【第21話 エンカウント/ミスティ編:手製の牢獄】《21-1断罪前夜》
21~23話のエンカウント編は、ほぼ同一の場面(一部違う場面あり)なので、好きな方の主人公を選んでください。番号も重複します。
楔をハンマーで打つ音が、夜のしじまにうるさく鳴り響く。普通なら、すぐにでも村の連中に見つかってしまうだろう。
通信塔の外壁には、今まで打ち付けた枷が一〇人分くらい並んでいる。
これだけ無遠慮に音を立てても、誰も起きて誰来やしない。
私がここに着く前に村を襲ったのであろう、ロック鳥の群れの対処に疲れていたのを差し引いても……と、その辺に散らばった怪鳥の死体や、ボロボロの柵を見る。
さっき通ってきた村の門をチラと見やり、眠りこけている門番二人に対して毒づいた。
「……役立たず」
一人は仰向けになって口からよだれを出し、もう一人は(本人曰く)行った事がないはずの、街の娼婦の名前(なんで知ってるかって、もと勤め先の店で、お客が彼女の話をしていた。かなり珍しい名前だった)を寝言で呼びながら、締まりのない顔で眠っている。
「無理もないさ」
ベリオットが彼らの弁護をする。
「人魚や鳥乙女の歌声に逆らえる人間は、早々いない。その潜在能力を、今回は引き出したからな」
そして私が海で他の人魚と暮らしていたら自然と身についていたであろう、「眠りの魔法」を、今使っている次第である。
あれ? 物語や伝説なんかだと、よく「船が座礁」とかあるけど。
……帰りの船で、眠れなくて歌ってしまった。
何もなかったのはいいけど、今思うと怖い。
「普通に歌う分には船が沈んだりとかの害はないから、安心しろ」
「……もしかして、聴いてた?」
こっそり歌っていたつもりだったので恥ずかしいが、害はないのは安心した。
考えてみれば、歌を口ずさむだけで海難事故が起きるのであれば、私はとっくに駆除されていてもおかしくないし、文句は言えない。
でもこんなに便利ならば、魔法の腕を磨いておけばよかった。
この力があれば、ここの連中にどんな仕打ちもできたのに。
さらに遡れば、母さんを助けられたかもしれないのに。
悔やんでも、悔やみきれない。
しかし母さんが死ぬまでの幼い私が、力を求めることを思いついたかというと、やはりその前提はなくなってしまった。
「後悔先に立たずってね」
頭の中で「役にも立たず」と重ねた。
ここで疑問がよぎり、楔とハンマーを握る手が止まる。
私に潜在的に魔力が備わっていたならば、母さんにもあったはず。
なのにどうして、使わなかったのだろう?
子供を人質に取られて無実の罪を被ることを強要され、挙句に殺されるのだ。
迫りくる役人を皆殺しに……はやりすぎでも、彼らから逃げることくらいは、できたんじゃないか。
やめた。
どんな仮説を立てても、私にはこのハンマーを振る以外、できることははない。
「思うんだけどさ、魔法の防護壁って、こういう小さな村にも、もっと普及した方がいいんじゃないかしら?」
ゼーンズフトの街に戻った時に、この村を含めたオルカントリード地方の村が大火事に遭ったと、新聞で報じられていた。
田舎の話だからか、王女の誘拐より前の事件なのに、クリシュナで読んだ新聞には載っていなかった。
あと、これはここに来る前に隣の村の住人から聴いたのだけど、出火の原因が見つかっておらず「魔法攻撃ではないか」という、噂が立っているという。
加えてこのロック鳥の集団の、来襲である。
ベリオットがロック鳥の死骸と、そして私に視線を送る。
「そうだな。金属の護符が柵に埋め込まれていたが、呪文部分がだいぶやられていた」
金属製の護符は紙や布と違って効果がより長く持続する分、高価だ。
一か所に埋めておくだけで広範囲に、その効果を行き渡らせることができるしろものだが、護符本体が壊されてしまっては終わり。
「へえ、この村でもそんなの使うようになったんだ。前は反対派に、意見潰されちゃって却下されてたのに」
そんな高価なもの、この平和な村には必要ない。
税の無駄だ。
たしかこんな理由だ。
それでかろうじて、神仕院でシスターと村の女子達が作った紙や布の護符を、外部との境に貼ることは認められた、という経緯がある。
「手、痛いな……さすがに」
愚痴をこぼしながら、楔を押さえていた手をブラブラさせる。
ベリオットには、手を貸さないでくれと言ったことを、ちょっとだけ後悔した。
だけど時間は、知らぬうちに流れていくものだ。
あと何人分かなと数えた、足下に残っている拘束具の数は、即席の牢獄の完成まであと少しだと教えている。
「さて、もうひと頑張り」
と、再びハンマーを握る。
楔の音に混じって、別の音が混じって耳に入る。
ごく小さいが、草を踏みしめる足音だ。まさかと思い、慌てて振り向いた。
「……ウソ」
片手で頭を抱えた。
村人達が横に列をなして、私を取り囲んでいた。おのおのの手には、鉄のハンマー。
やっぱり、村の人間すべてを眠らせるには、魔力が足りなかったのかもしれない。
ここをどう切り抜けるか、頭を絞る。
撃ち殺すにしたって斬り殺すにしたって厄介だ。なんだかんだいっても、数の力はやっぱり強い。
(もう一度、眠らせるか)
二度目が通じるかどうか分からないけど、そうするしかない。詠うべく息を小さく吸った……が、おかしい。
村人達の目が、明らかに私を見ていないのだ。
彼らは私を通り過ぎて手に持ったハンマーで、私のかわりに手枷を壁に打ち付け始めた。
(ネクロマンサーって死体を操って、働かせるんだっけ)
村人達のよろよろした動きや焦点の合っていない目が、どこかで聞いた話を思い出させた。
ただただ呆然と村人の労働を眺めていると、特徴のある足音がした。
どこへ行っていたのか、暗闇の中から歩いて来るベリオットの姿を見て、察した。
「手は出さないで、いいって言ったのに」
つい虚勢が口をつく。おそらく、村人を操っているのは彼だ。
「俺の手を借りるのは嫌だと言うから、他の奴の手ならいいだろうと思って連れて来た」
そういう意味ではないんだけど。
私の「手を貸さないで」の「手」の意味を、本当にストレートに受け止めてしまったらしい。
「嫌ならやめさせるが。しかしこいつらをもとの場所に戻しても、面倒じゃないか?」
「ありがとう」
何人かの役人が、無心に牢獄づくりに励んでいる。
そして残りは……お行儀よく並んだ、自らの家族や友人といった大切な者を、犬のように繋いでいった。
繋がれる方も、よく躾けられた犬のように従順だ。
「そうだ」
役人達を横一列に並べて、彼らに向かって両手の平を広げた。
広げたまま念じると、赤い珊瑚が現れ、私の意思に会わせて太く伸びていく。
自分の身長の倍くらいになったところで、サイコロの形を思い浮かべた。
クリシュナにいた頃、珊瑚を召喚できると知り、使い方を少々研究した結果、好きな形や大きさで出せると知った。
そしてその応用で急遽作ったのは、珊瑚の檻だ。
「名前は『レッド・プリズン』で決まりね」
当初の予定は、テレグラフ塔に役人達の大切な人達を繋いで、彼らを人質にするというシンプルな作戦だった。
だけど檻に入る村長の姿を見た私は、より酷い嫌がらせを閃いた。
ケージを開け、今入れた何人かと村長を外に出す。
私の奇行に、ベリオットは首を傾げる。
「なぜ逃がす?」
「逃がすんじゃないわ。もう一仕事、してもらうの」
役人達は村長を塔の上に運び、腕木に縛り付けて始めた。
朝日が昇る頃、塔の上に村長の体を張ったシンボルが出来上がった。
村役人達によって吊るされたその光景は、さながら磔刑だ。
役人達をケージの中に戻すと、ここで「子守歌」の魔法を解いた。
魔法から解放された一番鶏が鳴くのを合図に、村は目覚める。
そして村長は、朝一番にみんなに「集合」のメッセージを送るのだ。
「やっぱり村の重大イベントには、村長がみんなを集めなくちゃ」
自らが通信用の、腕木になって。




