失わないのだけは、許せないのよ。悪いけど」
バンおじさんの妻子のすすり泣きが、静寂の中に聞こえる。
家族の運命を背負った彼は、檻が開き次第、ミスティを殴り殺してしまいそうだ。
「……ふざけるな、化け物め」
対するミスティは、非常に冷めた声で彼にこう問いかけた。
「バンおじさん、この言葉覚えてる? 『娘の方を処罰すれば、魔物達も納得するかも』」
一瞬、時が止まったかのようになる。
俺も意味が解らず、答えを求めて両者の表情を交互に見比べる。
「母さんに、生贄になるよう迫った時に、あなたが言ったのよね?」
ミスティの言葉を、もう一度頭で復唱する。
「娘の方を処罰すれば、魔物達も納得するかも」
人質を取って、冤罪を受け入れさせた……ということか。
理解すると、内臓が熱を持った不快感を訴え、吐き気がした。
知りもしなかったヒドイ話を処理しきれず、痛みと気持ち悪さが頭蓋骨内をめぐり、ガンガン音を立てる。
「そんな……パパ、ひどいわ。最低よ……!」
泣くのも忘れた愛娘から、軽蔑の言葉が吐かれた。
無理もない。
父親が犯した卑劣な殺人が、自分の身に返ってくることによって、相手遺族の恨みと、父親の業の深さを体感してしまったのだ。
「でも、そんな事したって、おばさんは戻らない」
俺はというと、こんな陳腐な台詞を言うのが精いっぱい。
「だからこいつがここまで怒っているのだと、何故分からない?」
シュットガイストの言葉が、痛いほど心臓に刺さる。
(俺だって理解してるよ! でもミスティが、お前の手に落ちるのだけは、避けたいんだよ!!)
奴を罵倒したいのを堪えたたせいで、無意識に唇を強く噛んでいた。
ゴーフルが小さな声で「兄ちゃん、血が出てる」と告げる。
(俺も、もういい!)
「みんな、逃げてくれ!」
格子を斬って檻を開け、役人達を逃がす。
言っておくが、役人連中の為なんかじゃない。
俺だって真実を知った今、こいつらが憎いし、罰も受けないのは納得がいかない。
嫌われたって、もう構わない。
彼女の心の傷は思っていたよりも、ずっと深いし、俺が何を言ったって、全く響かないだろう。
ハッキリ言って俺なんて、役立たずもいいとこだ。
だけどせめて、これ以上罪を犯させないということなら、俺にもできるかもしれない。
「セドナおばさんの死を、これ以上汚させない!!」
挑発半分本音半分で言い放つと、ミスティは剣先を俺の喉元に突きつけた。
「あっそ! どうしても止めたいんだったら、私を殺しなさいよ」




