エンカウント/ミスティ《21-2生きたシンボルに群がる信者達》
テレグラフ塔の内部から、木の格子窓の外を覗く。
村人達は塔の前に詰めかけて、腕木に磔になった村長を見上げ、そして塔の下の、珊瑚の檻に閉じ込められたり、鎖で繋がれている人達を見ている。
「なんだか礼拝みたい」
神仕院の礼拝堂に飾られたメビウスの輪のシンボルに、村中の人が祈りを捧げる、あの退屈な儀式の光景に、どことなく似ている。
そういえば、ここじゃない別の神仕院では、シンボルの近くに聖人像が並んでいることもあるそうだ。
そうなると、さしずめ他の役人の役割は、ここでは聖人像だろうか。
私の感想に、ベリオットが心から不思議そうな顔で言う。
「あんなシンボルを有難がるのか? お前の村は」
「安心して。本当に礼拝の時に拝むシンボルに、あんなのがくっついてるわけじゃないから」
「なんだ。田舎には奇妙な風習がよくある。だからてっきり、神にじーさんをやる風習があるのかと思った」
「神様が男でも女でも、若いのが好きでも老人好きでも、この村の役人だけはないわ」
さて、だいぶ……おそらく村のほとんどの人が集まっただろうか。
腕木を操る装置のスイッチを切る。
(今、無実を証明してあげる)
組んだ両手を胸の前に添え、天国にいるであろう母さんに告げた。
「あ……!」
窓の外にいる、いるはずのない人物が視界に入り、思わず小さく声を上げる。
(アル!? ……いないはずじゃあ)
隣の村で得た情報では、彼は「誘拐された王女を捜してほしい」という王様のお触れを果たしに、首都へ行っているはずなのに。
近隣の村は、畑の収穫物や工芸品などを売買しあうなど交流が盛んだった。
そういう事情もあり、村の男達が復興資金を稼ぐために、外に出る事が多くなったという話題は、そこかしこで耳に入った。
中でも王女を救出したアルと、世界各国の武道大会に出場しているというユングの場合は、大金が動く話だったからか目立ったらしく、情報通のおばさん達が訊いてもいないことまで、教えてくれた。
余談だが、私はエルバ村から「失踪した」という体で、近隣には話が広まっているらしかった。
ここからでも戸惑っていると判る表情で、アルは牢獄となった、通信塔の外壁を凝視している。
そしてこう言っているのが聞こえた。
「いったい誰が、こんなことを!? 鎖や枷なんて、昨日までなかったのに」
驚くのも無理もない。
アルの知っている村の風景に、人が繋がれた拘束具なんてないはずなのだから。
ところで彼の周辺にいるのは、青い髪の男と幼い子供、それから……大きな眼鏡を頭に乗せた、私と同年代くらいの女の子なのだが。
(まさかね)
「いったい……何のために?」
と、キョロキョロと周囲を見渡し、「犯人」を捜す彼女の顔が、はっきり見える角度になる。
見れば見るほど彼女は、新聞やポスターで見た、王女にそっくりだ。
他のメンバーも観察してみる。
ローブを着た青い長髪の男は姿から判断するに、魔導師か占い師あたりだろうか。
続いて、珊瑚の檻を触りながら、ぶつくさぼやいている小さな男の子。
「これ、サンゴでできてるよ!? なんでこんなもん……」
彼の頭上には光る輪が、うっすら浮かんでいた。
でもどうやら他の人に見えているのかどうか。
見えていたら今頃大騒ぎのはずだけど。
「ベリオット、あれ天使? あの小さい子。頭に輪っかが見えるんだけど」
「そうだ。だが今は隠してるみたいだな。お前にも見えるのか」
視線を彼らに戻すと、アルと青い髪の男はまず、役人達を助けようとしたのであろう。珊瑚のケージに近付いている。
しかし役人達は、せっかくの救助の手を拒む。
「……ダメなんだ。俺達が逃げたら、殺されちまう……!!」
たとえ檻を空けたとしても、彼らは逃げられやしない。
私はそれを確信している。
彼らが逃げようとした時が、各自の妻の、子供の、兄弟の、友人の、恋人の死ぬ時だ。
連中にも、家族や友人を見殺しにしないくらいの良心は、備わっていたようだ。他人事ながら、少しだけ感心するとともにホッとしたりもした。
助けを求めるどころか、助けの手を振り払うような態度に、アルはひどく狼狽していた。
「どういう事……ですか? どうして」
いろいろな意味で邪魔な彼が帰って来ているのは大誤算だったが、今更中止など、する気はない。
私は覚悟を決め、階段から塔の上にあがって村長に説明をするよう求めた。
「詳しい説明をお願いしますよ。村長」
「み……スティ?」
思った通り、私を見た兄貴分の困惑は、もっと大きくなったみたいだった。
「助けて……くれ。ミスティは、この村を…………」
村長の口から、さっそく嘘の説明が出る。
いや、これこそが、彼が頭の中で都合よく捻じ曲げて作り上げた「真実」なのかもしれない。
「どういうことなの? 彼女はお母さんを殺した魔物を、討ち取りに来たんじゃあ……」
セレフィナ王女に似ている女性の言い方は、どうも第三者から、私の話を聴いているかのよう。
「……俺だって、分からないよ」
とアルも彼女と同じ情報を共有しているみたい。
明らかに彼らは、自分達の知っている話と、目の前の光景との「ギャップ」に戸惑っている。
どこで吹き込まれたのだろう。
しかし解釈のしようによっては、間違いではないと、私も思う。
というのも魔物はなにも、でかくて角が生えた異形の生物とは限らない。
人間の形をしていることだってあるのだ。
ここにいる私や、広い意味で言えば、下にいるベリオットだってそう。
「もしかして、お母ちゃんを殺したのは魔物だけど『村の連中は助けてくれなかった』って恨んでる、とか?」
小天使の述べた推測で、全てを知っているわけではないと、確信した。
(違う。私の母親を死に追いやった化け物は、こいつらだ!)
「ミスティ!」
アルが大きな声で私を呼んだが、あえて返事をしなかった。
なせなら彼の知っているミスティは、とっくに死んでいるから。
青い髪の男が慰めるように、アルの肩に手を添えた。
「残念ながらもう、『あれ』は、あなたの愛した幼なじみさんじゃあない。あなたが呼んだ時、彼女は一瞬だけこちらを見ました。この喧噪で、かき消されたのではなく、あえて無視をしたとみて、よさそうだよ」
私の何が解る、と言いたいところだが、アルには私を忘れてもらった方が、ありがたいのも事実だった。
「お前、こんなことして、許されると思っているのか!?」
この状況についに我慢の限界が来たらしく、村役人のバンおじさんが、檻をガタガタ鳴らしながら喚く。
「パパ!」
鎖に繋がれた見目麗しい少女……彼の愛娘から、悲痛な叫びが上がった。
さておき私は、バンおじさんの質問に答えを返した。
「別に、あなたに許してもらう必要ないけど?」
私は許してもらう気など、さらさらない。
ましてや母さんの顔をはたいて、弁明を潰した男なんかに。
母さんが生贄を承諾しなければ、私を殺すことをほのめかして、無理矢理従わせた奴なんかに。
私は村長に向き直り、役人達にとって重要な情報を、大きな声で投げかけた。
「さてと……村長、四人までなら、あなたの力で助けられるわ」




